第305話 勇者が湧いた!


「あれは、つまり・・上手くいっているという事か?」


 シュンは腕組みをして首を捻った。


 マーブル主神と輪廻の女神が不仲になるようでは神界が荒れる。そして、シュンの仕事が増える。


「どう思う?」


 シュンは傍のユアナに訊ねた。エスクードに戻ってから妙に静かにしている。


「ユアナ?」


「大丈夫です!」


 ユアナが俯きがちに答えた。


「そうか?」


「とても上手くいっていると思います!」


「・・なら、ひとまず安心か」


 シュンは、俯いているユアナから視線を外し、"ホーム"の扉に手を触れた。


 シュンを認識した扉が魔導鍵を回して開いた。


「主殿、気配が消えておったの?」


 リールとサヤリが居間で寛いでいた。


「神界に呼ばれていた」


 そう答えたシュンの周りに、カーミュとマリン、ジェルミー、そしてテロスローサが姿を現した。


 少し前から、"ホーム"の居間では自由に姿を現すよう許可してある。


「初めは、広すぎる居間じゃと思うておったが・・」


 リールが苦笑をする。


「賑やかになりました」


 サヤリが微笑んだ。額から鼻の上までを覆っている仮面のような物は、監視用の"眼"の映像を見るための道具だ。


『おにわ、いく~』


 長い尻尾を振り立てながら、マリンが扉をすり抜けて"ホーム"の庭園へ出て行った。


『デミアからお手紙なのです』


 カーミュがシュンの隣へ漂って来た。


「内容は?」


『第一回、三界会議の日時について異論ないです。それから・・女王様も参加するです』


 カーミュが唸る。

 神界、死の国、地上界を三界と称し、それぞれの代表が集まって定例の情報交換会をする。その日時と場所を提案してあった。


「そうか」


 シュンはファミリアカードを取り出すと、マーブル主神宛てに、死の国の女王が会議に参加する事を書いて送った。


 第一回の会議くらいは、マーブル主神に参加して貰いたい。


「シュン様」


 サヤリが"眼"によって観測した情報を記した報告書を差し出した。


「軍勢? 人間の?」


 不可思議な情報に、シュンは軽い驚きを覚えた。


「大型の魔獣を使役し、攻城兵器らしい武器を牽かせています。観測時点で六千名程度。幾つかの国の兵士が集まったらしく、装備はばらばらですね。紋章を縫った旗を掲げている者も多くいるようです」


 サヤリが"眼"で見えている情景を説明する。


「先導しているのは、煌びやかな甲胄姿の少年のようでした。今は、リールさんの小悪魔が追尾しています」


「操心術か・・その手の魔導具か?」


「探索者らしい姿も散見されます。向かう先には北の迷宮・・その神殿町があります」


「魔王種は?」


 魔王の根城からは離れているが、自由にさせている魔王種が残っているはずだ。


「少数の魔王種と遭遇戦になりましたが、すべて撃退したようです」


 甲胄の少年が圧倒的な強さを見せて、魔王種を蹴散らしたらしい。


「今のところ、敵対行動を取っていない。啓示板の独占や神殿町への攻撃行動があれば対処しよう。"P号"の準備を指示しておいてくれ」


「畏まりました」


 サヤリが低頭して長椅子へ戻った。


「しかし・・人間の軍か」


 シュンは首を傾げた。今まで、どこに隠れていたのか・・。

 魔王種を簡単に蹴散らせるほどの強さがあるのに、どうして今まで隠れていた?


『何かおかしいのです』


 カーミュが不審げに呟いた。


『どうして、今になって出て来るです? 魔王種がいっぱい暴れていた時に出て来れば良いのです』


『今度は、人間を斬れるのかしら?』


 テロスローサが瞳を輝かせる。


「リール、どうだ?」


 シュンは小悪魔を操るリールを見た。


「連中・・攻撃準備をした上で、使者を向かわせたようじゃ」


 淡く輝く球形の魔法陣を見つめながらリールが言った。


「町には誰がいる?」


「"ケットシー"のメンバーが数名と入信者達です」


 サヤリが答えた。


「リール、最寄りの神殿町から龍人の衛士を向かわせろ」


 シュンはリールに指示をしながら、ファミリアカードを見た。マーブル主神から返信が届いたようだった。


「数は?」


「1体でいい」


「了解じゃ」


 リールが頷いた。


「ロシータ」


 シュンは"護耳の神珠"に触れた。


『シュン様、北の神殿町にいるメンバーから緊急の連絡が入りました』


 ロシータの方から話し始める。


「その件だ」


『はい』


「数千名の人間の兵が、攻城兵器と共に最北の神殿町前で攻撃準備を整えている」


『使者は、勇者軍のために町を解放しろと要求したようです』


「・・なに?」


 シュンは訊き返した。


『勇者軍と・・そう言ったそうです』


「勇者? 死んだはずだ」


 シュンは首を傾げた。


『他にも"勇者"の天職を得ていた者が居たのでしょうか?』


「しかし・・マーブル迷宮の74階をクリアしなければ与えられないと主神が言っていた。ユキシラの"眼"で観測したところでは、少年が先導しているそうだ」


『迷宮外で、天職を得たという事でしょうか?』


 ロシータが疑問を口にする。


「現地のメンバーは?」


 "ケットシー"のメンバーは、全員が神聖術使いであり、戦闘時には治癒や防御を行っている。ロシータのような例外は居るが、基本的には前面に出て戦う事はしない。

 それでも、魔王種程度なら問題無いのだが・・。


『あの子達なら大丈夫でしょう。攻撃の方は上手とは言えませんが、何度も死線をくぐっています』


「龍人の衛士を向かわせた。勇者というのがどの程度か分からないが・・」


「主殿・・」


 不意に、リールが呼び掛けた。


「魔導の武器じゃ。町に打ち込みおった」


「・・牽いていた攻城兵器というやつか」


 シュンは眉を顰めた。


『こちらでも確認しました。メンバーは負傷しながらも生存していますが、多くの住人が犠牲になったようです。神殿も半壊したそうですから、かなりの威力ですね』


 ロシータの声に怒りが滲む。


「"P号"射出」


 シュンはサヤリに向かって言った。


「畏まりました」


 頷いたサヤリが車両基地へ連絡を入れる。


「ロシータ、負傷したメンバーは?」


「すでに自身の治療を終えました。現在は遠距離から魔法による攻撃を受けているようです。魔法防壁を突破できるほどではないようですが・・」


「リール、衛士は?」


「まもなく到着じゃ」


 リールが呟いた。


「"ケットシー"のメンバーを護衛させろ。念の為、夢幻の塔を出しておけ」


「了解じゃ」


 リールが頷いた。


 その時、


『やあ、勇者が出たって?』


 大きな声と共に、マーブル主神が姿を現した。


「主神様?」


 神の空間でもなく、"ホーム"の居間に現れるとは・・。


『いや、勇者が出たって聞いてさ? それは確認しなくちゃって・・それで急いで来たんだよ!』


 早口に言いながら、マーブル主神がシュンの近くに来ると、きょろきょろと落ち着かない様子で周を見回す。


「どうされました?」


『か、烏は居ないよね?』


 マーブル主神が小声で訊いてくる。


「烏ですか?」


『ああっ、いや・・そう! 勇者が出たんだって?』


 マーブル主神が慌てた声を上げた。


「天職による勇者ではないようです。私の知らない世界の仕組みがありますね?」


 シュンはマーブル主神を見つめた。


『おうっ! さすがだね! どうして簡単に分かっちゃうかなぁ・・』


 マーブル主神が頭を掻く。


「あの勇者は何ですか?」


『えっ・・と?』


「どうして、今、この時に現れたのです?」


『い、いや・・ボクは知らないよ? ただ、ほら・・勇者っていうくらいだから、世直し? 正義の味方なんじゃない?』


「主神様」


 シュンは、両手を伸ばして宙に浮かぶマーブル主神の両腰を掴んだ。


『えっ? ちょ、ちょっと君?』


 シュンは、慌てるマーブル主神をくるりと回して後ろを向かせた。


 そこに、闇色の烏が佇んでいた。


『・・や、やあ』


「お迎えです」


 シュンは、マーブル主神をそっと闇烏の方へ押しやった。


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