第258話 大攻勢


「ボッス、ユアはもう疲れたよ」


「ボッス、ユナはもう疲れたよ」


 黒い水玉柄のルドラ・ナイトが、シータエリアの外壁上で大の字に倒れていた。


 真珠色の龍人との戦闘開始から5時間。ついに、ブラージュが引き上げて行った。

 ユアとユナは役割を完遂した。


 ブラージュも手傷を負っていたが、凄まじい再生力でほぼ無傷の状態である。そして、当然のように、ユアとユナの傷もルドラ・ナイトの損傷部も完全回復している。


 ただ、圧され続けたユアとユナは精神的に疲弊していた。

 HP、MP、SPといった数値は回復していたが、精神的な疲れは残ったままだ。

 それほど、ブラージュという龍人は手強かった。


「ユアは動けない」


「ユナも動けない」


 2人が、ぶつぶつと呻いていると、


『悪魔の大攻勢が確認されました。全ルドラ・ナイトは持ち場について下さい。繰り返します。悪魔の大攻勢が確認されました。全ルドラ・ナイトは持ち場について下さい』


 通話器からロシータの声が聞こえた。


「ロッシ~、我々は過労なのですよ」


「ロッシ~、もう働きたくないのですよ」


『主戦力として頼りにしております。どうか、よろしくお願いします』


 ロシータが淡々とした口調で言った。


「バイタルが低下中なのですよ」


「バイタルが低迷しているのですよ」


『よろしくお願いします』


「・・ロッシが冷たい」


「・・ロッシが氷のようだ」


『おそらく、向こうは総力戦を仕掛けて来ます。ここで負けると、迷宮が蹂躙されてしまいます。地平線をご覧下さい』


「ふむ・・」


「むむ・・」


 黒い水玉柄のルドラ・ナイトが起き上がった。


「うわぁ・・空から地面まで真っ黒だ」


「うわぁ・・悪魔がイナゴのようだ」


 まだかなり遠いが、それでも視界を埋め尽くす数の悪魔や甲胄人形ドールが現れ、しかも、続々と数を増やしていっているらしい。


「ロッシ先生、質問があります」


「ロッシ先生、訊いても良いですか?」


 黒い水玉柄のルドラ・ナイトが手を挙げた。


『何でしょう?』


「これ、普通に無理でしょ?」


「これ、どうやっても防げないでしょ?」


 ルドラ・ナイトとリールの操る龍人や巨龍だけでは、とてもじゃないが手が足りない。何十万だか、何百万だか・・見渡す限りを悪魔と甲胄人形ドールが埋めている。


『どうしましょう?』


 ロシータの声に笑いが含まれる。


「う~ん、話合い?」


「チョコで許して貰えない?」


『無理でしょう』


 ロシータが断言する。


「クロクマの限定品、クロクマ・ゴールドを出そうじゃないか!」


「この世に8つしかない稀少品であるぞ?」


『8つ全部出します?』


「ノン!」


「ネバー!」


 黒い水玉柄のルドラ・ナイトが勢い良く首を振った。


『シュン様に連絡が取れませんか?』


「護耳の使えない場所に居るっぽい」


「実はヘルプコールを繰り返している」


 かなり前から、"護耳の神珠"を使って連絡を試みていたのだが、いつまで待っても応答が無いのだ。


『そうですか。シュン様に限って危難に陥るようなことは無いと思いますが・・』


「ボッスに限って、それは無い」


「世界が滅んでもボッスは生きてる」


『ですよね』


 ロシータが笑った。


甲胄人形ドールはかなり減ったけど」


「悪魔があんなに居るとはねぇ」


 一体一体が、ルドラ・ナイトと同等か、それ以上の巨躯を持った怪人、怪獣ばかりだ。


『こうなると作戦も何もありません。ひたすら粘り強く戦い続けるしか無いと思います』


「ふっ・・戦いは数では無いのですよ」


「ふっ・・こちらは一騎当千なのですよ」


『1人1000体では負けてしまいます』


 観測班は、数百万以上だとカウントしている。


「・・一騎当万なのですよ」


「・・とにかく沢山斃すのですよ」


 ユアとユナが、げんなりと疲れた声を漏らす。


『"P号"の残数は218です。すべて射出しましょう』


「やむなし」


「やるべし」


 迷っている場合では無い。


『では、あの大群の中へ放ちますね』


「先手必勝である!」


「じゃんじゃん、発射!」


『了解です』


「よろしい。ロッシ君、決戦を前に、我々の声を皆の者に届けたい」


「皆をはげまさねばならん。ロッシ君、全施設に通話器を繋いでくれたまえ」


『えっ? ずうっと繋がりっぱなしですよ?』


「・・なんですと?」


「・・なんだって?」


『ブラージュとの戦闘中から、ずうっとお声が響き渡っておりました』


「おぅ・・やっちまったぜ」


「おぅ・・誤爆だぜ」


『とても臨場感がありましたので、神殿町では救護班も総出で御2人を応援していたようです』


「・・我々の清楚可憐なイメージが粉々に」


「・・はかなげな美少女を演出していたのに」


 黒い水玉柄のルドラ・ナイトが、しゃがみこんで両手で兜を抱えた。


『そこは諦めて下さい』


「・・きゃぁーー、ロッシが虐める」


「・・いやぁーー、ロッシが冷たい」


『そろそろ、あちらの軍勢が動き始めたようです。大きな矢印のような陣形になっていますね』


「なんだっけ?」


「何とかの陣?」


『・・ジータレイドさんによれば、鋒矢ほうしの陣と言うそうです。あの数で、突撃して来るようですね』


 矢の形になって、突撃をするための陣形らしい。

 圧倒的な数の差があって、わざわざ妙な陣形を整えようとする意図はよく分からないが・・。


「ふっ・・馬鹿め」


「ふっ・・愚かな」


 不敵に言い放ったユアとユナだったが、前方に出現した物を見て口を噤んだ。


『移民船・・先に、空船をぶつけてくるみたいですね』


「"P号"射出! 目標、独楽コマ船!」


「"P号"を独楽コマ船に撃ち込んで!」


 2人が早口に指示を出した。


『了解しました』


「ロッシも出る?」


「"竜の巣"に合流?」


 前線で戦える者を1人でも増やしたい。


『もちろんです。ルドラ・ナイトを与えられている者は全員前線に出ます』


「突撃の正面は、私達がやる」


「ボッスならそうする」


『では・・大まかに持ち場を割り振りましょう。ユア様、ユナ様を中央に右方を"竜の巣"が担当。左方を"狐のお宿"・・天馬騎士達は、持ち場を決めずに自由に動いて貰いましょう。乱戦は避けられませんから』


「いいね」


「いいね」


 ユアとユナが揃って言った。


『迷宮上空のガンマエリアは、引き続き、リール様でよろしいですか?』


「よろしいよ~」


「リールにお任せ~」


『少しばかり休ませて欲しいが・・ここでサボると、主殿に怒られるからのぅ』


 リールの苦笑声が割り込んだ。


『せっかく、2人が真珠色ブラージュを相手に奮闘してくれたのじゃ。わらわもやって見せねば、女がすたるというもの』


「むっ、リール格好いいね?」


「むっ、リール良い事言うね?」


『リール様の仰る通りです。ユア様、ユナ様の頑張りを見て、今更尻込みするような腑抜けた探索者などいません』


「おお、ロッシも・・」


「クロクマ級の名台詞」


 ユアとユナが言った時、派手な衝突光が前方で明滅し、独楽コマのような形をした巨大移民船が高度を下げて地面へと墜落していった。


 腹腔を揺るがす重々しい衝撃音は遅れて聞こえてきた。


『"P号"18本、独楽コマ船の直上から命中・・残200』


「悪魔軍団の中に降らせて!」


「狙わなくても当たる当たる!」


鋒矢ほうしの中央から後方にかけて降らせます』


 ロシータが応じた。


「その心は?」


「なにゆえ?」


鋒矢ほうしの陣を指揮する者は、陣の後方に位置取っているそうです』


「やっちゃって!」


「降らせちゃって!」


『了解です』


 ロシータが答えて、1分と経たない内に、迷宮から"P号"が射出されて上空へと昇って行った。連続して、次々に射出が続く。


 それが合図であるかのように、悪魔の軍勢が突撃を開始した。


 地平の果てまで埋め尽くした夥しい数の悪魔が、大きなうねりとなって大地を揺らして行進して来る。

 空もまた有翼の悪魔達によって多い尽くされ、向こう側の空が見えないほどであった。


『敵軍勢・・外縁防衛線まで60秒です』


「これ、一騎当万でも足りないよね?」


「もうちょいノルマ増やす?」


 押し寄せる悪魔の大群を前に、黒い水玉柄のルドラ・ナイトが真っ正面に立ち塞がって腕組みをしている。


 その間に、シータエリアの外にルドラ・ナイトが続々と現れて隊列を整えていた。

 迷宮上空のガンマエリアに、1000体を超える龍人が現れて壁を作る。かつて、龍神が苗床のようになって龍人を湧かせた時の産物だ。


 "竜の巣""狐のお宿""狩人倶楽部""天馬騎士団"・・マーブル迷宮の精鋭達がずらりと並んで銃器を構える。


『外縁防衛線到達まで15秒・・』


 黒い水玉柄のルドラ・ナイトが宙へ浮かび上がった。

 悪魔の大軍によって地面が揺すられ、まっすぐ立っていられないほどだった。


『"P号"来ます』


「うむ・・」


「うむ・・」


 遙かな上空から落下してくる"P号"が、灼熱の衝撃を伴って次々に降り注いでいく。

 かなりの距離があるはずだったが、荒れ狂う衝撃波で、空中に浮かんだ黒い水玉柄のルドラ・ナイトが圧されて後退させられる。


「少しは減った?」


「焼け石に水?」


 ユアとユナが呆れ声を出す。

 相当な数の悪魔や甲胄人形ドールを粉砕し、灼き払っているのだろうが、悪魔の数が多過ぎて減ったように見えないのだ。


『敵・・外縁防衛線を越えました。後続が途切れません。依然として、異界からの悪魔の流入は続いています。では・・指揮を引き継ぎ、私とジータレイドも前線へ向かいます』


「悪魔・・反則でしょ?」


「悪魔・・頭おかしいでしょ?」


 ユアとユナが呻いた。


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