第160話 主神が主審?


 広大な迷路とアルダナの天馬ペガサス騎士による索敵、リールによる結界、羽根妖精ピクシーの見廻り・・。

 あれだけ賑やかに起こっていた外部からの攻撃や侵入がピタリと止んで静かな日々が続いていた。


 神殿町も順調に整備が進み、実際にアルダナの騎士達に生活をしてもらったことで、細かな修正を行うことが出来た。街中での規則や、設備についても同様で、ロシータやアオイが、アルダナの騎士達の日常生活を通して、不具合の発見、規則の修正を行っていた。


 そろそろ神殿が完成しようかという頃、外からの客が迷路の外に到着したと報告が入った。


 アルダナの騎士によれば、千名ほどの男女が馬や馬車に乗って到着し、怖々と迷路に挑戦してみたものの早々に退散し、外で野宿をしながら、何度か迷路に向かって叫んでいるらしい。


「声を枯らしていて聴き取りにくいのですが、どうやら救いを求めているようです」


 アルダナの女騎士が上空から見回っている間も、拝んだり祈ったりしながら座り込んでいるそうだ。


「迷宮の魔物を恐れて逃げるのが普通だろう? わざわざ迷宮を目指して来るのはおかしいな」


 シュンは創作で出現したお菓子の山を脇へ退かしながら言った。


「拝領~」


「伏して頂く~」


 横からユナとユアがポイポイ・ステッキを伸ばした。飾り箱に入った品から、冷気の揺らぐ物までお菓子が大量に出現していた。ロシータとアオイの視線が注がれる中、ポテチとポップコーン、酸っぱ昆布を残してお菓子の山が消え去る。


「そうですね。どこかの国が滅んだとしても、千人もの人間が纏まって移動してくるのは不自然ですね」


 アオイが壁に貼られた地図を見る。迷路の入口は東北側と南西側の計2箇所だ。


「その集団は、迷路の入口がある場所へ、真っ直ぐに移動して来たのですか?」


「はい。10キロほど先から見ていましたが、ほぼ迷い無く迷路口まで進んで来ました」


 女騎士が頷いた。


「ただの避難民ではないですね」


 ロシータとアオイが視線を交わして頷き合った。


「困窮している様子でしたが・・確かに、状況からすると違和感を覚えますね」


 女騎士が首を傾げた。


「会って話を聞こう」


 不意にシュンが言った。


「えっ!?」


 ロシータとアオイが驚愕に眼を見開き、


「ボス?」


「お腹痛い?」


 ユア、ユナが大急ぎで駆け寄って、左右からシュンの顔を見上げる。


「このところ、薬作りばかりで飽きた。アルマドラ・ナイトで出て、少し操練をしてみる」


「健康そのものだった」


「とても健全です」


 2人が安堵する。


「ユキシラ、顔を見てどこの国の人間か判別できるか?」


 シュンは背後に侍している麗人を振り返った。


「残念ながら、私の見識は、幼少の頃のまま止まっております」


 ユキシラが首を振る。


「ユア、ユナ、真偽を確かめる魔法は覚えたか?」


「"審理の聖眼"習得しました」


「ロッシに習いました」


 2人が両腰に手を当てて胸を張った。レベル40で習得可能になる真偽を見抜く術である。


「よし、外の連中に会ってみよう。アレク達はどこに居る?」


「今日の当番で、ミスリル獲りをしているはずです」


 ロシータが答えた。すでに必要な聖銀ミスリルは備蓄できているのだが、今後の拡張分を含めて備蓄量を増やそうとしている。"竜の巣"と"狐のお宿"の1番隊と2番隊が交替で討伐を行っていた。


「アルダナの・・名前は何と言ったかな?」


 シュンは女騎士を見た。群青色をした髪に、碧い瞳をした20歳前後の容姿をしている。ジータレイド前公主付きの騎士の1人だった。


「トリナス・カーノイと申します」


「迷宮では家名を呼ばない」


「トリナスとお呼び下さい」


「では、トリナス。ジータレイドに、アルダナ公国の捜索をするように伝えて欲しい」


「・・宜しいのですか?」


「おまえ達だけが、こちらに紛れ込んだとは考えにくい。離れた場所に、他の人間・・町の住人などが放り出されている可能性がある。迷宮を起点に周辺を捜索してみてくれ」


「感謝致します!」


 女騎士が深々と低頭し、足早に部屋から飛び出して行った。


「アオイ、アルダナの騎士達はどうだ?」


「こちらの要請に応じて、そつなく対応してくれています。反抗的な態度は感じられません」


 アオイが率いる"1番隊"は、アルダナ公国の天馬ペガサス騎士団をそれとなく見張っている。


「迷宮へ入ろうとする者はいませんし、神殿や学園には近付かないようにしているようです」


「ジータレイドという前公主の指示を全員が守っているのか」


「万一、内乱を画策したとしても、"1番隊"と"ケットシー"で十分に抑え込めます。必要であれば、"2番隊"やアレクさん達"竜の巣"が駆けつけますから」


「そうだな。何かあるとすれば、こちらの知識に無い魔導具を隠し持っていた場合だろうが・・言葉に嘘は無かったんだろう?」


 シュンはユアとユナを見た。

 この2人には最初から"審理の聖眼"を使うように指示してあった。ユアとユナは、女騎士に報告を受ける前から"審理の聖眼"を使用し続けていた。ごく親しい者なら、ユアとユナの瞳が少しだけ青みがかかっている事に気がついただろう。


「嘘偽り無し」


「感謝の気持ちも真実」


 ユアとユナが言った。


「そうか。騎士団長達を殺された恨みは忘れていないと思うが・・まあ、しばらくは故郷探しをしていてもらおう」


 シュンは壁の地図を見た。

 迷宮を中心に、旧3大国の国境が描かれ、その先には幾つかの中堅国家がある。さらに離れれば、もっと色々な国があるのだろう。


「他にも別の世界から迷い込んだ人間が居るのかもしれない」


「迷宮都市にあった外と迷宮を繋いでいた掲示板は、基礎石ごと持ち去られておりました。"ケットシー"の子達が取り引き用の掲示板を監視しておりますが、今のところ掲示板を通じた外部からの接触は無さそうですね」


 ロシータが報告した。"ケットシー"のメンバーが、迷宮各所の全掲示板を巡回しているらしい。


「あの掲示板、迷宮から離れていても機能するのか?」


 シュンは首を傾げた。神様が設置した物を、人間の都合で別の場所へ移設しても機能しないと思うが・・。


「"ケットシー"が把握している限り、外部との取り引きは休止状態です。ただ、探索者が迷宮の品を直接持ち出して対面取り引きを行っている可能性はあります」



「なるほど・・」


 シュンは頷いた。取り引き自体は神様が認めていたから規則違反では無い。ただ、それなら掲示板を持ち去る必要は無いはずだが・・。


『主殿、何かおかしい!』


 いきなり、リールの声が聞こえてきた。"護耳の神珠"を通してリールの緊張が伝わる。


「何事だ?」


 シュンが呟く声音を聴いて、ユア、ユナ、ユキシラが戦闘服に換装した。それを見て、ロシータとアオイが緊張の面持ちでシュンを見つめる。


『外じゃ・・いや、これが神というやつか?』


 リールが怯えを含んだ声で呻いている。


「神・・?」


 シュンは周囲を見回した。いつもの白い空間では無い。まだ何の異変も起きていないようだった。


『・・来る』


 リールが呟いた。

 途端、周囲が黄金色の輝きに包まれた。


「ユア、ユナ!」


 シュンは咄嗟に、ユアとユナを抱き寄せて異変に備えた。




・・聞け・・矮小なる生きとし生けるものよ・・神々の争乱は醜悪なり・・我は神々の争乱を裁定する・・




 声というより、何かの強烈な意思をぶつけられるような衝撃が頭を揺する。




・・醜き神々よ・・三界から使徒を選べ!・・使徒に競わせよ! 争わせよ!・・神々が互いに相打つことを禁ずる!・・




 ビリビリと振動すら感じる意思の嵐の中、


『あぁ~あ・・始まっちゃったねぇ〜』


 のんびりとした声と共に、少年の姿をした神様が姿を現した。

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