第270話 クリアの報酬


『なんかさ・・色々と釈然としないけど』


 そう前置いて、マーブル主神がシュンとユアナを見ながら腕組みをした。当然のように、背後に輪廻の女神が寄り添っている。


『まあ・・ボクを救ってくれたし、神界も・・地上も、ボクに敵対する者達を討伐してくれたのは紛れもない事実だからね。褒美をあげちゃいます』


 心底不服そうに頬を膨らませつつ、マーブル主神が言った。


「ありがとうございます」


 シュンとユアナは、並んで床の上に片膝を着き、揃って低頭した。


『と言っても、もう欲しい物って、手に入れちゃってるでしょ? お金は・・ああ、世の中の聖貨は、例の貨幣に交換しておくからね』


 表と裏に、マーブル主神と輪廻の女神の顔が浮き彫りになった貨幣である。


『でも、混乱が起きちゃうんじゃない? まあ、混乱するほどの人間社会が機能してないかな?』


「主神様と女神様の婚姻の儀に合わせて、この世の総ての聖貨を変化させて頂きたいのですが・・可能でしょうか?」


 シュンは訊ねた。


『・・婚姻の儀?』


 マーブル主神の顔が引き攣る。


「改めて、ご説明しましょうか?」


 ユアナが微笑した。


『いいよ・・もう、ぐちゃぐちゃ言わないよ。君達に任せます。闇ちゃんも、それで良いよね?』


 マーブル主神が、斜め後ろに立っている女神を振り返った。


『はい。闇は幸せです』


 輪廻の女神が気恥ずかしげに頷いて見せた。こうしていると、とても可憐な様子なのだが・・。


『じゃあ、地上での儀式は全て君達に任せるよ』


「感謝致します」


 シュンとユアナが低頭した。


『それで、褒美は何が欲しいの? あっ、言っておくけど、使徒を辞めたいとか許さないからね? 後、迷宮の管理も続けて貰うよ? なんだかんだ主神に無礼を働いたのは事実なんだし・・それは、君が使徒の仕事をしてくれているから許すんだからね?』


「承知しました」


 シュンは素直に首肯した。


『それで? 君の事だから、あるんでしょ? 何が欲しいの?』


 マーブル主神が腕を組んで見下ろした。


「そのことで迷いがあったのですが、実はここへ来る前、ユアナに叱られました」


 シュンは、並んで片膝を着いているユアナを見た。


「えっ? 私、そんなことした?」


 ユアナが驚いた顔で見上げる。


「それで考えたのですが・・」


 シュンは、マーブル主神を見た。


『来たね?』


 マーブル主神が身構える。経験上、シュンの"考えたのですが・・"は、ろくな展開が待っていない。


「この世界を私に下さい」


 シュンは、マーブル主神を見上げた。


『・・・・はい?』


 マーブル主神の眼と口を大きく開いた。


『まぁ・・』


 輪廻の女神が面白そうに眼を輝かせる。


『ええと? なに? とうとう魔王になるの? 人類滅ぼしちゃう?』


「主神様?」


 シュンは、訝しげにマーブル主神を見た。


『あはは・・いやぁ、えっと地上? それって迷宮以外も全部支配するってこと? そうだよね?』


「改変します」


『改変・・って、地上を丸々変えちゃうの?』


「はい」


 シュンは小さく首肯した。


『う~~ん・・・・いやいや、これは驚きましたよ? 世界をね? まるっとね? ふう~ん?』


 マーブル主神が腕組みをしたまま空中で回り始めた。


「いけませんか?」


『あぁ・・ちょっと待って! ぶっちゃけ頭が追い付かないから、ちょっと考える時間を頂戴!』


 マーブル主神がシュンを手で制する。


「畏まりました」


 シュンは低頭した。


「シュンさん、世界とかどうしちゃうの?」


 ユアナが身を寄せて囁く。

 シュンがそういうことを考えていたとは、ユアナも知らなかった。


「迷っていた。この先の事を・・これから、どうするべきかを・・まだ結論は出ていないが・・迷いがあるという事は、そうしたいという気持ちがあるという事だと思う」


 シュンは、独白するように小声で呟いた。


「何だか分からないですけど・・そこに私の居場所はありますか?」


 身を寄せたままユアナが囁く。


「俺は捕らえた獲物を逃がさない」


 シュンはユアナの方を見て笑った。


「ですよね」


 ユアナが小さく笑みを返して、シュンの肩に軽く頭を乗せる。


『あぁぁ~~、お2人さ~ん? ちょっと良いですかぁ~~?』


 マーブル主神が、片膝を床に着いている2人の高さまで降りて来た。


『楽しそうなところを邪魔して悪いんだけどね?』


「はい」


 シュンは、マーブル主神の顔を見た。


『判断の材料が足りないから、ちょっと質問がしたい』


「何でしょう?」


『まず、君が言う世界って、ボクが創った世界の・・地上の事だよね?』


「はい。地上世界です」


『ええと・・それで、その地上世界をどうしちゃうの? ぶっ壊すの?』


 マーブル主神が腕組みをしたまま眼を閉じた。


「もう十分壊れていますよ?」


『・・まあね』


「今回の争乱の大半は、神と使徒・・つまり、神界が引き起こしたものです」


『・・そうだね』


「この世を守ろうとする主神様と、この世を終わらせようとする神々の争いでした」


『・・うん、そうだね』


 眼を閉じたまま、マーブル主神が頷いた。


「争乱が鎮まった後は、この世を修復する必要があると思います」


『・・う~ん? 別に放っておけばなるようになるでしょ? 人も獣も絶滅するほどじゃないじゃん?』


 マーブル主神が首を傾げた。


「ですが、このまま自然任せにすると、滅びる種が現れるでしょう」


『まあね。でも・・それは仕方無いでしょ? それが自然ってものじゃない?』


「魔王種は、この世界の生き物とは言えないと思います。魔王種による影響は排除・・できれば修復しておくべきではありませんか?」


 シュンは穏やかに問いかけた。


『えぇ~? だって、あれは前の主神が創造した魔物じゃん。成長限界も定めたんだし、もう君達にとったら無害でしょ? 放置で良いんじゃない? 魔王種だって、もう世界の一部じゃん?』


「越界した異界の民が潜伏している可能性があります。異界民はどうしますか? 原住民をリセッタ・バグのようなもので攻撃している可能性がありますが?」


『う~ん、まあ、多少は仕方無いんじゃない? 数が少なければ、悪さも出来ないでしょ?』


「元々の・・主神様の世界に無かった存在も受け入れると・・そういうことですね?」


『・・そうだね。防ぐ努力をして・・結果として入り込まれちゃったんだ。それは認めないといけないんじゃないかな? もちろん、何らかの基準を設けて危険の度合いを監視する必要はあると思うよ? ただねぇ・・ボクは、こう・・わちゃわちゃ色々と混ざっている状態が好きなんだ。あれ駄目、これ駄目で、がっちがちに規定されちゃった世の中って好きじゃ無いんだよね』


 マーブル主神が、自らの理想の世界について語り始めた。


 色々な世界の、色々な文化が入り交じった賑やかな場所で・・雑多な民族が雑多に入り交じって暮らす場所で・・種族間の諍いがあり文明の興廃があり、いつまでも落ち着かない場所で・・人でも魔物でも何でもいいから、元気に跳んだり跳ねたりしている場所で・・・・。


『小綺麗に完成された世界なんて見たくも無い。ボクは、がっちゃがちゃで、ぐっちゃぐちゃで・・何時どうなるか分からないような危うい感じの世界が創りたい。そう思っていたんだ』


 と、熱っぽく語ったマーブル主神だったが、大きく溜め息をついた。


『でも、それが嫌だから、みんな離反したのかなぁ~』


 マーブル主神が頭の後ろで手を組んで宙に寝そべった。


『闇は、応援していましたよ?』


 真後ろに寄り添っていた輪廻の女神が釘を刺す。


『あっ! うん! そうだったね!』


 マーブル主神が慌てて飛び起きた。言葉はよく選ばないと大変な事になる。


「なるほど、主神様の理想は良く理解しました」


 シュンは、備忘録を閉じた。

 今、マーブル主神の語った理想の世界を書き記してある。加えて、ユアナが蓄音の魔導具で声を記録していた。


『うん? あれっ? なんかおかしいな? これって、ボクが君に訊こうとした事じゃない? 地上世界をどうするのって・・君の考えを訊こうと思ったのに』


 いつの間にか、マーブル主神が世界をどうしたいのか・・という話になってしまっていた。


「私は、主神様の使徒ですよ?」


 シュンは微かに目元を和ませた。


『えっ? まさかの・・なに? つまり、今言ったような世界にしてくれるの?』


 マーブル主神が眼を見開いた。


「理想を伺った上でなければ、勝手に世界を弄れません」


『・・ええと、それって・・でも、ボクがやらないと諸々難しいんじゃない?』


「神域についてはその通りです。しかし、地上世界については、神力を必要としません。私の方でやっておきます」


『・・できちゃうの?』


 マーブル主神の眼がさらに大きく開かれた。


「おそらく」


 シュンは頷いた。


『・・君、もう神様やったら? すぐにでも、神籍をあげるけど?』


 マーブル主神が苦笑した。


「遠い将来、人として生きる事に飽きたら相談させて下さい」


『あぁ・・そうだった。君・・君達って、そうだったね』


 迷宮でのちょっとした事件で、シュンとユア、ユナは不老の身体になっている。定命から外れているのだ。


『ふうむ・・君達が創る世界ってのも面白そうだね。あっ、でも・・ボクは、さっき言ったように、管理された世界とか嫌なんだけど?』


 マーブル主神が念を押す。


「大丈夫です」


『・・楽しい感じにしてくれる?』


「賑やかな世界になるでしょう」


 シュンは微笑した。


『むむむ、何だか・・面白そうだねぇ。許可しちゃおっかなぁ・・どう思う?』


 そう呟きながら、マーブル主神が輪廻の女神、そしてオグノーズホーンへ眼を向けた。

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