第50話 竜を狩る

 18階の魔物は、赤い肌色をした四つ目の小鬼ゴブリン、三つ眼の大鬼オーガが多く、時折、飛竜や鳥竜が混じる。人型の魔物には銃器が良く効くので、対処は難しく無い。飛竜や鳥竜も、狙い撃ちにして接近させ、テンタクル・ウィップで捉えてしまえば楽に仕留められる。相手が降りて来ない時は、自称"大空の支配者"達が、小さな黒翼を羽ばたかせて追い回す。空中で停止をしたり、急上昇も急降下も思いのままらしい。


(ここが迷宮だという事を忘れそうだ)


 シュンは触手で捉えた飛竜を解体しながら、照りつける太陽を見上げた。

 辺りは草原だ。遠くには森が見える。

 これまでの階層とは全く違う。一つの空間に、別世界が生み出されている。


(天井まで8キロくらいか)


 凄い空洞を造ったものだ。


「鱗はそっちに集めてくれ。俺は臓器を採取する」


 解体を手伝うジェルミーに指示しつつ、心臓にぶら下がるようにできた肉の芽を慎重に切り開いて中の柔らかな塊をポイポイ・ステッキで吸い取る。どんな物でも保存に必要な容器に入れて保管してくれるので有り難い。まさに神の御業である。


 丈夫そうな腱を採取し、毒血をポイポイ・ステッキで吸い取った。こうして血抜きをすると、肉が無毒になって食べられる。飛竜も鳥竜も見た目よりは肉が美味だった。


「ん?」


 ジェルミーに呼ばれた気がして振り向くと、大きな岩の塊を持っていた。解体中の鳥竜が呑み込んでいたらしい。


「綺麗な石が含まれているな。これも回収しておこうか」


 シュンは、ジェルミーが抱え持っていた石もポイポイ・ステッキで収納した。その時、上空に影が射した気がして振り仰ぐと、


「・・あいつら」


 自称"大空の支配者"達が逃走中だった。


 どうやら飛竜か鳥竜のリポップに高階層の魔物が登場したらしい。

 双子を追っているのは、大きな赤い竜だった。

 頭から尾までが100メートルほど。翼を拡げた状態で幅が80メートルくらいか。この広々とした空間ならではの巨竜だった。時折、広範囲に拡がる火炎を噴いている。


 XMの閃光が効かないらしい。飛翔速度は、双子がギリギリ上か。


「大丈夫か?」


 "護耳の神珠"で話しかける。


『要、眼科検診!』


『どう見てもクライシス!』


 双子の元気な声が返る。まだ大丈夫そうだ。


「解体は終わった。連れて来い」


『アイアイサー』


『ラジャー』


 返事と共に、豆粒のように小さく見えていた双子が急旋回して、シュンの待つ地上めがけて急降下して来た。


「リビング・ナイト」


 シュンは、漆黒の重甲冑を召喚した。


「水楯」


 上方に分厚い水の楯を出現させる。直後、赤竜の口腔から紅蓮の炎が噴きつけられた。吹き荒れる熱風が地面を薙いで一面を炭化させる中、水楯の後方だけが瑞々しい下草を残す。水楯は、炎だけでなく、押し寄せる熱までも防ぎとめて術者を護ってくれる。


「行け!」


 号令と共に、リビング・ナイトが突進して、急降下して来る巨竜を迎え撃った。重厚な衝突音が響き、僅かに圧されたリビング・ナイトが地面まで後退する。

 しかし、しっかりと楯で受け、剣は巨竜の左目を貫き通していた。急降下して来た巨竜の勢いが失われている。


「よくやった!」


 シュンは、テンタクル・ウィップで竜の巨体を捉えた。

 ジェルミーの雷撃が爆ぜ、リビング・ナイトが押し返して巨竜の頭部を抑え込む中、


「サウザンド・フィアー」


 シュンのEX技が発動した。紅い光が照射されて巨竜を照らし、上空から無数の黒槍が降り注いで巨体を地面に縫い刺しにする。

 最近、一回り大きく育った巨大蚊が舞い降りて来て竜の後ろ首にとまると口器を突き刺した。5秒ほどで赤黒い光の明滅が始まり、シュンの身体も光に包まれる。


 シュンはVSSの引き金を絞った。


 9,999 のダメージポイントが乱れ跳ぶ。


 30秒間で300発、きっちりと全弾撃ち込んだ。僅かな間で、300万近いダメージポイントだ。攻撃力としては抜群だろう。舞い降りて来た双子が、XMとMKを放り込み、リビング・ナイトが赤竜の目に突き入れた剣を軸に巨竜の頭部を抑え込み続ける。


 テンタクル・ウィップから吸い上げた魔力が流れ込んで来るのを感じて、


「水渦弾!」


 シュンは得意の水魔法を放った。一発の威力より連撃で削るつもりだ。

 水属性の効きが良いだろうとの読みもある。


 430 540 280 760 550 310 470 570 ・・・


 ダメージポイントは悪くない。双子の手榴弾で、防御力と攻撃力がダウンしているのも好材料か。


 シュンはテンタクル・ウィップが吸い上げ流れ込む魔力をそのまま水渦弾として撃ち込み続けた。


 着陸した双子が、防御魔法と継続回復の魔法を重ねがけして、MP5SDを撃ち始めた。銃でのダメージは5~8だった。防御力が低下していなければ、最低の1ポイントだったかもしれない。それでも、数を撃ち込めば無視できないダメージ総量になる。双子の銃は進化して弾数が6000発になっている。見えている弾倉は完全に飾りと化していた。


 赤竜がどの程度の速度でHPが再生しているのか知らないが、どうやらダーク・グリフォンほどでは無いらしい。

 テンタクル・ウィップは千切られるどころか、逆に拘束する触手がぎりぎりと締まり、竜鱗を割って肉へ食い込み始めていた。


 直上から轟音と共に落雷し、雷柱がそそり立つ。

 ジェルミーの雷撃は、直撃した瞬間に3万ポイントほど、その後も3秒に1度、継続的に数百ポイントの継続ダメージが出続けるから優秀だ。


(次のEXで仕留められるか?)


 そう思っていたのだが、


「・・死んだのか?」


 巨竜の動きが止み、反射的な微痙攣しかしなくなった。


「意外にHPが少ないのか?」


 テンタクル・ウィップで巨竜を裏返し、ジェルミーを振り返る。即座に進み出たジェルミーが軽く跳び上がりざまに刀を一閃して竜の胸元を断ち割った。そこへ、テンタクル・ウィップの触手を伸ばして突き入れ、心臓らしき臓器を絡め取る。これで仮死だったとしても、暴れさせずに仕留められるだろう。


「解体する。周囲の警戒を頼む」


 シュンはリビング・ナイトを送還し、ジェルミーと一緒に巨竜の解体に取り掛かった。

 双子が空へ浮かんでゆっくり旋回しながら周囲の警戒を始める。


『ボス、竜のリポップが怖い』


『ボス、3ヶ月コースは嫌』


 空から念話が届くが、シュンは黙々と目の前の作業に集中した。

 採れそうな物は、体液から臓器、頭蓋や背骨、翼の膜まで何でも収納していった。いつも解体を手伝っているジェルミーが優秀だ。解体のコツを覚えてシュンの作業に合わせて前もって切れ込みを入れたり、採れそうなものを教えたりしてくれる。加えて、ダーク・グリフォンの脳を取り込んだお陰で、触手の操作も同時にできるため、仕分けをやりつつ解体も進められる。まるで、腕が14本に増えたかのように自在に操って作業ができるのだった。


『まるでモンスター』


『タコもビックリ』


 自称"大空の支配者"達が空で何やら言っている。


(これは魂石か? こっちのは宝石のようだな)


 体内から取り出した石をポイポイ・ステッキで収納し、仕分けしておいた鱗や肉などを吸い込んでいった。


『わずか15分』


『竜さんが消えた』


 空から双子が降りて来た。


「向こうから集団が来る」


「距離1800。人間っぽい」


「そうか」


 シュンは地面を見回した。下草の上には重い物があっただろう痕跡は残っているが、血痕まで綺麗に消え去っている。


「逆の方向へ移動しよう」


「アイアイサー」


「ラジャー」


 ジェルミーを戻し、3人は足早に現場を離れた。

 双子がイェシの苗を欲しがった関係で、苗が採れる季節を待ってアジャードの町を基地にして行動していた。まだ、異邦人の町には行っていないのだ。おまけに双子が欲しがる穀物の加工品をどんどん作ってくれるため、ポイポイ・ステッキは食糧庫と化していた。

 元々は、この先にある森で果物やキノコを採取する予定で出かけて来た。巨竜との遭遇は予定外だった。


「森へ入ろう」


 移動しながら振り返ると、巨竜の解体現場に数人を残し、残る20人ほどが追って来るようだ。

 シュンは、望遠鏡要らずの双眸で平原を見渡しながら、追って来る者達の顔を表情を眺めていた。


「16歳くらいのも居れば、20代半ばくらいの奴も居る。男が13、女が7」


「異邦人?」


「ニホン人?」


「・・金髪や赤髪の人間もいる。ああ・・5人はお前達に似た感じがするな」


 顔立ちも、彫りの深いはっきりした感じの者から薄い平坦な感じの顔立ちの者・・体格も様々だった。


「竜が落ちるのを見た?」


「戦闘音を聞いた?」


「だろうな・・どんな魔物か知った上で数を集めて来たんだろう。赤い竜を狩るにはあの人数が適切だという事か」


 パーティ4つでレギオンを組んでいるのか。

 この階層に居るから、全員がレベル15以上だとしても、やはり赤い巨竜はあまり強い魔物では無いらしい。


(戦闘準備をしてきた割に荷物が少ないな・・・おっ!?)


 追って来ている男の1人が、腰元にある小さな革鞄を開いて、やたらと大きな筒を抜き出した。どうやっても、鞄には入らない大きさ、長さの筒だ。


(あれも、ポイポイ・ステッキみたいな道具か?)


 どうやら、収納の魔導具には色々な形の物があるらしい。


 "霧隠れ"を使いながらシュンは対応を迷っていた。

 わざと追いつかせて接触を持つか、諦めるまで連れて歩くか。


「このまま採取をやろう。向こうを見る必要は無い」


「了解ナリ」


「分かったナリ」


 こちらの様子を好きなだけ観察させて、その上で近付いて来るようなら挨拶でも交わせば良い。そう思い決めて無視して歩いていると、


 ふんふふ~


 ふふんふふ~


 双子が得体の知れない鼻歌を歌い始めた。

 何やら楽しそうである。


「ニホンの歌なのか?」


「そうでっす」


「はいでっす」


 ぽんぽんと身軽く跳ねるようにして歩き、両手を上にあげたり、翼のように拡げたりして、くるくると片足立ちで回ったり・・。


「・・大丈夫か?」


 どこかで頭でも打ったか、悪い毒素でも吸い込んだか。


「はい、そこっ!」


「踊りを褒めるとこっ!」


 双子が指さして声をあげた。


「あ・・踊ってたのか。いや・・陽に当たり過ぎたのかと思った」


 シュンは苦笑した。


「もだ~ん」


「だ~んす」


 双子が互いの手を握り、くるくると周り、足を互い違いに踏んで忙しく踊り始めた。

 そうかと思えば、


「白鳥のぉ~」


「ぷるみえ~る」


 2人揃って、ゆったりとした動きで舞い、ふわりふわりと回転して見せる。ふざけたり、真似事をしているのでは無い。しっかりと堂に入った舞いだった。


「上手いな。訓練していたのか?」


 シュンは素直に感心した。


「英才教育?」


「スパルタ上等?」


 双子が片足を後方から高々と上げ、上体を反らせながら肩に担いで見せる。


「凄いじゃないか・・どうやったら、そんなに柔軟に?」


「柔軟の鬼」


「柔軟クイーン」


 双子が勝ち誇った顔で、ふふんと鼻を鳴らして胸を張った。


「中学までやってたぁ~」


「中学で止めたぁ~」


「ちゅうがく?」


 知らない単語だ。


「だって遠いからぁ~」


「だって片道3時間~」


 双子がうたうように言いながら、息の合った動きを見せて舞うように躍る。


 その時だった。

 いきなり遠雷のような音が轟いて、地面が激しく揺すられた。

 激しい光の明滅を感じて、シュンは後背の草原を振り返った。


 白銀色をした巨大な竜が出現していた。

 赤い竜の5倍近い巨躯が陽光を滑らせてギラギラと輝いている。白銀竜は地上から数百メートルを飛翔し、紫色の轟雷を吐き散らして過ぎ去り、また舞い戻って轟雷で地上を灼き払う。

 狙われているのは、シュン達を追ってきたパーティだった。


 楯を構え、魔法の障壁を生み出しながら後退戦をやっているが厳しそうだった。すでに何名かは倒れ伏して動かなくなっている。


「あれだけ自由に飛ばれると厳しいな」


 シュンは嘆息した。あの巨体は、さしものリビング・ナイトでも抑えきれないだろう。テンタクル・ウィップでも拘束しきれない気がする。狭い洞窟内なら戦えそうだが、ここでは圧倒的に不利だ。


「どうする、大空の?」


「引退」


「ベルトは譲る」


 双子が潔く支配者の位を手放した。


「なら、果物採りだ」


 手助けのしようが無い。下手をすると秒単位で殺されてしまう。


「断腸」


「やむなし」


 双子がきっぱりと言って、草原の惨状に背を向けた。

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