第200話 春雷


 ジータレイドと天馬ペガサス騎士達に集まってもらい、神界の状況と、世界で起きるだろうことを話した。

 ジータレイドという束ね役がいることで、天馬ペガサス騎士達は特に混乱をした様子が見られなかった。去るにせよ、残るにせよ、冷静に考えた上での事になるだろう。


 アレクの方は、新種の魔物についての報告だった。

 19階に現れたらしい新種の魔物は、かなり大型の亀だったらしい。"ロンギヌス"6名だけで楽に斃すことが出来たが、感覚的には100階相当の魔物だったそうだ。


 スコットの方は、よくよく話を聴いてみると、要するに息苦しいという話だった。

 スコットが熱弁するところによれば、迷宮の町は健全過ぎて気持ち悪いのだと言う。人が暮らす場所には、もっと風紀の乱れた場所があり、そういう汚れも含めて人が住む町なのだと。

 スコットは、世界を巡って、そういう場所を探訪して研鑽を積み、いつか最高の娯楽施設を築き上げたい・・という事だった。


「ケイナはそれで良いのか?」


「う~ん・・どうなるか分からないけど、この人は戦いとか向いてないからねぇ。夢を応援してあげたいのよ」


 苦労は覚悟の上で、スコットの手助けをしたいらしい。


「リーダーは・・ミリアム、お願いします」


 ケイナが頭を下げる。


「・・もう、止めないわ。好きなようにしなさい」


 ミリアムが厳しい顔で言った。その様子を、ディーンとジニーが離れた所で見守っている。


「ごめんね」


 ケイナが謝罪しながら、リーダー移譲の操作を行う。その上で、ケイナとスコットが"ガジェット・マイスター"を脱退した。自動的に、シュンが貸与していた魔法陣が消え去る。


「気をつけて行け」


 シュンは声をかけて、"ガジェット・マイスター"のホームを出た。


「・・ボス?」


「終わった?」


 外で待っていたユアとユナが両隣に並んで歩く。


 神殿町へ向かう約束だ。


「"ガジェット"を脱退して、外へ行くそうだ」


「ケイナ、可哀相なことになりそう」


「ケイナ、苦労しそう」


 ユアとユナがうつむきがちに呟く。ケイナと仲が良かっただけに、かなり同情的だった。

 神殿町に転移しながらも、ユアとユナの表情は曇ったままだった。


「決意は固かった」


「うん」


「ケイナが自分で決めた」


 神殿町の通りを歩きながら、2人が唇を噛みしめて頷く。


「しかし・・娯楽施設か。今後のために必要かな?」


 シュンはスコットが言っていた事を思い出しながら呟いた。


「ボス、それは忘れて良い!」


「ボス、記憶を消去する!」


 2人が打ち消すように手を振った。


「・・ん?」


「スコットが言うことを真に受けちゃダメ!」


「すぐに変わる。ついこの前まで、機関士になるのが夢だって言ってた!」


「そうだったな」


 怖ろしく短い期間で"夢"が変わる男だ。確かに、スコットの発言を真に受けていてはいけないだろう。


「もし、ケイナが戻って来たらどうする?」


「1人で戻って来たら迎え入れる?」


 ユアとユナが並んで歩きながらシュンを見た。


「それは、その時に考えれば良い。アリテシア教の信者なら拒むつもりは無いが・・」


「そっかぁ」


「それが決まりだもんねぇ」


 2人が良く立ち寄る喫茶店を横目に、ゆっくりと歩きながら通り過ぎようとして、ふとシュンは足を止めた。


「ボス?」


「どした?」


 ユアとユナが、立ち止まったシュンを振り返った時、喫茶店の扉が開いて、猫系獣人のキャミが顔を覗かせた。


「今日は休校だったか?」


「シュン君、それと・・」


「ユア」


「ユナ」


 2人がシュンの横に並ぶ。


「ユアさんとユナさんね。私はキャミ。見ての通り、猫系の獣人よ。この辺だと、ちょっと珍しいかな?」


 キャミが、三角の耳と細長い尻尾を見せて笑う。


「もっと、猫っぽい人なら迷宮に居たけど」


「耳と尻尾だけ?」


 ユアとユナが、小さく動く耳と長い尻尾をまじまじと見つめる。18階の獣人とは全く違う。


「あはは、私は血が薄いみたいね。うちの両親なんて普通の人間だったのよ? お爺ちゃんとか、その前かな? 曾爺ちゃんだか、曾婆ちゃんだかが獣人だったのかも」


 キャミが明るく笑いながら言う。


「一緒にどう?」


「そうだな。少し気分を変えようか?」


 シュンは、ユアとユナを見た。


「ミルフィ、特盛りにする」


「妥協はしない」


 2人が妙な気合いを入れている。


「シュン君、忙しそうね?」


「俺の要領が悪いだけだ。それでも・・まあ、命を失うわけじゃないからな。一つ一つやるさ」


「強がるねぇ~、結構疲れた顔をしてるよ? ねぇ?」


 キャミがユアとユナに訊く。


「ちょっとお疲れ~」


「ずうっと大変だった~」


 2人がシュンの背を交互に摩る。


「あはは・・君達が一緒ならシュン君も大丈夫そうだね」


 キャミが笑いながら、自分が座っていた席を指さした。

 テーブルとテーブルの間に、枝葉の張った植物を植えた大きな鉢が置いてある。席と席が緑色の植物で隔てられた落ち着いた雰囲気の店内になっていた。


「・・ケーキか」


 テーブルに置かれた皿を見て、シュンの顔が曇る。


「甘いのが苦手なのは相変わらず?」


 キャミが笑う。


「この店はシュン君には地獄だねぇ」


 キャミも自分の席に座った。同じく、皿の上には茶色の甘そうなケーキがある。


「・・ああ、今日は他に人が居ないんだな」


 シュンはテーブルの上から眼を逸らした。

 しかし、広いとは言えない店内には甘い香りが満ちている。どこにも逃げ場は無いようだった。


「そうだ」


 ふと、シュンは我に返ったような顔でキャミを見た。


「なんだい?」


「2人をきちんと紹介してなかったな。ユアとユナ。2人とも俺の婚約者だ」


「へ?」


 キャミが軽く眼を見開いた。


「む・・?」


「むむ・・?」


 ケーキ選びに夢中だった2人が、自分達が話題になったと気付いて顔を向ける。


「シュン君・・本当なの?」


 キャミが、ケーキ皿を引っくり返しそうな勢いで立ち上がった。


「俺は嘘はつかない」


「婚約って、婚約だよね? つまり、嫁さんになるってことだよね?」


 キャミが喜色満面、抱きつきそうな勢いでユアとユナに近寄る。


「えへへ・・」


「結婚の約束をしちゃいました~」


 ユアとユナが顔を赤くしながら小さく頷いた。


 その時、


「なんだってぇーーー?」


 大きな声をあげて店に入ってきた人物が居た。

 アンナである。

 丁度、扉を開けたところだったのだろう。


「そりゃ、本当かいっ?」


 アンナである。テーブルを跳ね飛ばしそうな勢いで猛然と駆け寄って来た。


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