第111話 緊急イベント!

 シュン達の75階クリアから1ヶ月。エスクードがいつもの日常を取り戻した頃、神様から一斉メールが配信された。エスクードに到達している探索者全員である。緊急のイベントが開始されるという通知だった。


 "ネームド"は、ムジェリの里に滞在しているところだった。戦乙女ワルキューレとの戦いを教訓に、装備品を整えていたのだ。


 金の竜と銀の竜の素材を供出しただけで、ムジェリの里全体が大興奮状態になり、相談に相談を重ねて装備品の強化改良と新しい武器が開発され、攻撃補助具とでも呼ぶべき魔導具まで完成していた。


 まず、"電撃衝"がアップデートされ、威力が3割増しになった。


 続いて、"戦闘服"の基本防御力は1割増、魔力を通すことで瞬間的に防御力と耐久性を跳ね上げることができるようになった。ただし、防御魔法とは違って、ひたすら魔力を注ぎ続ける必要があるため、効率はかなり悪い。


 さらに、"ムジェリの天幕"にゲストエリアが増設された。これに伴い、ムジェリの天幕出入り口にガーディアンを配置する事になった。


 加えて、防御力無視の攻撃を発生させる魔導具が完成した。伸縮してサイズが変わるサイズフィットの魔法がかけられた直径が5センチほどの神銀製の輪だ。透過した物に防御力無視の属性を付与する魔法の膜スクリーンを発生させる逸品だ。付与の継続時間は3秒間。銃器に使用する前提で製作して貰ったのだが、非常に創作難度が高く、稀少素材が必要なため、5個しか完成しなかった。


 最後は武器だ。これは発条バネ仕掛で打ち出される大型の杭だ。長さ3メートル、直径30センチの円筒形の尖杭パイルだった。単純な造りだが威力は高い。魔力を込めて発条バネを圧縮する時間が5分近くかかるため、戦闘中に再装填することは難しいが、上手く使えば強力な武器になる。なお、この杭打ち器パイルバンカーを考案したのは、ユアとユナだった。「思ってたのと違う」と2人は納得がいかない様子だったが・・。


 性能が上がった装備品に満足し、"ガジェット・マイスター"と76階で落ち合う段取りをつけた時、神様から緊急イベントの連絡が入ったのだ。


「イベントがある1ヶ月前に予告があるんじゃなかったか?」


 シュンは首を傾げた。

 エスクードに着いた時、ケイナがそんな事を言っていた記憶があるが?


「緊急だから?」


「突発イベント?」


 双子が"護耳""護目"を装備しながら、職人ムジェリと別れの握手を交わしている。


「気をつけるね。緊急招集は危険がいっぱいね」


 村長ムジェリが言った。


「よくあるのか?」


「滅多に無いね。これは、神様の思いつきじゃ無いね」


 どうやら、珍しい出来事らしい。


「神様とは別の存在がイベントを起こせるのか?」


「起こせる存在も居るね。告知を聴けば分かるね」


 村長ムジェリの声が不安そうだ。


「告知・・」


 シュンが呟いた時、



ゴ~~ン・・


ゴ~~ン・・


ゴ~~ン・・



 大きな鐘の音が鳴り始めた。



『は~い、強制招集イベントのお知らせで~す!』


 どこからともなく、少年神の声が響いてきた。


『エスクードに向けて死鬼兵の軍団が押し寄せています! エスクードに居る人達は防衛準備を! 10日で到着するよ~! 別の階層に居る人は大至急帰還して討伐準備をするように! 待った無しです! ぶっちゃけ、エスクードが滅びます! 超ピンチ!』


 どこか余裕の無い声で、神様が号令を出している。


「エスクードを防衛すれば良いのか」


「死鬼兵って・・ゾンビ?」


「神聖魔法で灼き払う?」


 ユアとユナがやや拍子抜けした様子で呟いている。


「死鬼兵か・・カーミュ、どんな魔物か知っているか?」


 シュンは、カーミュに声を訊いた。この守護霊は "ネームド"で一番の物識りだ。


『・・ゴメンなさいです』


 白翼の美少年が姿を現すなり、神妙な顔で謝ってきた。


「どうした?」


『死鬼兵は死の国の下級兵士なのです』


「死の国がエスクードに攻めてきたのか?」


『カーミュが報せたです。ご主人を戦乙女がだましたです! カーミュが見えないところでご主人の命を狙ったです!』


「ああ・・あの職業の件か」


 シュンはおぼろげに事の概要を把握した気がした。


 その時、


『このっ、クソ悪霊がぁーーーーっ!』


 いきなり神様が絶叫しながら眼の前に姿を現した。同時に、近くに居たユアとユナが視界から消えて、周囲が真っ白な空間に変わっている。


『カーミュは悪霊じゃないです!』


 白翼の美少年が負けじと声を張り上げる。


『何てことをしてくれたんだ! どうすんの、これ!』


『だから、ご主人に謝ったです!』


『ボクに謝って! エスクード、どうすんだよ! 滅びちゃうよ!』


『カーミュは謝らないです! 戦乙女がご主人の命を狙ったのは本当です! 神様が全部悪いのです!』


 白翼の美少年と少年神が空中で睨み合う。


『くっ、こ、この・・』


『カーミュからご主人を隠したです!』


『む・・し、しかし、あれは・・あの馬鹿たれが・・』


 神様がやや語気を弱めた。


『番人の不始末は神様の不始末なのです! 全部、神様が悪いのです!』


『むぎぃぃぃ・・・おのれぇ、言わせておけば・・』


 神様の全身から黄金色の光が噴き上がる。


『もっと手紙書くです! いっぱい書くです!』


 カーミュが宣言した。


『ぁ・・そこは、話し合おうよ? ね? ちょっと言葉が乱暴だったけども? 悪気は無いんだよ?』


 神様から光が消えた。


『気持ち悪いのです! 変な声を出してもダメなのです!』


 どうやら、カーミュの方が優勢だ。


「神様が死の国の女王様にお願いして、死鬼兵を連れて帰って貰えば良いのでは?」


 シュンは会話に割って入った。


『ボクの言葉とカーミュ君の手紙、どっちを信じると思うの? ボクは全く信用無いからね? ほぼ詐欺師扱いだからね?』


「・・そうなのですか」


『話を戻すよ? 大事なところだからね? そこのカーミュ君が、戦乙女ワルキューレがやらかした直後に、死の国へ手紙を書いたんだ。その手紙が死の国へ到着するまでに15日近くかかったはずさ。特急便で15日だよ? それから死鬼兵の準備をして、向こうから送り出して・・もう、死鬼兵の軍団は来ちゃってるからね? 今そこに来てるからね? 今から手紙を書いても、死鬼兵が帰るまで同じだけ時間がかかるんだよ!』


 神様は、かなり焦っているようだ。


「少し間に合いませんね」


『がっつり間に合わないよ!』


 神様が両腕を振り回し、全身を躍らせて嘆いている。いつもは漂っているだけなのに、今回はかなりの運動量だ。


 少し考えてからシュンは、白翼の美少年を見た。


「カーミュ、取り急ぎ、俺が無事である事と、俺と神様が戦乙女ワルキューレの過ちをゆるしたという事実を、女王様へ書き送ってくれないか?」


『でも、カーミュは、あの戦乙女ワルキューレが嫌いなのです。神様も悪いのです』


「頼むよ」


 シュンは苦笑しつつ白翼の美少年に頼んだ。


『・・仕方無いです。ご主人のお願いなのです。カーミュは手紙を書くです』


 まだ頬を膨らましたまま、カーミュがしぶしぶ首肯した。


「ところで、俺達が死鬼兵の軍団と戦うことは大丈夫なのか? カーミュにとっては同胞になるのだろう? 死の国に敵対したと思われるのは困るぞ?」


『問題ないです。死鬼兵は作り物なのです。じゃんじゃん灼いて良いです。女王様には、カーミュがちゃんと説明するです』


「・・そうか」


 どうやら問題無さそうだ。


『死鬼兵が全部レベル200なんだけどぉ〜? 死国の女王の気が済むまで延々と攻めて来るんだけどぉ〜?』


 神様がぶつぶつと言っている。


「エスクードには、どうやって入ってくるのでしょう?」


 エスクードは転移門によって出入りするしかない。迷宮から隔絶されたような場所なのだ。


『死の国の兵隊は任意の場所に転移をして侵入してくるんだ。転移からの急襲ってのは死国の常套手段だからね』


「あの狭い転移門周辺に出て来るのですか?」


 シュンは、薔薇園ローズガーデンの辺りを思い浮かべた。


『いいや、"白砂の死地アンモス・プローセ"と言ってね、死鬼兵が到着するとエスクードは真っ白な砂の上に置かれた状態になる。砂漠の上にぽつんとエスクードがあるような状況で、死鬼兵の軍勢に包囲されてがんがん攻められるのさ』


 エスクードの街ごと、戦いの場としての空間に移動するらしい。当然、街の住人は逃げられなくなるわけだ。


『下級兵の死鬼は再生能力が無いのです。壊せば壊れたままなのです』


 カーミュが説明する。


「死鬼兵の攻撃手段は?」


『肉弾戦をやる鬼だけなのです。武器はトゲのついた金棒なのです』


「軍団ということは、指揮者も?」


『軍団長1匹と副団長が5匹なのです。ずうっと車輪陣をやってくるです』


 さすがに、カーミュは詳しい。


『HPは100万前後、人間との単純な比較は難しいけど、筋力は5倍くらいかな? 背丈は3メートルくらいあるけど、やたら素早いし頑丈だから厄介だよ? 囲めば一体ずつ斃せるだろうけど、街の東西南北に1000体ずつ出現し続けるんだよね』


 神様が補足した。


「それは・・忙しいですね」


『君達は何だかんだで平気だろうけど、エスクードはもう駄目かもなぁ~。100階から下の層には、上の連中を連れて来れない決まりだしなぁ~。そもそも正当な理由が見つからないや』


 神様がなげいている。


「カーミュ、死鬼兵には再生能力が無いんだな?」


『はいです。使い捨てなのです。元はただの灰なのです』


「そうか。カーミュの手紙が死の国の女王様に届くまで何日だろう?」


『たぶん、15日くらいなのです』


「手紙は必ず届くのか? 捨てずに読んでくれるか?」


『女王様は真面目なのです。どこかのサボり屋とは違うのです。きちんと眼を通してくれるです』


 カーミュがきっぱりと断言した。


『何か言ったかね?』


『耳だけは良いです』


「死鬼兵の後続を止めてくれれば・・予備日を10日として、30日間耐えきれば終わりか・・それなら多少の被害は出てもエスクードを護れそうだ」


 シュンが呟いた。


『え、嘘っ!? 出来ちゃうの? ほぼ無限ポップだよ? 転移枠いっぱいの1000体ポップを繰り返して来るんだよ?』


 神様が飛びついてくる。


「転移の場所は、分かりますか?」


『北から始まって、東、南、西・・って、出現位置が順番に移動する。だから、車輪陣って呼ばれてるんだ』


 神様が身振り手振りを交えて説明した。同時に四方に現れるわけでは無いらしい。


 "ネームド"を襲って来てくれるなら、いくらでも相手が出来そうだが、エスクードを護るとなると少し手が足りない。死鬼兵に街へ侵入されると、街中での戦闘となり大きな被害が出てしまう。


「神様」


 シュンは神様に声をかけた。


『うん? なんだい?』


「例の戦乙女ワルキューレは、参戦したがるのではないでしょうか?」


 規則に抵触するかどうかは不明だが、この騒動の原因を作ったのは戦乙女ワルキューレだ。無関係では無い。参戦の名目が立つのではないか?


『わおっ!? それだ! そうだよ、そりゃそうだよ! あいつにやらせないで、どうすんだって話だねっ!』


 神様が喜色満面、手を叩いて声をあげた。

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