第188話 U3号


 迷宮1階に町がある。"開拓者の町"という名称だ。

 今となっては懐かしい場所だった。


 エスクードと同様、開放感のある町だ。

 もちろん実際のものでは無いのだろうが、見上げれば空があり、昼間は太陽が輝き、陽が沈んで夜になる。まるで迷宮の外に居るかのような錯覚すら覚える空間だ。


 町の通りに沿って店が並んでいる光景も変わっていない。

 店をやり、宿を営んでいるのは、マーブル神によって役割を与えられた者達だ。

 初めて防具類を購入した店など眺めながら通りを進んで行くと、行く手に見覚えの無い物が見えてきた。

 それは、大きな噴水だった。

 町を抜けた先に、かつては無かった薔薇園があり、そこに綺麗な池があって高く低く水を噴き上げていた。


「ボス、怒らないで欲しい」


「ボス、ちょっと趣味に走った」


 案内をしているユアとユナがシュンを振り返る。


「おまえ達に任せたから、怒りはしないが・・何だ?」


 シュンは不安を覚えつつ、賑やかに噴水が立ち上る水面を見回した。少し離れた場所に、騎士の詰め所のような小屋がある他は、これといって何も無いようだった。


「ケイナ!」


 ユアとユナが小屋に向かって手を振った。

 ややあって、戸が開いて、ケイナとスコットが外に出てきた。どちらも作業服のような白っぽい綿地の衣服を着ている。


「すべての装置に神聖術が必要」


「だから、ケイナ」


 ユアとユナが言った。


「装置?」


 シュンは視線を巡らせた。そもそも、どこにどんな装置があるのかが分からない。


「整備班長のケイナ。整備技師のスコットです」


「ディーンも整備技師、ジニーはケイナの補佐」


 ユアとユナが説明をしつつ、ケイナから金属の箱を受け取った。横に並んだスコットが背筋を正して2人に向かって敬礼をする。ディーンとジニーの姿は無い。


「1番線から6番線まで接続完了しました!」


 スコットの張りのある声が響いた。


「特務機関ペルソナ号、ネスト号も準備が整っております!」


「今回は、教祖様による御視察ですよ~」


「機関U3号を使いますよ~」


 ユアとユナが意味不明の名称を並べる。


「承知しました!」


 スコットが再び敬礼をして踵を返すと、小屋に向かって駆け去って行った。


「・・何があった?」


 シュンはケイナの顔を見た。

 スコットを見たのは久しぶりだが、いくらなんでも態度が変わりすぎている。リールも目を見張っていた。


「まあ・・色々あって、少し良くなったでしょ?」


 ケイナが苦笑しつつ小屋の方を振り返った。


「私達、何というか・・付き合うことになったの」


「付き合う?」


 シュンが首を傾げる。何を付き合うというのか?


「えっとね・・ほら、あれよ。男と女の付き合いね。買い物とか散歩とかじゃないわよ?」


 ケイナが少し顔を赤くしながら補足する。


「・・スコットと?」


「そう、スコットと」


 ケイナが照れくさそうに頷いた。


「知らなかったな・・知ってたか?」


 シュンは素直に驚きながら、ユアとユナを見た。


「ミリアム師から教えてもらった」


「この前の盗撮事件の後からみたい」


「ちょっと、ユナちゃん!」


 ケイナが慌てた様子でユナの口を押さえる。


「盗撮?」


 シュンはケイナを見た。


「ボスは大丈夫~」


「むしろ言っておくべき~」


 ユアとユナがケイナの背を軽く叩く。


「・・ごめんなさい。報告してなかったんだけど」


 ケイナが不安そうに声を潜めながらシュンに"盗撮事件"について説明した。

 要するに、スコットが天馬ペガサス騎士達の宿舎に室内を覗き見る魔導具を密かに設置していたらしく、それが女騎士達に発覚してちょっとした騒動が起きたらしい。


「ジータレイドは赦したのか?」


 よく斬り殺されなかったものだ。


「なんとか謝罪して、命だけは・・ゆるしてもらったわ。ユアちゃん、ユナちゃんにも助けてもらったの」


 ケイナがうつむきがちに言った。

 スコットと一緒に懸命に謝罪をしたがゆるしてもらえず逃れようが無い状況に追い込まれていたところに、ミリアムから連絡を受けたユアとユナがやって来て解決したらしい。


「・・解決?」


 シュンは2人を見た。


「一発だけ、全力で殴る権利」


「裸を見られたくらいで人殺しはダメ」


 ユアとユナが胸を張る。

 剣を振り回しそうな女騎士達を説得し、武器を使わずにスコットを一発殴って清算・・で、納得させたそうだ。


「なお、口で罵ることについては無制限」


「まず罵る。それから殴る」


 そういう取り決めの元、制裁が行われたそうだ。頭に血が上って暴走気味だった女騎士達も、3人目の女騎士がスコットを殴ったところで気勢が殺がれ、それ以上は何もしなかったそうだ。


「知らなかったな。そういう事があったのか」


 シュンはため息をついた。


「その後が大変だった」


「ロッシとアオイがレギオンを騒動員して全施設を検査した」


「まあ・・そうだろうな」


 シュンは思わず苦笑を漏らした。

 あの2人のことだ。それこそ、くまなく念入りに調べて回っただろう。


「・・で、付き合ったというのは?」


 シュンは話を戻した。


「えっとね、その・・結構何度も似たような事があって、それで何度も一緒に謝罪をして回っている内に、なんだか・・もう放っておけない感じになっちゃって」


 ケイナが赤い顔で呟く。

 スコットの方も自分のために必死に謝ってくれるケイナに惹かれていき・・。


「スコットの方から言ってくれたのよ? 心を入れ替えて頑張るって・・だから、近くで見ていてくれって」


「うひゃぁ~」


「あちあち・・」


 ユアとユナが、両手で顔を煽いで走り回る。


「つまり、2人は結婚したのか?」


「まっ、まだよ! その・・約束だけなの!」


 ケイナが小屋の方を振り返りながら慌てた声で言う。


「婚約か。それは・・おめでとう」


 シュンは、発火しそうな顔色のケイナをまじまじと見た。


「・・呆れてる?」


 ケイナが上目遣いに見る。


「いや、感心した。よく、あのスコットを更生させたな」


 シュンは小屋の方を見た。ちょうど、戸口からスコットが出てきたところだ。


「そろそろ、例の刑を解いてやっても良いかのぅ? 悲哀の感情は十分に味わったゆえ」


 後ろで聴いていたリールが笑みを浮かべながらシュンに訊いた。


「例の刑・・ああ、それはそうだな。呪を解いてやってくれ。再生は・・まあ、ケイナに任せようか」


 シュンは頷いた。


「U3号準備整いました! 編成はいかがしましょうか?」


 駆け戻って来たスコットが敬礼をした。


「指揮車1、食堂車1、客車3、最後尾を貨物車とします」


「荷物の搬入は終わっていますか?」


 ユアとユナがスコットを見た。


「全て完了しています!」


「よろしい」


「ではでは・・」


 2人が金属の箱を開いた。中に赤い円形の魔法陣が描かれている。


「ゲートオープン!」


「ポチッとな!」


 ユアとユナが円形の魔法陣を指で押した。

 神聖光が淡く立ち上ったのが見えた直後、地鳴りのような音が聞こえて、いきなり噴水池の中央部から大きな石柱が突き出してきた。

 半透明の水晶のような質感の石柱だった。


「転移門か?」


 シュンは石柱の表面に眼を凝らした。微細な模様が彫られているようだった。


「いざ!」


「いざ!」


 ユアとユナが池の縁から石碑に向かって跳ぶ。

 石柱に触れるか触れないかの場所で、2人が転移光に包まれて消えて行った。


「なるほど・・」


 シュンも同じように跳んだ。

 転移は一瞬だ。

 硬い床を足下に感じた所で、先に跳んだユアとユナが待っていた。すぐに、リールとサヤリ、ケイナとスコットが転移をして現れる。


「ここは・・?」


 シュンは初めて見る巨大な施設に眼を見張った。

 どこかの地下らしい広大な空洞に箱状の大きな建物が3つ並んで建っている。それぞれの建物には黒く縁取られた大扉があり、それぞれに「U」「P」「N」と飾り文字が描かれていた。


「軌条、起動っ!」


 スコットの声が響いた。建物の正面に、4本の光る棒が平行に出現した。


「転車台、回転します!」


 今度は、光る棒の浮かんだ床がゆっくりと回転を始め、"U"と描かれた大扉に向けて直線になる位置で停止した。


「U番車庫、軌条接続っ!」


 スコットの声と共に、光る4本の棒が延伸して大扉の中へと入っていった。


聖水霧ホーリーミスト、散布! U庫ゲートオープン!」


 気合いの入った声が響き、"U"と描かれた扉が左右に割れて開いていった。同時に、噴霧されているらしい聖水が噴き出してくる。


「霊気機関車U3号、転車台へ移動!」


 号令に合わせて、4本の光る棒の上を巨大な金属の車輪を回転させながら、流線型の筒先をした双胴の船のような形をした物が出て来た。

 鏡面のように磨き上げられた黒光りする外壁が天井から当てられた照明を反射して輝いている。


「ご覧下さい! 全長90メートル、全幅25メートル、全高10メートルの双胴機関車を!」


「ムジェリ製の霊気機関に、マーブル炉を融合した我らがU3号の勇姿を!」


 ユアとユナがシュンを振り返って、笑顔で両手を拡げて見せた。


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