第219話 墜ちたP号


 錐もみ状に旋回したかと思えば、真横へ跳ねるように移動し、右へ左へ、そして上へ下へ・・飛来する巨大銃弾を回避して、霊気機関車U3号が自由自在に大空を駆け抜ける。


 当初こそ、何も無い場所からの銃撃に戸惑い、車体に擦過させていたが、今は余裕を持った回避行動をとっている。

 リールが、空間の乱れを感知してユアとユナに報せているのだ。


 シュンは、指揮席に腰を下ろしたまま沈黙を保っていた。


 銃撃をしてくる敵の位置は空間の向こう側・・別の世界に存在する浮遊する壺のような物だと認識できている。向こうの世界からこちらの世界へ銃弾が抜けてくる瞬間を狙って、銃弾とすれ違いに小悪魔インプを潜入させたのだ。

 成功したのは2匹だけだったが・・。


 1匹は、浮遊する"壺"を監視し、もう1匹は向こう側の世界を観察中だった。


「妙な世界じゃ」


 リールが小悪魔インプの視界を借りながら呟く。


「・・"壺"が離れる」


「弾切れ?」


「新武器?」


 ユアとユナが操舵輪を握ったまま画面の左右へ視線を向ける。


「"壺"が向かう先に、大型の船のような物が浮かんでおる」


「・・大きさは?」


 シュンが訊ねると、リールが眼を閉じて意識を小悪魔インプに集中した。


「先ほど地上に降りた物と似ておるな」


 銃撃を受ける直前、真上からU3号を押し潰すように降りて行った物があった。リールの説明によると、八角形の縁をした独楽コマのような形をしているらしい。


「下半分は円錐形じゃ。上は平らで無数の建物がひしめいておる」


「サヤリ?」


「先ほどの物体は、大陸から離れた海上に落下後、そのまま沈んでいます。直径は100キロ程度・・リールさんが言うように、大きな独楽コマのようでした」


 サヤリが観測鏡を覗きながら答えた。洋上に大量の泡が浮いているだけで、落下した巨大な建造物は見えない。


「海中を移動している様子は?」


「海上に異変は見られません。あれほどの物ですから、動けば波にも変化が現れると思います」


「・・そうだな」


 シュンは頷いた。


「リール、人か・・何か生き物の姿はあるか?」


「主殿、見当たらないのじゃ」


 リールが柳眉をしかめて首を捻る。


「他に・・その独楽コマのような物は浮かんでいるか?」


「・・同形の物が7つ浮いておるの」


「サヤリ、ロシータ、アオイに連絡。急ぎ迷宮へ帰還。異変に備えろ・・と」


「畏まりました」


 首肯したサヤリが、すぐさま"護耳の神珠"に触れる。


「リール、小悪魔インプを維持できる時間は?」


「今のわらわなら、一ヶ月じゃな」


「よし・・ユア、ユナ、海中へ落ちたやつを狙う」


「アイアイ」


「ラジャー」


 2人が白い歯を見せた。


「リール、位置を教えて!」


「場所を確かめて!」


「お任せあれ」


 リールが笑みを浮かべる。今浮かべているものとは別の魔法陣を出現させた。


「シュン様、ロシータ、アオイ両名から、それぞれ迷宮を制覇したと」


「早いな。神か、使徒は居たか?」


 階層が少なかったのかもしれない。さすがに100階層を1日では突破できないだろう。


「仕留めたようですが、ルドラ・ナイトが大きく損壊したと。魂石の回収は終わったようです」


 サヤリが言うと、ユアとユナがにんまりと笑みを浮かべた。


「大丈夫、ルドラは自動で修復する」


「じゃんじゃん、霊気を食べさせる」


 どんなに壊れても、契約主の霊気を対価に1日で元に戻るらしい。


「伝えます」


 サヤリが微笑した。


「狙った結果かどうか・・海中の"独楽コマ"は下半分が海底に突き刺さり、少し傷んでおるようじゃ」


「場所は?」


「どこ?」


「動いておらぬ。直下じゃ」


 リールが笑みを浮かべて真下を指さした。泡でざわめいている海面から300メートルほど下で、大きく傾いた状態で鎮座しているそうだ。


「ボッス?」


「Pちゃん、試して良い?」


 ユアとユナがシュンを見つめた。


「良いぞ」


 シュンは即答した。

 どのみち、動かない目標物にしか当たらない仕掛けだ。


「迷宮基地、応答セヨ~」


「P号射出を準備セヨ~」


 2人が"護耳の神珠"を使って、霊気機関車の基地に連絡を取り始めた。

 今頃、留守番をしていたレギオンメンバーが、基地の中を賑やかに駆け回っているだろう。"ガジェット・マイスター"と懇意にしている職人レギオンが主な構成員となっている。ユアとユナと連絡を取り合っているのは、天馬ペガサス騎士のアリウスという女騎士だ。2人とはケーキ友達だった。


「・・また"壺"が戻って来たぞ」


 リールが小悪魔インプの眼を借りながら呟いた。


「ユア、ユナ。ここは任せる」


 シュンは、外部転送用の半個室へ向かった。


「・・ボス?」


「・・何する?」


 ユアとユナが、操舵輪を握ったまま見つめる。


「夢幻回廊の応用だ。少し向こう側を覗いて来る」


「行くなら、みんなで行く!」


「1人で行ったら遭難する!」


「向こうには、リールの小悪魔インプが居る。俺の動きは見えるだろう」


「いつ戻る?」


「Pちゃんの勇姿は?」


「外で見る」


 恨めしげな2人に見送られ、シュンはU3号の外へと出た。


「マリン、見ていたな?」


『たまぁ?』


 白毛の精霊獣がふわりと姿を現した。


「そうだ。今度銃弾が飛び出してきたら、入れ違いに向こう側へ抜けて、壺のような物に水霊糸を着けろ」


『はいですぅ~』


「カーミュ、夢幻回廊の時のように、水霊糸の周囲を灼いてくれ」


『任せるです。空間遊びは得意なのです』


 白翼の美少年が姿を現した。


「向こうに出ると同時に、アルマドラ・ナイトを召喚する」


『全部、やるです?』


「殲滅する」


 シュンは頷いた。


『主殿、そこより少し上方じゃ。"壺"が射撃を準備しておる』


 リールから連絡が入った。


「そちらは?」


『P号が放たれた。まもなく到達するようじゃ』


「・・そのようだな」


 シュンが見つめる先で、霊気機関車U3号が黄金色の輝きを増していた。


『誘導器、投下!』


『誘導器、投下!』


 わざわざ"護耳の神珠"を使って、ユアとユナが報告をしてくる。

 U3号に接続された貨物車から円筒形の魔導器が投下されて、一直線に海中へと落ちて行った。


「来たか」


 シュンは頭上を振り仰いだ。

 迷宮の基地から、霊気推進器で高度100キロメートルにまで上昇したP号が緩やかに弧を描いて降下をしてくる。

 熱を帯び、大気を灼きながら落下している"P号"は、長さ50メートルの鏃のような形をしていた。霊気推進器は途中で切り離されている。今頃、天馬ペガサス騎士達が落下地点まで回収に向かっているだろう。


『主殿』


 リールの緊張を帯びた声が聞こえた。


「マリン!」


『はいですぅ~』


 マリンが、真っ直ぐに空中を駆け上がるのと、何も無い空中から巨大な銃弾が出現するのがほぼ同時だった。


 正確に狙って放たれた巨弾を、霊気機関車U3号が細長い生き物のように滑らかに曲がって回避して走る。


 直後、高空から落ちて来た"P号"が海中へ突入して水蒸気を噴き上げて海面を爆散させた。どれほどの熱を帯びていたのか、大量の海水が蒸発して消え去る中、海底に斜めに傾いた状態の巨大建造物が見えた。

 一瞬の後、"P号"が巨大建造物の中央部へ突っ込み、粉砕しながら貫いて落ちる。


「命中だな」


『いぇす!』


『ど真ん中!』


 ユアとユナが喝采をあげる。


『行くです』


 上方で、カーミュが白炎を噴いた。

 向こう側へ抜けたマリンが水霊糸を"壺"に着けたらしい。


「よし・・」


 海中で起こった大爆発の余波に圧されるように、シュンは勢い良く飛翔してカーミュが開いた空間の穴へと飛び込んで行った。


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