第292話 乾坤一擲


 女神を斃した。

 しかし、死の国からの声は掛からない。まだ終わりでは無いのだろう。


(なるほど・・)


 シュンの見守る先で、宵闇の女神が灰のように崩れて消えていった。


(体は蘇るのだろう・・予備の体があるということか)


 破損した武具はそのまま残されている。こちらも、本物では無かったのだろう。"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"と同じ工匠の作品のような事を言っていたが脆すぎる。


 シュンは素手だ。

 タクティカルグローブは外している。防具だが、武器にもなるムジェリ製の手袋だ。主神に与えられた"武器"ではないという判断で、シュン自ら外していた。


(楯も殴れば武器になる・・何が良くて何が悪いのか曖昧だな)


 使用を躊躇ためらう装備として、銃器用のアタッチ・フィルタがある。それ単体では攻撃できない物だが・・。


(まずは、レベル95の身体能力を確かめるか)


 強くなったことは分かる。

 ムジェリ達に預けた分を除いても、以前までの倍以上・・。

 レベルアップをする前から、HP・MP・SPの数値がまともに表示されなくなっていたが、今の能力を数値にすると、いったいどうなるのか、確かめてみたい気がする。


(・・この程度なら手に負える)


 加減は難しいが、少し慣らしをやれば、以前と同じように生活できるだろう。


 シュンは、ゆっくりと闘技場内を見回した。


 外周に沿って、微かな気配が揺らぎ、床の上に黒いつぼみが次々に出現して花開いていく。その全てから、宵闇の女神が姿を現した。


 槍を持つ者、弓を持つ者、杖を持つ者・・。装束や甲冑もバラバラだった。


(・・花が好きなのか?)


 シュンは数と位置を把握すると、同数に分身をして全ての女神に襲いかかった。


 直後に、全ての宵闇の女神が頭部を吹き飛ばされて斃れた。


(しかし・・)


 場内を見回す、シュンの瞳が青白い輝きを灯している。


「・・弱い」


 シュンは黒い蕾が生え出る様子を眺めながら呟いた。

 これでは、体の慣らしにならない。


『貴様は・・何者なのだ!』


 叫び声を上げながら、宵闇の女神が斬りかかって来る。

 シュンは、その剣をやり過ごし、女神の顔を鷲掴みすると石床めがけて叩きつけた。


『おのれっ!』


 別の女神が、赤々と燃える大鳥を出現させて放つ。


『死してなお続く呪いを喰らうがよい!』


 離れた場所にいた女神が杖を振って何かの魔法を放った。


 そこに、シュンは居なかった。


 闘技場の上空に瞬間移動するなり、上空いっぱいに分身している。


「水渦弾」


 無数の水弾が闘技場内を掃射していった。

 装備が撃ち抜かれ、武器が砕かれ、宵闇の女神の体が粉々になって散乱する。


(・・もう少し威力を絞れるな)


 シュンは、水渦弾に込める魔力を減らし始めた。

 こんな高威力では、獲物を狩る時に死骸も残さず消滅させてしまう。


(連射の間隔を開けるか? 水弾の回転数を減らし、速度も・・)


 シュンは闘技場内に降りた。

 頭上を無数の烏のような物が擦過して抜ける。


(今度も50体か)


 宵闇の女神は、今のところ最大50体。

 どれが分体で、どれが本体なのかと観察してたが、今のところ差違は見られない。


(均一? そんなことが?)


 本体は何処かに隠れていて、分体ばかりが出現し続けているのだろうか?


 しかし、それに何の意味があるのだろう?


(俺の消耗待ち?)


 シュンは眉根を寄せた。

 それこそ意味が無い。今程度の攻撃であれば、何年でも継続できる。


(均一の分体・・)


 槍を手に突きかかって来た宵闇の女神の首を捻じ折り、並んで斬りつけて来る女神めがけて投げる。

 双剣を手に地面すれすれから斬り込んで来る女神を踏み潰し、別の女神めがけて蹴り跳ばす。


 シュンは黙々と作業のように繰り返していた。



『う~ん、あれって何か狙いがあるの?』


 マーブル主神が死の国の女王に訊ねた。


『あら? 宵闇の事を御存じ無いのですか?』


『え? あら? 何か有名なの?』


 マーブル主神がオグノーズホーンを振り返った。


「呪怨の陣に似通っておりますな」


 オグノーズホーンが戦いの様子を眺めながら答えた。


『呪怨? なんだか、おっかないね』


「己に縁のある者を数多く殺させ、それを恨みとして相手を呪う術ですな。殺される同胞が多ければ多いほど、呪いの力も強くなります」


『さすがは賢者殿ですね』


 是とも非とも言わず、死の国の女王が穏やかな笑みを浮かべた。


『ふむ、呪術の類なのか。そんなのシュン君に効くのかな?』


 マーブル主神が素手で暴れている使徒シュンを見た。


『宵闇のは、大物殺しの呪術ですよ。古来、手に負えぬ神敵が現れた時には、宵闇が決まって使用してきた術です』


 女王が酒杯を軽く回しながら言った。


『ふうん・・でもねぇ』


 マーブル主神は、屠殺場と化した闘技場へ眼を向けた。


「とんだスプラッタ劇場」


「食事が喉を通らない」


 観覧席の最前列に腰を下ろしたユアとユナが、いつもの冷たいチョコレートを頬張りながら文句を言っている。

 先ほどから、死の国の結界を覆うように、2人が魔法の防護壁を張り巡らせていた。


「女王様は、アイスチョコ?」


「それとも、アイスバー? カップ?」


 不意に振り返ったユアとユナが、死の国の女王に訊ねた。


『・・できれば両方とも試してみたいですね』


 女王が2人を見て微笑んだ。


「ピノン・プレミアムとバリバリ君は確定?」


「ホイップ系をどうするべき?」


 ユアとユナが膝に置いた帳面に何やら書き込みながら頭を悩ませている。


『あの娘達も使徒なのですよね?』


 女王がマーブル主神を見る。


『そうだね。他にも、ユキシラって・・ああ、女王に許可をして貰った例の死人ね。それと、リールという悪魔・・の生き残りになっちゃったね。それから・・あれ?』


 マーブル主神がふと何かに気付いた顔で口を噤んだ。


『どうしました?』


『使徒シュンに寄生してる魔物・・元魔物が居るんだけど、あれってどうなるの?』


『どうとは?』


『参戦して良いの?』


『バローサ、何か問題がありますか?』


 女王に問われて、バローサ大将軍が低頭した。


『問題御座いません。カーミュは自重しているようですが・・仮に、カーミュが参戦しても違反にはなりません』


『そういう事のようですよ』


 女王が笑みを浮かべた。


『そうなの? それじゃ、勝負ありだな』


『あら、その・・寄生している魔物というのは?』


『超が付く希少種さ。一度、オグ爺に狩られて死にかけていたんだけどね。使徒君に拾われて生き延びたんだ』


『そのような魔物が・・見てみたいですね』


 死の国の女王が闘技場へ眼を向けた。

 その時、



 ドォォォーーン・・



 重々しい衝撃音が鳴り、シュンが壁際まで吹き飛ばされた。


『さて・・ようやくですね』


 女王が見つめる先で、黒鎧を着た宵闇の女神が細身の長剣と盾を手に、黒々とした闇を噴き上げていた。


『・・シュン君が動かない?』


 マーブル主神が小声で呟いた。


「恨みを纏って神体の力を高めたようです。呪が徹りましたな」


 オグノーズホーンが、床に倒れたシュンを見ながら言った。






=====

2月12日、誤記修正。

マーブルシュン(笑)ー マーブル主神(正

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