第142話 神聖なる都


「強制転移させる呪具らしいぜ。飛んだ先で、お前等は奴隷にされて教皇の番犬になるんだ」


 かすれ声で言い残し、"ホワイトクラウン"のゲイルという少年が息絶えた。


「・・転移の呪具?」


 シュンはゆっくりと周囲を見回した。

 場所は、66階。

 周回狩りで何度か通ったことのある広い通路の一角だ。何もないように見えていたのだが、いきなり床や壁、天井にまで魔法陣が浮かび上がった。


「俺をつかめ!」


 シュンが3人に声をかけると同時に、ユアとユナ、サヤリがシュンの上着をつかんだ。

 直後に、周囲の景色が一変して暗闇に包まれた。


「全員居るな?」


 シュンは暗闇に眼をらしながら声をかけた。


「ユア」


 上着の右肘が引っ張られる。


「ユナ」


 左肘が引っ張られる。


「サヤリです」


 最後に、上着の背が控え目に引っ張られた。


「場所は、大きな円形の台座。床には石板を敷き詰めてある。頭巾フードを被った白衣の連中が数百名、ぐるりと取り囲んで何かの魔導具を握っている」


 シュンは眼で捉えた情報を3人に伝えた。強制転移させられた場所は、円形をした舞台のような場所。数百名の白衣の男女が淡く光る四角い箱を手に取り囲んでいる。


「魔法が安定しない」


「微妙な防御魔法になった」


 ユアとユナがささやく。


「魔法阻害ですね。完全ではないようですが・・」


 サヤリが幻術を試しながら言った。

 シュンも水楯と霧隠れを使ってみた。発動に時間がかかり、MP消費が多い。加えて、3人が言うように展張した水楯の状態が不安定だった。


「なるほど」


 シュンは暗闇の中で呟いた。

 感覚的に、魔法効果が半減以下にまで抑え込まれている。


 シュンはVSSを取り出した。多少の遅延があったが、手の中に馴染んだ重みが乗る。それを見て、魔導具らしい四角い箱を抱えた白衣の集団がざわめいた。銃器の取り出しを阻害する仕掛けでもあったのだろうか?


「アタッチ」


 シュンは、VSSの銃口にムジェリ製の防御力を無効化するアタッチを浮かべた。

 そのままVSSを構えて照準器を覗くと、慌てて何やら始めようとする白衣の男女めがけて、連射を開始した。距離は200メートル足らず。完全に射程内だ。


 左から右へ連射しながら薙ぎ払い、軽傷で逃れた者を短連射で仕留める。

 後方に控えていたらしい騎士風の男達が剣を手に前へ出て来るが、ただのまとだ。シュンの精密射撃の技能は連射中でも効果を発揮している。白衣の男女が斃れると抱えていた魔導具から光が消えた。


「晴れた」


「すっきり」


 暗闇が晴れ、視界がはっきりとする中、ユアとユナが防御魔法とHP継続回復魔法を付与し、サヤリが幻術をかけ直す。


「防御に徹しろ」


 シュンは短く指示をしながら、水楯を多重に展張し、霧隠れをかけた。


「探索者か」


 騎士とは違う風体の男女が駆け込んで来る。不揃いの防具や武器、その手に握った銃器からして迷宮の探索者達だろう。何やら叫びながら、隊列を整えて防御魔法を使っていた。


 シュンは、VSSの照準器に軽装の者を捉えて引き金を絞った。胸部から腹部を狙って短連射で3~5発ずつ。ダメージポイントには、ほぼ必ずCPの文字が躍る。探索者達が、防御魔法が意味を成さないと気が付くまでに13人の男女が倒れ伏していた。

 続いて蘇生魔法を使う者を狙う。

 淡々と静かに立射を続けるシュンを水楯が護り、サヤリの幻術が護り、ユアとユナの防御と治癒の魔法が護る。


「蘇生は後にしろ! EX技を使えっ!」


 探索者の間で声が飛び交う。

 だが、混乱から立ち直る間を与えるシュンでは無い。瞬間移動を使って探索者達のど真ん中に出現すると、シュンは銃口が触れそうな位置からVSSを連射して確実に1人ずつ仕留めていった。

 どうやらリーダー格だったらしい軽鎧の少女を殴り倒し、電撃衝で体内を灼かれて痙攣する少女に銃弾を浴びせると、やや離れた位置で蘇生魔法をかけている白衣の女を撃ち斃した。


「な、なんで・・」


 呆然とした顔で呟きながら女が倒れる。蘇生魔法が効果を発揮しないのだ。


 簡単な理屈だ。

 魂が傷つくと蘇生はできない。そして、シュンは"砕魂者"だ。シュンが仕留めるつもりで斃した相手は魂を砕かれる。蘇生魔法は効かない。蘇生薬も効かない。蘇生不能な死骸となるのだった。


 動揺した探索者達が同士討ちを覚悟でEX技の乱用を始める。そこへ、黒い触手が襲いかかった。

 薙ぎ払い、打ち倒し、巻き付いて床へ叩きつけ・・。距離をとって立て直そうとする一団には、瞬間移動をしたシュンが探索者の後頭部にVSSの銃弾を浴びせる。


 あまりに一方的で容赦の無い攻撃により、何の反撃もできずに探索者達が全滅した。


「ユア、ユナ、建物を破壊しろ」


 シュンの指示が飛ぶ。


「アイアイ!」


「ラジャー!」


 防御に徹していた2人が勇躍して前に出ると、両手を握り縮こまるようにしゃがみ込んだ。例によって、この仕草には深い意味は無いらしいが・・。


 2人の全身が黄金色に輝き始め、どんどん輝きを強くしていく。


「セイクリッドォーーー・・」


「パニッシュメントォーー!」


 大きな叫び声と共に、ユアとユナが垂直に跳び上がって両手を突き上げた。

 直後、2人の両手から黄金の閃光が真上に向かって噴き上がり、建物の天井から上を粉々にして消し去る。そのまま、2人は両手から迸る光を振り回すように放出して建物を消滅させていった。


外道げどうめ、瓦礫がれきかえるが良い!」


「天が許しても我らが許さん!」


 やがて、破壊の限りを尽くしてから、ユアとユナが鼻息荒く言い放った。


「行くぞ」


 シュンは満足げな2人の様子に苦笑しつつ空を見上げた。天井が消え去り、星々が輝く美しい夜空が広がっている。


「・・知っている星がある」


「シュン様?」


 シュンの呟きを聴いてサヤリが身を寄せた。


「俺が知っている地域に近いな。この星の位置に見覚えがある」


 シュンはサヤリを連れて、さえぎる物の無くなった敷地を歩いた。後ろを小走りにユアとユナが駆けて来る。


「城・・」


 シュンは夜闇に眼をらして呟いた。

 どうやら高い岩山の上に居るらしい。遙かな下方、山の裾野に町らしき灯りがちらちらとともって見える。

 その先に、幾重もの城壁に護られた巨城がそびえていた。


「巨大な城と・・山頂の大神殿」


 シュンの知識の中では、これに合致する場所はセルフォリア聖王国だけだ。

 敬虔な光神信者である聖王が、自らの居城を見下ろす位置に、光神を祭るイルフォニア神殿の建立こんりゅうを許したという逸話いつわを旅の講談師から聴いたことがあった。


「ボスの知ってる所?」


「故郷に近い?」


 ユアとユナが左右からシュンを見上げて訊いた。


「いや、遙かに遠い・・だが、有名な場所だ」


 シュンの見つめる先で、巨城から無数の松明光が列を成して移動を開始していた。シュン達が居る岩山に向かって来ているが、到着まで1時間以上かかるだろう。


 シュンは、神殿跡地を振り返った。


「カーミュ」


『ご主人?』


 白翼の美少年が姿を現した。


「ここに、生き残りは居るか?」


『・・下に居るです』


 カーミュが足下を指さす。


「下? 地下階があるのか」


『隠れん坊なのです』


 カーミュがくすくすと笑う。


「・・捕らえて話を聴いてみよう」


 シュンは、左手から生え伸ばしたテンタクル・ウィップをひび割れた床石に突き入れた。






=====

12月28日、誤記修正。

最期に(誤)ー 最後に(正)

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