第191話 ジナリド
山砦に立て籠もっていたのは、砦から見て北東に位置する町や村の住人達だった。
シュンが見た狩猟旗は、かなり前からあった物らしい。
" 砦に残るか、アリテシア教に入信するか?"
疲弊しきった老若男女に酷薄な選択肢を投げかけ、決めかねている男女をそのまま放置、山砦の監視をロシータ率いる"ケットシー"に任せて、"ネームド"は霊気機関車U3号でシュンの故郷であるジナリドへ向かった。
砦で助けた男女の中には、狩猟旗について知っている者が居なかった。別の誰かが狩猟旗を山砦に持ち込み、そのまま置いていったということになる。
「河を使ったのか」
シュンは、霊気機関車の指揮車で画面を見ながら呟いた。砦を出発してから2分後、機関車はジナリドの近くまで来ていた。
もう河水は乾いたようだが、森から草原にかけて木々をなぎ倒すほどの水流が奔り抜けた痕跡が残っていた。数十年に一度の間隔で起こる魔物の大発生に備え、ジナリドを護るために水門を設けて貯水してあったのだ。
水門を破壊することで、普段は軽く跳べば渡れるほどの小川が瞬間的に氾濫を起こす仕掛けだ。
「ボス?」
「ここ?」
ユアとユナがシュンの顔を不安そうに見ている。
魔王種なのだろう。
体長が5メートルほどの蜘蛛、2メートルほどの蜘蛛、50センチほどの蜘蛛が、ジナリドの町があった辺りに居座り、周辺には以前に見かけたヤスデのような虫も散在しているようだった。
「降りて確かめようと思う。付き合ってくれ」
シュンは"ネームド"の面々に声をかけた。
「ガッテン」
「ショウチ」
ユアとユナが勇躍してMP5SDを手に立ち上がる。
「承知しました」
ユキシラが頷く横で、
「虫けらめが・・駆逐してやろうぞ」
リールが画面に映った蜘蛛を睨みながら殺意を滾らせている。
地上から1キロの高さに霊気機関車を停車し、シュンは、VSSを手に厳しい表情で円筒形の半個室へ移動した。全員が入ったところで魔法陣を起動する。
まずは、アンナの作業場を目指し、それから協会の建屋だろう。派手に掃討をする前に、何らかの痕跡を探しておきたい。
「敵わないと判断すれば、町に拘らずに逃げたはずだ。数で押し切られるまで立て籠もることはしない」
エラードにしろ、アンナにしろ、土地や住居に固執して命を落とすような人間では無い。唯一の懸念は、町の人間を逃がすために何らかの危険を冒す可能性だが・・。
「面倒でも、できるだけ個別に仕留めていってくれ」
降下をしながら、ユキシラとリールには冒険者協会の建物を中心に掃討を指示する。
「ユアとユナは、俺とアンナの家に」
「・・アイアイ」
「・・ラジャー」
急降下をするシュンに寄り添うように並びながら、2人が小さく頷いた。
「町の住人は年寄りが多い。若い人間は、別の町から協会に仕事を受けに来た冒険者だけだった。魔王種に襲われた時にどの程度の戦力が集められたのか・・」
視界に入る大蜘蛛を片っ端から射殺しながら、シュンは半壊したアンナの鍛冶屋前に降り立った。
崩れた壁から中を覗き、アンナの作業場へ踏み入る。
懐かしい風呂桶に一瞬視線を留め、すぐに導具棚、炉、水場を見回しながら、奥へと入って行った。後ろをユアとユナが無言でついて来る。
鍵のついた頑丈な箪笥を開いて確かめ、無事な衣類や金箱を収納する。棚に掛かっている鍛冶導具、作業着もポイポイ・ステッキで収納した。
「慌てた様子は無い。大金槌と厚革の防護服を持ち出している」
後ろの2人に聞かせるように呟きながら、シュンは床や壁、天井を調べ、奥の便所まで見て回った。
ここでは襲われていない。
「徒歩で協会に向かってみよう」
シュンはユアとユナに声をかけて外へ出た。
隣の家の屋根に居た大蜘蛛をVSSで撃ち殺し、道に沿って視線を巡らせる。
「ジェルミー、町中の魔王種を片付けてくれ」
声をかけると、刀を腰に吊り下げた女剣士が姿を現し、身を翻して家々の間へ駆けていった。
「これは、
蜘蛛の食い残しだろうか。
「魔王種の前に、別の魔物の大群に襲われたらしい」
通りの左右にある家や店を覗きながら、シュンは冒険者協会へ向かった。
冒険者協会は、元が丈夫な造りの建物だっただけに、屋根の一部が崩れ落ちただけで残っていた。
「骨がいくつかあったが、どんな生き物の骨か判別が難しいな」
リールが玄関で待っていた。大扉が破られた様子を見て、シュンは眉根を寄せた。開け放っていたなら、わざわざ扉を破る魔物はいない。閉めて中に立て籠もった者が居たのだ。
「ユキシラは?」
「外周を見て回っておる」
リールが扉を開けて中へ招き入れた。
「・・これは
シュンは散乱した骨を確かめながら、冒険者協会の受付の奥にある小部屋を見た。
「人の骨だ」
4人か、5人・・砕けて混じっているが、人骨が散乱していた。
錆びた長剣、弦の切れた弓、弩・・。短剣もある。防具は、小型の胸当てや鎖帷子だったが、どれも酷く破損していた。
「骨ごと噛み砕いたやつがいるな」
シュンは小部屋を出ながら床板の擦り傷、裂け目に挟まっている獣毛などを確かめ、さらに協会の建物内を調べて回った。
「ここは、冒険者向けの食堂だった場所だ」
シュンは椅子や机が散乱した広間を見た。ここにも人骨がいくつかあった。酷かったのは厨房だ。追い詰められて逃げ込んだのか、狭い厨房の中に20人近い人間の骨や歯が山積していた。
「武器や防具を持った人間ばかりだ」
厨房の料理人では無さそうだった。
変わり果てた冒険者協会を調べてから、シュンは外へ出た。
「何か分かったかの?」
リールが虫を探して視線を左右しながら訊いた。
「魔物が来る前に町を捨てたようだ。ここで死んでいる人間は後から住み着いた連中らしい」
シュンは周囲の地形を思い出しながら山がある方向を見つめた。シュンが狩場にしていた山だ。
「魔王種の駆除をしながら、あの山へ向かってみよう」
「歩きかのぅ?」
リールが訊ねる。
「歩きだ。飛ぶと虫を見落とす。ユキシラ、ジェルミー、集合してくれ」
"護耳の神珠"で呼び掛けながら、シュンはVSSを建物の壁際に向けて引き金を絞った。
何も居なかったはずの壁で、赤黒い体液が飛び散り、大きな平たい蜘蛛が転がり落ちた。
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11月3日、誤記修正。
感覚(誤)ー 間隔(正)
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