第304話 ブレイクタイム


『やあ、よく来たね』


 マーブル主神が笑顔で出迎えた。

 招かれた場所は、神界の庭園だった。


「ご無沙汰しております」


 シュンは丁寧にお辞儀をした。隣で、ユアナもお辞儀をする。一緒に歩いていたユアナも召喚されたらしい。


『順調みたいだね?』


 マーブル主神がよいしょっ・・と声を出しながら宙へ浮かび上がった。


「街道や町の整備、魔物の発生地域の設定、抑止力の配備は、まだ全体の3割程度です。町の整備は時間が必要ですね」


『現地人は減ったのかな?』


「地域差がありますが、地方の神殿町に避難してきた人間だけでも、6万人ほどになっています。それとは別に、各迷宮の近くに集まって町を造っている人間達は10倍以上でしょうか」


『へぇ~、案外生き残ってたんだな』


 感心したように言って、マーブル主神が宙を漂ったまま大きく体を伸ばす。


「お疲れのようですね?」


『・・まあね』


 マーブル主神が小欠伸を漏らす。


『そろそろ、迷宮領域の拡大をしちゃう?』


「お願いできますか?」


『もちろんさ。それから、何度か相談のあった件だね』


 迷宮に入る許可を得た者が神から与えられる力・・それを神殿で与える方法はないかという相談をしていたのだ。


『あれは言ってみれば、ボクの加護みたいなものだからね。さすがに同じものは無理だ』


「・・そうですか」


『だから、代替案として、あれの簡易版ができる神器を創ったよ』


「簡易版?」


『レベル、HP、MP、SPを認識し、可視化する力。パーティやレギオンといった登録や解除なんかだね。神の武器は渡せないけど、最初の魔法はルーレットで与える』


 マーブル主神が、大きな立法体を取り出した。

 高レベルの神聖魔法が使える者が触れると、操作が可能になるらしい。


「レベルの上限はどうなりましたか?」


『1000にするよ』


「現地人すべてが?」


『うん・・ああ、旧来の探索者は別だよ。異世界から連れてきた異邦人、孤児として迷宮に送られた子、迷宮人、アルヴィ・・そして、君のところの綺麗どころなんかは上限を撤廃します。先駆者特典というやつさ』


「それで大丈夫ですか?」


 不安を覚えて、シュンは訊ねた。


『あはは・・何か困った問題が起きたら、また改変しちゃえばいいのさ』


 マーブル主神が笑う。

 とりあえず創って、不具合があれば直せば良いと・・。


「・・なるほど」


 マーブル迷宮が正にそれなのだろう。


『あと、先駆者特典という事で、妖精族と同じ扱いにするよ。個人差はあるけど、まあ平均して500年くらいは、若い姿のまま生きる事になるね』


「これまでのように不老では無くなるのですね?」


『うん、迷宮内でも寿命はちゃんと減る。ただし・・』


 マーブル主神がシュンとユアナを見た。


『君達には適用されません。使徒とは、そういう存在だし・・特に君達は例の実を食べちゃってるからね』


「・・そうですか」


『まあ、生きるだけ生きて、嫌になったら神になりなさい』


「・・その時が来れば相談させて下さい」


 シュンは低頭した。


『機人も再現してくれたみたいだね』


「はい。グラーレがやっています」


『魔神は生かしてある?』


「はい。容器に封じてあります」


『迷宮の階層主とかに使わないんだ?』


「ちょっと、迫力不足ですね」


 シュンは笑みを浮かべた。


『ほう? なんだか面白そうだね?』


「存在格としては魔神に分類されますが、脅威度は非常に低いのです」


『そんなの居るのかい?』


 マーブル主神が訝しげに訊ねる。


「自分では動けません。本来の力も失っています」


『・・何かしたの?』


「捕らえる時に、魔核を傷つけてしまいました」


『君が?』


 マーブル主神がシュンを見つめる。


「はい」


 シュンは頷いた。


『それはもう・・治らないね』


「容器の中に居れば死ぬことはありません。仮に外に出たとしても無害ですが・・種の保存という観点から入れたままにしておこうと思います」


『まあ、そうだね』


 マーブル主神が諦め顔で息を吐いた。


『さて、あれこれ確認したけど・・引き続き、下界の事は任せるよ。自分の世界だと思って、好きなようにやってくれたまえ』


「感謝します」


『・・よしっ』


 不意に、マーブル主神が声を出した。


「どうしました?」


『ああ、いや・・別件さ』


「別件?」


 シュンは首を捻った。


『ははは・・別に悪い事じゃないよ』


 マーブル主神がひらひらと手を振る。明らかに、何かを誤魔化している様子だったが・・。


『そう言えば、君達は神殿で婚礼の儀とかやらないの?』


「それは・・」


 シュンはユアナを見た。


「私達の友人に、ケイナという子が居ます」


 ユアナが、"ガジェット・マイスター"のケイナの身の上に起こった事を語った。


「私達の婚礼衣装を彼女が作ってくれる・・ずっと前ですけど、そう約束しました」


『ふむ?』


「でも、今は彼女の心が傷ついています。少しずつ元気になっていますけど、まだ時間がかかると思うんです」


 ユアナが言った。


『ふうん? そういうものかな?』


「ケイナが立ち直るまで待ってみようと思うんです。だって、ケイナと約束しましたから」


『例の魔神と異邦人が、魔法器官を奪った件だっけ?』


「はい」


 シュンは頷いた。スコットと魔神の件は全て報告済みだ。


「私の故郷、ジナリドのやり方で祝言を挙げました。ただ、祝宴は邪魔が入りましたから・・ユアとユナの故郷、ニホンのやり方で披露の宴をやり直すことにしました」


 ただ、今すぐではなく、ケイナの気持ちがもう少し落ち着いた時期にやりたいと・・ユアとユナが言っている。時期については、2人に任せることにしていた。


『なるほど・・じゃ、それまでは世界の迷宮化かい?』


「そうですね。大掛かりな創作は終わりましたから、しばらくは、仲間達に任せておいて大丈夫です。私は実際に街道や地方の神殿町に足を運びながら、世界の状態を見て回ろうと思っています」


 何処に居ても、転移で即座に帰還できる。


「実地に確かめておけば、早めに不具合を潰せますから、取り返しがつかない問題になる前に改善できるでしょう」


『ははは・・いいなぁ、楽しそうだ! ボクもついて行こうかなぁ?』


 マーブル主神がそう言った時、


『まあ、神様・・こんな所にいらしたの?』


 輪廻の女神が現れた。網のような短衣一枚という艶姿である。


『ひぃっ・・』


 マーブル主神が、引き攣った声を漏らして身を縮めた。


「シュンさん! 駄目です! 後ろを向いて下さい!」


 ユアナが大慌てでシュンに飛びつき、強引に後ろを向かせた。


『あら、シュンとユアナじゃない。遊びに来ていたの?』


 輪廻の女神がしなやかな繊手を振ると、黒い煙のような物が噴き出し、黒衣となって肢体を覆った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る