第197話 赦されぬ死


 雪色の獣が風のように走る。

 時折止まって、鼻を動かしながら周囲を見回し、また走る。

 マリンとしては、覚えたばかりの『かくれんぼう』という遊びをしているつもりだが・・。


 人、虫を問わず、見つけた端から粘着糸で簀巻すまきにしているから大変である。

 重々しい破壊音が響く城塞の中、動きたくても動けない人や虫が無数に転り、助けを求めて呻き声を漏らしていた。


 聖銀ミスリル製の甲冑人形ゴレムが城壁を粉々に崩し、阻止しようとする兵を蹴散らし、魔王種の虫を踏み潰して暴れている。

 城塞の外には、巨大な龍の大群が包囲して気ままに炎息を噴射している。城塞の周辺は火の海であった。城塞めがけて押し寄せていた魔王種も、城塞へ逃げ込むしかない。


 その騒乱の中を、マリンは嬉々として走り回っていた。

 なにしろ、精霊獣には壁も何も関係が無い。石壁だろうと床だろうと自在にすり抜ける上に、空を駆け巡るのだ。おまけに、水霊糸の粘着力は凄まじく、体高が5メートル近い蟷螂カマキリ型の魔王種がたった一本の水霊糸を剥がせない。切ることも、引き千切ることもできない。むしろ、何とかしようと触れれば触れた部位が粘着して絡まっていく。魔王種ですら、そんなざまである。

 中には、糸が粘着した部分を削ぎ切って脱出を試みる者が居たが、どこからともなく真っ白な獣が駆けてきて糸をつけられてしまう。


 マリンの主人は地下である。

 城塞には必ず地下施設がある。地下牢であったり、万が一の時の抜け道であったり・・。

 城塞に降り立ったシュンは殺到する兵の処理をジェルミーに任せ、逃走の痕跡を見つけながら、地下へ逃げた集団を追跡していた。


 遠くへは逃げられない。

 抜け道のどこかから地上に出たとしても、すでに地上は火の海である。

 城館から地下へ入る階段は二つ。一つは地下牢や拷問施設が並んだ場所に降りる階段だった。もう一つはかなり深い縦穴になっていて、らせん階段を延々と降りる必要があった。降りた場所には鍵のかかった鋼の扉があり、扉を開けると水平方向に道が続いていた。


 足跡は、人が28名。獣が6頭。

 鉄靴の削った跡、木靴の跡、素足に布を巻いたような微かな足跡、大型の犬の足跡が混じる。


『立派な逃げ道なのです』


 カーミュが笑った。今は姿を消している。


「ずいぶんと古いな」


 天井から壁、床まで石で造られている。暗闇の中だが、シュンとジェルミーに明かりは必要無い。

 足音を消して地下道を歩き続けると、行く手に小さく火明かりが見えてきた。

 シュンは、VSSを手に照準器を覗いた。

 こちらは暗く、向こうは明るい。

 まるで撃ってくれと言わんばかりの状況だ。その上、傍らにはジェルミーが居る。シュンは狙撃に集中すれば良い。


 それなりに雰囲気のある兵が2人。髪に白いものが混じっている方が腕が立つだろうか。横に居る若い兵士も腰の据わりが良い。重い剣を吊って歩くことに慣れている。

 他の20名は雑兵だ。鎧兜は立派だが、お世辞にも斬り合いに慣れた様子は見られない、小綺麗な顔つきをした若い男女ばかりだった。残る6人は、他人に護衛されることに慣れた人間だ。男が4人、女が2人。


 距離は200メートル。

 必中の間合いだ。


 シュンは、護衛されている6人の脚を順番に撃っていった。

 精密に、ほぼ一息で6人の両脚を撃ち抜く。

 それから、2人の腕利きのだろう兵士の頭部に銃弾を撃ち込んだ。

 何もさせない。

 そのままの姿勢で照準器越しに様子をうかがっている。


『回復薬を使ったです』


 カーミュの囁き声に首肯しながら、シュンはじわりと銃口を水平に動かして、6人の脚を順番に撃ち抜いた。


『犬が気付いたです』


「ジェルミーに任せる」


 シュンの呟きに、女剣士が小さく頷いた。

 体高が2メートル近い大型の犬が2頭、猛然と駆けてくる。

 迎えて、ジェルミーが滑るように前へ出た。



 ・・チン



 密やかに、刀が鞘に収まる音が鳴っただけだった。

 頭部を割られ、首をねられた犬が、頭を失ったまま通路の左右にぶつかりながら駆け抜けて行った。


 シュンは、犬を追って向かって来ようとする女騎士を照準器に捉えると引き金を絞った。ほぼ顔の中央を撃ち抜かれて女騎士が跳ね転がる。

 続いて、従者だろうか、けたたましい悲鳴をあげた少年騎士を撃つ。

 そして、また回復薬を使って脚を治した6人の脚を撃つ。

 身をひるがえして逃げようとした騎士を撃つ。

 黙々と機械的に撃っていると、立っている者が居なくなった。


『死の国へ行っていないのは、あの6人だけなのです』


 カーミュが囁く。


「死体を焼いてくれ」


『はいです』


 白翼の美少年が姿を現し、せっせと白炎で灰にして回る。


 シュンは、VSSを消し"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を手に握ると、残る6人に近づいた。


「お、お前っ! お前は何者だっ!」


「黙れ」


 声をあげた男を"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"で斬り殺す。


「私はセルフォリア王の娘よっ! こんなことをして・・」


「黙れ」


 再び、"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"が振り下ろされた。



 ひぃっ・・



 喉を引きつらせて顔を覆い身を縮めたのは、そろそろ40歳を越えようかという男だった。

 隣には、十代半ばの少女が焦点の定まらない眼を開けたまま横たわっている。

 残る2人は、60歳近い老人と、20歳そこそこの若者だ。


「名は?」


 シュンは老人に向かって問いかけた。


「・・フィスコ・ロウ・マリーノだ」


「そいつは?」


 シュンは、最初に斬り殺した若い男に剣先を向けた。


「ファルム辺境伯だ」


 老人が答える。


「お前は?」


 シュンの双眸が、まだ生きている20歳そこそこの若者を見る。


「ルキータ・ジカリ・ファルムだ」


 若者が自分で名乗った。


「ファルム辺境伯は、リガッタ領の領主か?」


「・・そ、そうだ!」


 若者が叫ぶように言った。


「そうか」


 シュンは、"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"で若者の右膝から下を突き切った。



 ぃぎぃあぁぁぁぁ・・



 若者の苦鳴が響く。


「ジナリドに来た役人はどこだ?」


「しっ・・しら・・」


 シュンは、"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"で若者の左膝から下を突き切った。



 ぎぃっあぁぁ・・



 若者が泣きながら体を痙攣させて叫ぶ。


 "魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"で傷をつけられると、体中をとげで突き刺されるような激痛が奔る。"罪の棘"という異能力らしい。"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"が、擬人化した霊体を見せるようになってから芽生えた能力だった。カーミュによれば、肉体では無く霊体を痛めつけているそうだ。


「セルフォリア、ミンシェア、ゼルギス、マリーノ・・どこも王が次々に亡くなるな」


 シュンが他人事のように呟く。


「・・まさか、おぬしが」


「迷宮に手出しをする国は全て破壊する」


「め、迷宮など・・我々はそのような」


 言いかける老人をシュンが軽く手をあげて遮った。


「今回は俺の私怨だ。気にしなくて良い」


「私怨だと?」


「拷問の礼に来た」


 そう言いながら、シュンは秘薬を取り出して、弱々しく痙攣をしている若者にかけた。

 たちまち、切断されたはずの両脚が元通りに戻る。


「あ・・?」


 何が起こったのか分からない顔の若者だったが、



 あぎゃぁぁ・・



 苦鳴をあげてひっくり返った。また、右膝から下を"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"で突き切られたのだ。


「領主の城の地下で、俺の知り合いは鎖に繋がれ、金串でさんざんに刺されて死んでいたぞ?」



 ぎはぁっ・・



 若者の左膝から下が転がった。


「舌を引き抜かれて絶息した老人もいたな」


 シュンの左手から黒い触手が生え伸び、若者の顎を捉えて口をこじ開けると、舌を引きずり出してちぎった。


 声にならない絶叫を放って若者が息絶えた。


「起きろ」


 シュンは、蘇生薬を頭に浴びせた。






=====

11月9日、誤記修正。

顔を多い(誤)ー 顔を覆い(正)

痙攣さえて(誤)ー 痙攣させて(正)

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