第190話 爆轟

「進行方向に、羽虫型の魔物が群れています」


 観測席にいたユキシラが報告をした。


 同時に、指揮車の画面上に投影され、さらに拡大されて、どうやら元は羽根蟻だったらしい魔物が大きく映し出された。


「どうする?」


 シュンは操縦をしているユアとユナに声をかけた。

 外に出て掃討するのは難しくない。このまま突破が可能なら迷宮を目指すことを優先した方が良いかもしれない。


「・・いや、停止してくれ」


 2人が答える前に、シュンは指示をした。

 なぜとも訊かず、ユアとユナが霊気機関車を急停止させる。


「少し戻れるか?」


「アイアイ」


「ラジャー」


 2人が頷く。


「ユキシラ、地表を見てくれ。かなりの数の人がいる」


「畏まりました」


 ユキシラが、座席前に埋設された双眼鏡らしき物を覗き込んだ。

 シュンも、手元の画面に下の様子を映し、拡大して見ている。


「どうして・・こんな所に?」


 思わず声を漏らしたシュンを、ユアとユナ、リールやロシータまでもが驚きの眼で見た。シュンの、呻くような声音は滅多に聞けない。


「避難民が砦に籠もって戦っているようです。囲んでいるのは、蟻型の魔物・・およそ6千」


 ユキシラが淡々とした声で告げた。


「ボス?」


「ボス?」


 ユアとユナが不安げにシュンを見る。


「ここで待機・・蟻を殲滅し、砦の人間を救出する」


 そう言って、シュンは席を立った。


「私たちも行く」


「ついて行く」


 ユアとユナが大急ぎでシュンの後ろへついてくる。


「この列車は大丈夫か?」


「マーブル炉は、神聖な霊気を循環させる」


「弱っちぃ魔物は近づけない」


 2人が答えた。


「そうか。ロシータ、ここを任せる」


「お任せください」


 ロシータが頷く。


「ユキシラ、リールも来てくれ。蟻を駆除する」


「畏まりました」


「承知じゃ」


 すでにシュンの手にはVSSが握られている。"護耳""護目"共に装着済みだった。


「ボス、こっち」


「ここから降下できる」


 車両に入った時とは別の場所へ、ユアとユナが案内した。

 床に円形の魔方陣が刻印されている円筒形をした半個室のようになっていた。


「ボス、知り合いが見えた?」


「誰か居る?」


 ユアとユナがシュンに訊ねた。


「さすがに顔の判別はできない。ただ、砦に立っていた旗は狩猟旗だ」


 シュンは硬い表情で答えた。


「狩猟旗?」


「狩人の旗?」


 2人が壁にある魔導具に触れた。


「他の狩人に、近くで狩猟をしていることを教える旗だ」


 シュンが答えた直後、床が抜けたような錯覚と共に、半個室に入った"ネームド"全員が空中へ排出されていた。

 見上げると、巨大な車輪や車軸を配した機関車の底が見える。


「汚れているが、エラードの狩猟団が使っていた旗だった」


 背に黒翼を生やしながらシュンは言った。地上に見える山砦まで、7キロほどある。


「魔王種のようじゃ。遠慮は要らぬな」


 リールが手元に光る魔導球を浮かべて微笑する。


「自由にやれ」


 シュンは厳しい双眸を地表へ向けたまま頷いた。


「3000メートルで狙撃を開始します」


 ユキシラが狙撃銃の照準器を覗きながら言った。


「先に降りる」


 シュンはリールとユキシラに声をかけ、一気に急降下を開始した。ユアとユナがMP5SDを手にぴたりと横に並ぶ。


「ボスの故郷?」


「この下?」


「いや・・ここから西へ80キロは離れた場所だ」


 シュンは地表へ目を向けたまま答えた。シュンが育ったジナリドの町は、いわゆる辺境と呼ばれる地域で、大陸の街道の北東側の終点になっている。今は、さらに300キロほど進めば別の国があることが分かっているが、かつてはこの世の果てのような扱いをされていた町だ。まあ、隣の国から見ても、辺境域なのは間違いないだろう。


「多いな」


 シュンは地表を埋め尽くさんばかりの巨蟻の大群を見て顔をしかめた。

 一匹一匹が1メートル近い全長をしている。赤黒い色をした大きな蟻だった。

 山砦の周囲に犇めき、絶壁を這い上がって城壁を越えていく。それを、長槍や斧槍を持った男達が迎え撃って突き落としていた。


 上空で銃声が聞こえ始め、城壁上の蟻が頭部を吹き飛ばされて跳ね転がる。

 ユキシラの狙撃が開始された。


 シュンは山砦の全体構造を頭に入れながら、城壁が崩落している箇所を目指して飛んだ。砦の中で一番危険な状態にある場所だ。


「城壁の外の蟻を撃て」


 ユアとユナに指示をしつつ、シュンは砦に入り込んだ蟻を狙って引き金を絞った。

 さして生命力は強くない。ただ、刺激臭が強く臭う。毒を含んだ酸を出しているのかもしれない。

 シュンは、右に左に蟻を撃ち斃しながら、アルマドラ・ナイトを召喚して、蟻の駆逐を命じた。


「ジェルミー」


 シュンに呼ばれて、ジェルミーが姿を現す。


「建物の内部、地下を巡って侵入した蟻を掃討しろ」


 シュンの指示を受け、女剣士が小さく首肯すると身を翻した。


『妾の下僕を出す。殺さないように気をつけて欲しい』


 リールが"護耳の神珠"を使って連絡をしてきた。


「分かった。ユキシラ?」


『はっ』


「蟻の動きはどうだ? どこかに指揮役が居るか?」


 勝手気ままに動いているわけでは無いだろう。どこかに、群れを操っている存在が居るはずだ。


『捜していますが、見える範囲には存在しないようです』


「範囲を広げて捜索し、仕留めてくれ」


『はっ』


 ユキシラから短く返答があり、上空の銃声は途絶えた。


『ボス、ぬめぬめが出た!』


『ほぼ液体!』


 ユアとユナの緊迫した声が聞こえる。


「リールの魔物だ」


『おぅ・・リールちゃんの?』


『エグいの飼ってるね』


「蟻を攻撃しているのだろう?」


 シュンは訊いた。


『攻撃というか・・』


『包んで溶かしてる』


「よし、外の蟻はリールに任せて、戻って来てくれ」


『アイアイ』


『ラジャー』


 2人の返事を聴きながら、シュンは座り込みながらも槍を構えている男達に、傷薬を浴びせた。さらに足早に移動しながら、負傷者を見つけては薬をかける。


「す、すまん・・助かった」


「あんた王国の?」


 見慣れないシュンの服装、装備を見ながら男達が訊いてくる。


「生き残りを集めてくれ。負傷者の手当をやる。事情説明はその後だ」


 シュンは、血にまみれ、蟻酸で溶けた肌身をさらした男達に向かって言った。


「俺と同じ戦闘服姿をした者は味方だ。魔法の翼で飛行中の者がいるが・・」


 そう言いかけたところへ、ユアとユナが舞い降りてきた。


「とうっ!」


「聖女参上!」


 高らかに声をあげて着地するなり、2人が両手を頭上へ挙げた。


「アリテシア女神に祈る! 聖女ユアに治癒の力を!」


「アリテシア女神に祈る! 聖女ユナに治癒の力を!」


 大きな声で叫ぶなり、呆気にとられて見守る男達の視線の中、ユアとユナが両手を握ってしゃがみ込んだ。すぐに2人の姿が眩い黄金色の輝きに包まれる。


「癒やしのぉ~・・ヒール・デトネーション!」


「癒やしのぉ~・・ヒール・デトネーション!」


 2人が宣言と共に、跳び上がって両手を広げた。



 ドオォォォーーーン・・



 耳朶を打つ轟音が鳴り響き、黄金光が山砦を呑み込んだ。"護目の神鏡"を装着していない者は視界を失ってしまっただろう。凄まじい神聖光の奔流だった。






=====

11月4日、誤記修正。

視線を中(誤)ー 視線の中(正)

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