第79話 ホーム

「本当に、ここで良いんですか?」


 心配そうにたずねたのは、案内をしてくれた商工ギルドの羽根妖精ピクシーだ。女の羽根妖精ピクシーと似通った白いシャツに黒いズボン姿の少年だった。


 建物の2階、商工ギルドの受付後ろから階段で上がった廊下の突き当たりにある部屋だ。建て付けの悪い薄い板扉をガタガタ言わせながら引き開けると、壁際に骨組だけの寝台が置かれただけの小部屋だった。他には何も無い。窓も無い。いや、汚れた板床には、ほこりだけは盛大に積もっていた。


「悪く無い」


 あっさりと頷いたシュンを、羽根妖精ピクシーの少年が気味が悪そうに見つめる。


「扉は直しても良いのかしら?」


「床の掃除をしても良いのかしら?」


 ユアとユナが白布シルクを口元へ当てながら澄ました顔でたずねる。


「ええ、それは・・この部屋は自由に使って下さい」


 羽根妖精ピクシーの少年が伏し目がちに頷いた。


「委託販売の手続きと、こちらにいるというムジェリに面会したいんだが?」


「えっ!?・・ギルド長に・・ですか?」


 羽根妖精ピクシーの少年が恐怖にも似た表情を浮かべて声を潜めた。


「規則上で許されていないならあきらめるが?」


「い、いえ・・そういう規則は無かったと思いますけど、そのぅ、お知り合いなんですか?」


「ムジェリとは友人関係だ」


「む・・ムジェリと!?」


 羽根妖精ピクシーが空中で直立不動になる。ムジェリは、なんだか酷く恐れられているようだ。


「何か問題があるのか?」


「いえっ、何も・・問題御座いません。ちょ、ちょっと上の者に話をしてきても良いですか?」


「ここで待っていれば良いのか?」


 シュンは汚れた部屋を見た。


「はい!」


「なら・・都合の良い日時を訊いてみてくれ。忙しいだろうからな。それと、委託販売の手続きを」


「・・分かりました!」


 羽根妖精ピクシーの少年が文字通りに飛び出して行った。

 廊下を飛び去って見えなくなるまで見送って、3人はほこりだらけの部屋を振り返った。


清浄化クリーン


 シュンは、風呂に入る時にしか使わない水魔法を使用した。瞬時に部屋中が綺麗に水洗される。この魔法だけで呪詛のような特殊な汚れでなければ綺麗に落ちる。さらに、水操作によって汚水を集めて、ひとまずポイポイ・ステッキで収納しておいた。


「壁と扉には竜のウロコを加工して貼り付けよう。多少は強度が増すだろう」


「竜さんもビックリ」


竜鱗スケイル史上初」


 ユアとユナが笑う。

 シュンは2人に手伝って貰って、ひもを使って部屋の採寸を始めた。双子に飛んで貰って天井高まで測る。最後に扉の寸法を測り、扉枠の歪みを確かめた。


「契約書によると、会議室は商工ギルドの部屋を借りられるそうだ。委託販売の売り上げも、ここのムジェリが監督しているなら心配なさそうだな」


「ムジェリはプロ」


「インチキしない」


 双子が頷く。


「委託販売の売り子というのは・・どこで売るんだ? 店があるのか?」


「きっと実演販売」


「バナナを切る」


 双子がいい加減な事を言っているところに、ヒタヒタとした足音が近づいて来た。待っていると、先ほどの羽根妖精ピクシーの少年が黒い上着を着たムジェリを連れて部屋の入り口に現れた。


「間違いないね。里に来た人だね。ムジェリの友人だね」


 いきなり、黒服のムジェリが言った。顔で見分けが付かないから里で会ったかどうかは不明だが・・。


「ムジェリの村では世話になった」


 シュンは頭を下げた。


「お礼を言うのはムジェリの方ね。海の悪魔を退治して貰ったね。"ネームド"はムジェリの永遠の友ね」


 ムジェリがずんぐりとした手を挙げて見せる。


「光栄だ。よろしく頼む」


「任せるね。この部屋で良いのかね? もっと良い部屋もあるね?」


「部屋の中に、ムジェリの天幕を設置するつもりだ。あれは快適だからな」


「頭が良いね。あれを使うならここで良いね。この建物は安全だからね」


 ムジェリが頷いた。


「床や壁、天井などを張り替えたり、扉を交換しようと思うが構わないか?」


 一応、許可を取っておく。


「問題ないね。自由にやってくれて良いね」


 黒服のムジェリが頷いた。


「商工ギルドにホームを持つと、委託販売の権利数を多く持てると聴いた」


「その通りね。販売場所の権利も、商工ギルドが一番多く持っているね。詳細な説明はトフィル君がやるね」


「は、はいっ! 不肖ふしょうトフィル、説明役を務めさせて頂きます!」


 羽根妖精ピクシーの少年が空中に浮かんだまま直立不動になった。


「では、不自由があったら何でも言うね。ムジェリに用事があったら、トフィル君に申し付けるね」


 黒服ムジェリが丸っこい手を差し出した。


「ありがとう。心強いよ」


 シュンはムジェリの指の無い丸い手を握った。ひんやりとしてガラスを触ったような感触だった。


「トフィル君、受付に"ネームド"の私書箱を作るね。不在の時に荷物や手紙を保管するね」


「か、かしこまりました!」


「では、ムジェリは行くね」


 そう言って、黒服のムジェリがヒタヒタ歩いて去って行った。

 それからの羽根妖精ピクシーの少年は凄かった。がちがちに強張った顔で委託販売の概要を説明し、商工ギルドの施設を案内し、主要な役職者への紹介、ギルドが閉まっている時の出入口の魔法鍵を準備し、場所を会議室に移して再び委託販売の詳細な説明をしてくれた。


「最大数で登録した場合、売り子は何人必要だろう?」


「10件の委託で、売り子は1人です。商工ギルドの部屋を借りる特典として、最大60の委託販売権を取得できますので、売り子は6人必要になります。ご参考までに、売り子の手当は月20から50デギンが相場です」


「こちらで選べるのか?」


「はい。そちらに、販売履歴の付いた名簿をご用意しました」


 羽根妖精ピクシーの少年が卓上に置かれた分厚い紙の山を指差した。中から選べという事らしい。


「この人達は、売り子をしていない時は何をしているんだ?」


「売り子は、見習い商人です。沢山売ると、商人に昇格します」


「何か成績評価のようなものが?」


 訊きながら、シュンは紙の山を三つに分けて双子の前にも積んだ。


「むむ、なかなか高い山」


「高山病になる」


 2人がいつもの軽口を叩いている。


「売り子にとっては利益が経験値です。契約期間内に、いくらの利益を上げたかによって得られる経験値が変わり、経験値の総計によって、出世をするのです」


「・・ふむ」


 シュンはわずかに首を傾げつつ頷いた。どうやら、売り子というのは普通の人間では無いらしい。てっきり職業の呼称だと思っていたのだが、説明を聞く限り違うようだ。


「お気付きのようですが、売り子は人間ではありません。神様がお創りになった人形・・いいえ、擬似生命と呼ぶべき存在です」


「まさかのエーアイ?」


「売店ロボ?」


 双子が愕然と眼を見開く。


「どんな姿なんだ?」


「ほとんどが、可愛らしい外見の女性ですね」


「ちぃっ!」


「ちぃっ!」


 双子が舌打ちをした。


「きっと高身長」


「きっとナイスボデー」


「しかし・・男もいるようだが?」


 シュンの手元にある履歴書は男のものだった。途端、双子が無言で履歴書の山に向き直った。すぐさま、目まぐるしく手を動かして紙の山を2つに分別し始める。


「はい。しかし、売り子として異邦人のパーティに選ばれるのはほとんど女性だという事です」


「そうなのか・・」


「ボス、1次選考は任せて!」


「ボスは、2次選考!」


 双子が妙にやる気を出している。


「良いのか?」


「売り子は大事」


「私達も選考する」


「そうか・・」


 シュンは双子の左右に積まれていく履歴書へ眼を向けた。内容に眼を通しているとは思えない速度で仕訳されていく。


(速読というやつか? 2人にこんな特技があったとはな)


 感心しつつ見守っていると、たちまち3分の1ほどに減った履歴書の山がシュンの前に置かれた。


「これが?」


「1次選考通過者」


「運が良い人達」


 双子がやりきった顔で言う。


「・・それでも多いな。ここから、俺が選んでしまって良いのか?」


「ボスに任せる」


「決定に従う」


「・・ふむ」


 何となく詐欺サギにでもあったような違和感を覚えたが、シュンはおとなしく選考に取りかかった。しかし、2枚、3枚と履歴書に眼を通す内に、違和感の正体に気がついた。


「男だけに絞ったんだな」


 手早く眼を通しながら、シュンは2人に声を掛けた。


「力持ち」


「頼もしい」


「売り子に腕力が要るのか?」


 シュンは羽根妖精トフィルを見た。


「いいえ。商品の受け渡しは商工ギルドにて行います。宅配の手配もギルド内にて手続きされます」


「・・らしいが?」


 シュンが横目で双子を見ると、


「嘘を申しました!」


「申し訳ありません!」


 ユアとユナが卓上に手をついて頭を下げた。


「・・で、男だけにした理由は?」


「ノーモア美人」


「美女狩り」


 おでこを卓上につけたまま双子が答える。


「紙だけで美女かどうか分かるのか?」


 シュンは不思議に思って履歴書をしみじみと眺めてみた。


「だって、見目麗みめうるわしいって言った」


「ほとんどが美女だって言った」


 2人がうめくように言う。


「・・だれが?」


「そこの飛んでる人」


「羽根の人」


 顔を伏せたまま、双子が恨めしげな声で言う。


「そうだったか?」


 シュンは、羽根妖精の少年トフィルを見た。


「えっ?・・えっと、そう・・だったかもしれませんね?」


「ここに、売り子候補を男女何人か連れてきて貰えないか?」


「ええ、良いですよ」


 羽根妖精の少年トフィルが大急ぎで部屋を飛び出して行った。





=======

7月14日、誤記修正。

売り子にっては(誤)ー 売り子にとっては(正)

伏せ眼がち(誤)ー 伏し目がち(正)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る