第296話 お菓子の糸


『もうね。覚悟は出来ているよ。何でも言ってくれたまえ!』


 マーブル主神が宙に浮かんだまま腕組みをして言い放った。


 すでに死の国の女王以下、バローサ大将軍とデミアが去り、白砂の上の闘技場が消え去っている。

 シュン達は、何も無い荒野の上に立っていた。


「迷宮を創造する許可を下さい」


 シュンは迷い無く言った。


『ふっ・・予想通りだね。もうね。そう来るだろうと思っていたよ』


 マーブル主神がにやりと相好を崩した。


「お許し頂けますか?」


『うむ! 良いだろう! 特別に許可しようではないか! 自由に迷宮を創ってくれたまえ!』


 マーブル主神が尊大に言い放った。


「感謝致します」


 シュンは深々と頭を下げ、すぐに顔を上げた。


「次のお願いなのですが・・」


『・・まだ、あるの?』


「願いは、一つしか駄目なのですか?」


 シュンは、マーブル主神の目を見つめた。


『む・・いや、そんなケチな事は言わないとも。二つや三つの願い事くらい構わないのだけどね? あんまり多いと困るよ? ああ、予め言っておくけど、君が使徒を辞めるという選択肢は無いからね?』


「無論です。私は主神様の使徒として迷宮を創造し、管理をしていくつもりです」


 嘘偽りなく、シュンは主神の使徒として迷宮を管理するつもりだ。


『うむ! ならば良し! さあ、願いを言ってみたまえ!』


 マーブル主神が勢いよく言い放った。


「では、世界のことわりを変える許可を下さい」


 シュンは願いを言った。

 途端、マーブル主神の顔が引き攣った。


『・・へ? いや、それはさすがに・・どうなの? これ以上、何をやる気?』


「一つだけ特別な事項を加えたいのです」


『ん? 一つだけ? 何を追加するの?』


「私が仕留めた相手は、魂を砕かれてしまい死の国へ行った後も労役をする事が出来ないそうです。死鬼兵にすらなれないのだと、女王様から伺いました」


 シュンの天職は"砕魂者"である。シュンに殺された者は霊魂を砕かれて蘇生不能な死骸となる。あまり時間が経っていなければ、マーブル主神の力で復活できる事もあるが・・。


『ふうん・・まあ、そうだろうね。霊魂が砕け散ってるし、生前の記憶も自我も粉々だもんね』


 マーブル主神が頷いた。


「ですが、死の国の尽力により多少ですが散った霊魂を集めて死魂の壺に納めているらしいのです」


 死の国の一行が去る時に幾つか質問をして教えて貰った事だ。

 死鬼兵などは普段、死の国の中を彷徨っている霊魂の欠片を集める作業を行っているらしい。


『面倒なことをやってるんだねぇ・・でも、全部は無理でしょ? そんな事をやったって欠けた魂じゃ、もう生き返らせることは出来ないよ?』


「はい。ですが、石人形ゴレムなどの素体に宿せば、生前ほどでは無いにしても、ある程度の自我を取り戻し、疑似的な命を取り戻せるのだそうです」


『ああ・・でも、あれって短いよ? 偽物の命だし、3年くらいで死の国に戻るでしょ? 救済にはならないんじゃないかな?』


 マーブル主神が首を捻った。


「そう伺いました。ただ、単純な労役を行うことは可能です」


『・・はい?』


 メーブル主神が目を大きく見開いた。


「難しい作業は出来ませんが、単純な労役であれば行わせる事が出来るのです」


 さほど判断の要らない作業であれば任せる事ができるらしい。


『あ、あれ? これって魂の救済の流れじゃないの?』


 マーブル主神が戸惑った顔でシュンを見る。


「世を乱すだけ乱して、死んだら終わりでは勝手が過ぎるというもの。世界のために働かせるべきだと思います」


 シュンは、淡々とした口調で言った。


『ええと・・あぁ・・うん、まあ、そういう考え方もあるよね』


「主神様の世界のことわりに、それを義務づける条項を追加して頂きたいのです」


『お、おう・・』


「宜しいでしょうか?」


『え・・えっと、ちょっと待って。考えさせて』


 マーブル主神が目を閉じ、腕組みをして唸り始めた。


 死者を安らかに永眠させるどころか、叩き起こして労役に就かせるという提案である。


『あっ! でも、そんなの死の国の女王が許さないでしょ?』


 あの女王は定められた秩序ののりを曲げることを嫌う。


「先ほど許可を頂きました。無論、主神様からお許しを頂ければ・・という条件付きです」


 シュンの双眸がマーブル主神を見つめる。


『ううう、相変わらずの・・』


 マーブル主神が仰け反る。


「その上で、私が秩序の枠組みを外れないよう、この・・」


 シュンは、ちらと傍らへ視線を向けた。

 途端、白翼の美少年が姿を現した。


「カーミュが監視として残る事になりました」


『カーミュが全権大使なのです。不正は許さないのです』


 カーミュが楽しげに宣言する。


『はぁぁ・・何というか、本当に君って手際が良いよね』


 マーブル主神が溜め息を吐いた。


「許可して頂けますか?」


『・・はい、もう降参!』


 マーブル主神が苦笑しながら両手を挙げて見せた。


『ただし、あんまり惨い労役は駄目だからね? もう死んじゃったんだから、苦しめるのは、ほどほどだよ?』


「無論です」


 シュンは首肯した。


『よろしい! では、世界のことわりに追記しよう!』


「感謝致します」


 シュンは丁寧にお辞儀をした。


「それとは別に・・死の国と定期的に会議をする場を設けたいと思います」


『死の国? あんな物騒な連中とまだ付き合いたいの? 用も無いのに?』


 物好きだなぁ・・と、マーブル主神が頭を掻く。


「あちらとの交流は有意義です。非常時だけではなく、定期的に交流を続けておくべきだと思います」


『ふうん・・くどいようだけど、君はボクの使徒だからね? そこを忘れないでよ?』


「当然です。私は主神様の使徒を辞めるつもりはありません」


 シュンは頷いた。


『・・なら良いよ。許可します。でも、ボクは出席しないよ? あの女王は苦手なんだ。そりゃあ、特別な用事があれば顔くらい出すけどさ。基本的に出ない方向で頼むよ』


「輪廻の女神様に代理出席をお願いしたいのですが・・如何でしょう?」


『ふむ・・闇ちゃん、どうかな?』


 シュンの提案に、マーブル主神が背後の女神を振り返った。


『闇は、神様の為になる事でしたら何でも致します』


 輪廻の女神が微笑する。


『・・らしいけど、どうなの? ボクの為になる?』


「もちろん、すべて主神様の為になる事です」


 シュンはきっぱりと断言した。


『ようし、良いだろう! その会議には闇ちゃんに出て貰うようにしよう』


「ありがとうございます」


 シュンは礼を言った。


「続きまして・・」


『・・まだあるの?』


 マーブル主神の顔が曇った。


「宵闇の女神が遺した魔王種を管理するための神器一式を私に下げ渡して頂けませんか?」


『ん? どこかで見つけたの? ああ、宵闇の記憶でも辿った? まあ、あんな物、ボクは要らないからいいよ。君にあげよう。自由に使ってくれたまえ』


「ありがとうございます」


 シュンは頭を下げた。


『あっ! そう言えば・・魔神の捕獲を頼んだ件はどうなった?』


「捕らえてあります」


『おお! さすがだね! って、暴れちゃう感じ? こっちの言う事はきかないよね?』


「今は檻に入れてありますから大丈夫です。野に放ちますか?」


『う~ん・・まあ、生きてれば良いんだ。目的は種の保存だからね。一から生み出すのは面倒なんだよ。そのまま閉じ込めて、君が管理しておいて。魔神が飛んでも跳ねても、君なら問題ないでしょ?』


 マーブル主神がひらひらと手を振った。


「畏まりました」


 シュンは静かに頷いた。


『それで・・本題というか、宵闇の呪いの件なんだけど』


 マーブル主神がシュンを見た。


『君の事だから、別の世界と繋がる縁を見つけたんでしょ?』


「はい」


『あっちに行ったりしたら駄目だよ? 向こうの世界を侵すことは禁じます! 明確な規則違反だからね? 許さないよ?』


 先回りをするように、マーブル主神がやや早口に言った。


「もちろんです。私が向こうの世界に行けば、大きな災害をもたらす事になりますから」


 シュンは穏やかな表情で頷いた。


『・・正直、ボクも理屈がよく分かっていない部分があるし・・』


「因縁の糸が繋がっているのだと、死の国の方々が言っていました」


『う~ん、そうなんだろうけど・・因縁の糸にも色々な種類があるみたいでさ。因縁が繋がる時間軸も曖昧だし・・うっかり触ると収拾がつかないことになるんだよ』


「完全な"写し身"として写し取る事なら影響を与えないようですね」


『ちょっ・・なに? もう何かやっちゃったの?』


 マーブル主神が慌てる。


「いいえ。まだ何も・・ただ糸を繋いだだけです」


『・・は?』


「因縁の糸をマリンに辿らせ、向こうに霊糸を繋いで来させました」


『ちょっと、何やってんの! 向こうの世界を滅ぼす気かい?』


 マーブル主神が目を剥いた。


「生き物には干渉しません」


『む・・』


「いくつかの食べ物を写し取るだけです」


 シュンの口元に微かな笑みが浮かぶ。


『・・食べ物?』


 マーブル主神が口を噤み、その視線を巡らせた。少し離れた所で、ユアとユナが白い精霊獣と戯れて遊んでいる。


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