第189話 霊気機関車、発車オーライ!


 ユアとユナの案内で、シュン達は霊気機関車の後ろに接続された指揮車へと入った。ケイナとスコットは、先頭の機関車に乗り込む。


 薄暗く照明を落とした指揮車の中で、ロシータが"ケットシー"のメンバーを連れて待っていた。


「ボスはここ」


「ここがボスの席」


 ユアとユナがぐいぐいとシュンの手を引っ張って指揮室後方にある一段高くなった席に案内する。


「変わった質感の椅子だな」


 肘掛けのついた革張りの椅子に腰を下ろすと、ユアとユナに言われるまま、四角いあぶみのような足置きに足を置く。左右の肘掛けには、半球状のガラス球が埋め込まれていた。


「右の魔導球はムーちゃん特製の操作珠。ここの画面に外の景色を映したり、地形図なんかも表示できる」


 ユアがシュンの座席の右斜め前にあるガラス板を指さした。


「左の魔導球は、車内放送用。車外への拡声器にも繋がる」


 ユナが左の肘掛けのガラス球を指さした。


「・・この足置きは? 少し動くようだが」


 シュンはあぶみ状の足置きを見た。


「踏ん張る! 乗り心地は決して良くない」


「急に止まったりすると投げ出される」


 ユアとユナが笑みを浮かべた。


「・・そうか」


 シュンはやや硬めの座面に座り直し、両手を肘掛けの先端にある魔導球へ置いてみた。


 ユアとユナが、シュンの座席のすぐ前にある床に開いた窪みのような座席に足先から滑り込んだ。船の舵輪のような物がそれぞれ2人の前にある。


「機関部から霊気導通。霊気機関1番から12番火入れ完了。異常なし」


 中央のユアとユナから見て右手側に座っているサヤリが静かな声で告げた。


「全車両の接続が完了した。各車両の予備機関、異常なし。全魔導装置、異常なし」


 リールが眼の前の画面を見ながら報告する。

 どうやら、シュンを除く全員が訓練を受けているらしく、戸惑う様子を見せずに座席の前にある魔導球に触れ、各自が担当する画面を見ていた。


「メインモニター起動」


 ユアの指示に、


「メインモニター起動」


 リールが応じた。すると、部屋の前面から側面、上方にかけて、壁が消えたかのように変化して、外の様子が映し出された。


「霊光軌道路オープン。栄光の架け橋伸ばせ~」


 ユナが指示すると、


「迷宮隧道トンネル開きます。グローリー軌道延伸開始」


 サヤリの声が響き、部屋の正面に見えている薄暗い地下空洞に、大きな光の輪が出現し、黒々とした渦が巻いた空間が現れた。


「あれは・・」


 シュンは黒々とした渦に眼を凝らした。

 迷宮の壁などを破壊した時に現れる黒々とした空間だ。


「マーブル神に装置を創ってもらった」


「迷宮から直接空へ出ることができる」


 ユアとユナがシュンを振り返って言った。


「つまり、あれに入るのか」


 シュンは得体の知れない黒々とした空間を見つめた。


「大丈夫~」


「大丈夫~」


 2人は自信ありげに笑顔を見せた。


『大丈夫なのです。霊気で護られているのです』


 白翼の美少年が現れた。


「霊気で護れば、あれを抜けられる?」


『迷宮領域を抜ける時間は大丈夫なのです』


「分かった」


 シュンは素直に頷いた。カーミュがこれだけ言うのだ。ユアとユナの思い付きという事ではないのだろう。


「ボッス~?」


「ビリ~ブミ~?」


「今、信じたところだ」


 シュンは振り返った2人を見ながら苦笑した。


「・・ところで、軌道というのか? 上に向かっているようだが問題無いのか?」


 延伸した光る軌道は、正面にある黒々とした空間ではなく、斜め上方へと反り上がっているように見える。


「いぇ~す」


「栄光の架け橋でぇ~す」


 ユアとユナがにんまりと笑みをこぼした。

 何のことだか分からないが、2人の様子からして異常なことでは無いようだ。

 シュンは無言で頷いて座席の背もたれに背を預けた。


「ロッシ、車内放送」


「ロッシ、美声を響かせる」


「・・お客様はいませんよ?」


 壁際の座席に座っているロシータが2人を見た。


「雰囲気~」


「ノリと勢い~」


 2人に言われてロシータが小さく頷いた。

 ロシータが、座席脇の壁から四角い小箱を取り出して口元へ寄せた。


『この霊気機関車は、U3号辺境行きです。まもなく発車致します。お見送りの方は車外へお戻り下さい』


 ロシータの声が車内に響く。



 リンゴ~ン、リンゴ~ン、リンゴ~ン・・



 何処からともなく鐘の音が聞こえてきた。


『全車、外壁扉封鎖。機関室、防護扉の閉鎖を目視確認して下さい。乗務員は着席の上、衝撃に備えて下さい』


 ロシータがユアとユナを見て頷いた。


「全車、封鎖確認。安全扉は正常に機能しています」


「おっけぇ~」


「行っくよぉ~」


 2人が前を向き、眼の前の舵輪を握った。


「巻き上げ機、牽引開始ぃ~」


「巻き上げ機、牽引開始ぃ~」


 ユアとユナの声が響き、軽い振動に室内が揺れた。すぐに、じわりじわりと画面に映った景色が動き始める。


「ずいぶんと長いな」


 シュンは、前方画面に映る景色を見ながら呟いた。

 光る軌道が徐々に角度を増しながら上方へ向かって伸びている。どんどん急勾配になり、指揮車がほぼ真上を向いて、シュンは背もたれに体を預けたまま、空を見上げるような姿勢になっていた。


 前方画面に映っているのは、薄暗い地下空洞の闇と光る4本の軌道のみ。


 どこまで昇っていくのか・・。

 重たいはずの車両が驚くほど静かに軌道上を移動していた。


「てっぺん見えた~」


「巻き上げ停止~」


 2人の指示に、サヤリが手元で何やら操作する。

 上へ上へと伸びていた光る軌道が、すぐ前方で無くなっているように見え、シュンは操舵輪を握っている2人へ眼を向けた。

 異常では無いらしい。


「さあ、行きますよぉ~」


「てっぺん超えますよぉ~」


 2人が、うきうきと楽しげに騒いでいる。


「・・なるほど」


 どうやら次は落ちるらしい。

 シュンはちらと、自分の足元へ眼を向けた。あぶみのような足置きは、この落下時に体を支えるためなのだろう。


「オ~バ~ザァ~・・」


「トォッーーーープ!」


 ユアとユナがはしゃいだ声をあげると同時に、光軌道の天辺を乗り越えた霊気機関車が降下を開始した。

 腹腔を抉るような落下感が襲い、座席に体が押しつけられる。巨大な霊気機関車が凄まじい速度で光軌道を急降下して行く。


 ゆっくりとした昇りから一転、垂直に降下しているのではないかと思うほどの急降下で、光軌道上を駆け抜ける霊気機関車が、高速を維持したまま徐々に水平方向へと向きを変え、今度は斜め上方へ向かって駆け抜けて行く。

 正面に見えてきたのは、光る輪に囲まれた黒々とした空間だ。


「やふぅぅぅーーー」


「やはぁぁぁーーー」


 ご満悦のユアとユナが満足げに溜め息をつきながら操舵輪を握り締めた。


「フルスロットル!」


「フルパワーー」


 2人が声をあげると同時に、霊気機関車が黒々とした空間に突入した・・と思ったのも束の間、一瞬にして視界が晴れ、指揮車の画面全体が青々とした空に変わっていた。


 途端、



 ポォォォォォォーーーー・・



 ポォォォォォォーーーー・・



 ポォォォォォォーーーー・・



 のんびりとした大きな音が3度鳴り響いた。


「わははは・・」


「あははは・・」


 ユアとユナが隣同士で手を叩き合って喜んでいる。


「・・落ちて地面を走るのか?」


 シュンは2人に声をかけた。空には光る軌道が無いようだ。飛び出した場所はシータエリアのさらに先のようだったが・・。落下を始めたようだった。


「ノン! 華麗に疾走!」


「天馬も驚く快速列車!」


 2人がそれぞれ座席の肘掛けにあった把手らしき物を握って一気に前に押し倒した。


「マーブル・ワン、点火っ!」


「マーブル・ツゥ、点火っ!」


 2人の掛け声と共に、ぴたりと落下が停止し、滑るように水平方向への移動を開始した。


「ボッス、どこへ行く?」


「超高速を試したい」


 ユアとユナが操舵輪を握ったままシュンを振り返った。


「これが・・大陸図か」


 シュンは手元にある画面に目を向けた。


「北東にある迷宮を目指そう。距離は500キロほどだが・・行けるか?」


「U3号の巡航速度は、時速800キロでござる」


「1時間もかからないでござる」


「この大きさで、それは凄いな。やってくれ」


 シュンは素直に驚きながら指示をした。


「アイアイ」


「ラジャー」


 2人が笑顔で敬礼した。




=====

12月25日、誤記修正。

全面(誤)ー 前面(正)

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