第217話 蜂の巣


 異界の神がこちらの世界に拠点を築いているという。

 ユアとユナが、その拠点を叩く作戦を立てた。"蜂の巣"作戦である。

 やる事は単純極まりない。

 "蜂の巣"を探して、"蜂の巣"を打ち壊し、蜂が追いつけない速度で逃げる。子供のイタズラのような作戦だ。

 もっとも、この"蜂の巣"は、異界の神の拠点。

 蜂は、未だ見ぬ異界の何か・・。

 相手の強さを調べるための作戦だ。


 待っていても、どうせ向こうから攻めて来る。異界神については、マーブル主神の方でも調査をしてくれるそうだが・・。


「なので、先手必勝!」


「問答無用で、押し込む!」


 ユアとユナが拳を突き上げて声をあげた。

 2人の演説を聴いているのは、アレク、ロシータ、アオイ、タチヒコ、ミリアム、ジニー、ディーン・・そして、サヤリである。

 シュンとリールは不在だった。


「あの・・ユアちゃん、ユナちゃん?」


 ミリアムが、鼻息の荒い2人に声を掛けた。


「何かね? ミリアム師?」


「おやつかね? ミリアム師?」


「ボスさんは何処に?」


 ミリアムが、その場の全員を代表して質問をした。


「おぅ・・直球」


「真ん中きたね?」


 ユアとユナが、指揮棒で壁面をコツコツと叩いた。


「リールを酷使中」


「ある意味拷問」


 壁面に映像が映し出された。

 粉々に吹き飛んだ城跡らしき場所を、小悪魔インプが飛び回っている。


「あそこは?」


 アオイが訊いた。


「前にボッスが粉々にした城の1つ」


「そう、ボッスが粉々にした城」


 ユアとユナがしれっと言っているが・・。


「セルフォリア聖王国の王城・・跡地ですね」


 呟くように言ったのは、タチヒコだった。


「あの城は、確かユアさんとユナさんが・・」


「諸君っ! ここが何処かは関係無い!」


「リール君が何をやっているのかが問題だ!」


 ユアとユナが拳を振り上げた。


「探し物ですか?」


 訊ねたのは、ロシータである。


「いっぱい小悪魔インプを飛ばした」


「あちこちを再調査&開拓」


「うちの1番隊、2番隊も参加した方が良いですか?」


 アオイが、ユアとユナに訊ねた。


「ノン!」


「ノン!」


「あれは・・何かを描いているの? 魔法陣? 魔王種の探知器の埋設とは違うわよね?」


 ジニーが小首を傾げた。


「ふふふ・・ジニーちゃん、良い眼をしている」


「あれは、我らがボッスのモニョモニョである」


「も・・モニョモニョ?」


「うははは! 知らないのであ~る!」


「訊くのを忘れたのであ~る!」


 ユアとユナが胸を張って高笑いをした。


「2人とも、ミリアムの食堂に居たから置いて行かれたんじゃ?」


 ディーンが苦笑する。


「ボスは3日で戻りますわよ?」


「すぐに出発ですわよ?」


 ユアとユナが、澄ました顔で言うと壁面を指揮棒で叩いた。今度は、壁面の映像が切り替わって地図が表示された。かなりの広域図だ。

 地図上には、迷宮を示す赤、青、黄色の3色の光点が点在している。


「味方の迷宮は青色! 敵の迷宮は赤色! どっちつかずは黄色!」


「そして、この灰色で塗った辺りが・・謎大陸である!」


 ユアが指揮棒の先で、ぐるぐるとなぞって見せたのは、海を隔てた遥かな南に浮かぶ大陸だった。


「蜂の巣である!」


「ここを叩く!」


「ユア様、ユナ様、そこには何があるのでしょう? 拠点にも様々な物があると思いますが?」


 訊ねたのは、サヤリだった。


「異界神のモニョモニョですよ~」


「行けば分かるのですよ~」


「・・強行偵察をなさるのですね?」


 ロシータが微笑を浮かべて2人を見た。

 その時、指揮車の転移室が輝いて、シュンとリールが戻って来た。


「待たせた」


 シュンは、集まった面々を見ながらユアとユナから指揮棒を受け取った。


「ユアとユナから説明があったと思うが、もう一度、説明しておこう」


 シュンの指揮棒が、赤く点滅する迷宮を指した。


「アレク、ロシータが率いるレギオンで、この迷宮の攻略を行ってくれ」


「おう!」


 アレクが勇ましく返事をする一方で、他の面々がユアとユナを見る。先ほど2人から受けた説明と全く違う内容だった。


「アオイ、タチヒコのレギオンで、こちらの迷宮を攻略してくれ」


「承知しました」


 アオイが頷いた。


「どちらも、初日で60階以上まで到達するようにしてくれ。安全を最優先に、魔物の種類を調査するつもりで良い。神や龍人の出現に備え、ルドラ・ナイトの使用は控えておけ」


 シュンは、ポイポイ・ステッキから金属製の大きな箱を取り出した。

 中身は、ムジェリが完成させたばかりの魔導具が入っている。


「敵になる神には、こちらの神から与えられた武具や魔法を封じてくる奴がいる。この魔導具は、それに対抗する道具だ。マーブル主神の力を抑えるほどの力の持ち主は少ないらしいが・・。"ネームド"は2度、経験している」


 シュンが開いた金属箱の中には、小さな首飾りが並んでいた。

 華奢な銀色の鎖に、小さな金のコインがぶら下がっている。表面にはマーブル主神の顔が、裏面には輪廻の女神が浮き彫りにされていた。

 "封じ"の原理をマーブル主神に問い、ムジェリに仕組みを伝えて作らせた品だ。


「これは現主神様の予想だが、前主神と同格の存在が現れたとしても、完全な封じ込めを許さないそうだ」


 できれば、もっと早く完成させたかったが・・。


「マーブル主神様は、神々の死を望んでいない。神あるいは、それらしい相手を斃した場合は、魂石を回収しておいてくれ」


 マーブル主神なら蘇生が可能だ。


「初日・・と言うことは、短期間での撤収が前提でしょうか?」


 ロシータが訊ねた。


「そうだ。どちらの迷宮も、3日以内に撤収して帰還してくれ」


「了解です」


「おう!」


「承知しました」


「・・こちらの迷宮が攻められる可能性を?」


 タチヒコが挙手をして質問をした。


「ここを見張っている存在がいるなら、主力が留守になる機会を突く・・可能性がある」


 シュンは頷いた。


「しかし、仮に何らかの勢力が迷宮を制圧できたとしても・・我々が戻れば再制圧可能です」


 アオイが言った。


「そうだな。ただ、俺はここの管理人だ。可能な限り、危険を排除しておきたい」


「危険が危険?」


「誰が危険?」


 ユアとユナが顔を見合わせて肩を竦める。


「さて・・"ネームド"と"ガジェット・マイスター"はU3号霊気機関車で出動する」


 シュンは、指揮棒で地図を指した。海を隔てた南方にある灰色に塗られた大陸だった。


「"蜂の巣"作戦だったな?」


 シュンはユアとユナを見た。


「蜂に挨拶です!」


「ガツンとやりましょう!」


 2人が満面の笑みを浮かべて敬礼した。


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