第224話 試し斬り


 異界を探索していると、空に浮かぶ岩塊がいくつも見つかった。空にも地表にも動植物が見られず、毒素溜まりが方々に存在している。遺棄されたらしい建物や乗り物・・。

 いずれも、昨日今日に打ち捨てられたものでは無く、傷みが酷く、触れれば砂のように崩れた。

 ユアとユナは地底に町があるに違いない、と言って探し回ったが、それらしい空洞や施設は発見できなかった。

 それどころか、地表に居るとルドラ・ナイトやアルマドラ・ナイトの装甲部分に微細なが付着して腐食させようとしてくる。

 どうやら、目視が難しいほどに小さな魔物がいて、金属を溶かして喰おうとしているようだ。拡大して観察してみると、てんとう虫のような形状をしたものが、酸らしい毒素を吐いて溶かそうとしている様子が確認できた。

 この虫は岩が溶けるほどの高熱を加えないと死なない。そもそも、生き物かどうか怪しかったが・・。


 今のところ、アルマドラ・ナイトやルドラ・ナイトの甲冑を溶かすことはできていない。しかも、SPや霊力により自動修復するため、てんとう虫は脅威では無かった。


『これが世界を壊した?』


『世界から金属が消えた?』


 例によって、ユアとユナが思い付いた事を口にする。


『・・あるな』


 否定する材料は無い。


『カーミュの炎は効くか?』


 試しに、カーミュの白炎で灼かせると、あっさりと蒸発した。


『霊気を込めて灼くです』


 カーミュが胸を張る。カーミュの白炎が効くのなら、いよいよ脅威度は下がる。


『なるほど・・しかし、これだけ小さいと発見も難しい。この世界の住人は苦労しただろうな』


『ボス、苦労どころか滅びました』


『異界は死の世界であります』


 そう言いながら、ユアとユナがルドラ・ナイトに霊気をまとわせた。

 装甲表面に、わずかに残っていたてんとう虫が破砕して消滅していった。霊気の方が、高熱で灼くよりも効率的かもしれない。


『生き物なのか?』


 試しに、ポイポイ・ステッキで触れると、あっさりと収納できた。


『表示は?』


『魔テントウ?』


『いや・・リセッタ・バグという名称らしい』


 ポイポイ・ステッキの収納物リストに、名称が表示されている。


『だいたい合ってた』


『ほぼ魔テントウ』


『そうなのか?』


 シュンのアルマドラ・ナイトが霊気を纏いつつ、上空に浮かぶ岩塊の上に着地した。ルドラ・ナイト2体も並んで着地する。


『岩塊の中に施設を作ったのは、このリセッタ・バグから逃れるためかな?』


 無駄に手の込んだ物を造ったものだと呆れていたが・・。


『秘密基地が、先?』


『魔テントウが、先?』


 ユアとユナが疑問を口にした。


『・・なるほど。リセッタ・バグが蔓延まんえんしてからでは建造が間に合わなかっただろうな』


 そう考えると、この岩塊を避難場所として建造してから、リセッタ・バグが蔓延まんえんしたと考えるべきか。


『悪い名前を付けた』


『悪の科学者がいる』


『かがくしゃ?』


 知らない単語だ。


『誰かが魔テントウを作った』


『兵器として生み出した』


『ふむ・・?』


 異界神の作ではないのか?


『神作品にしては不完全』


『霊気で死ぬのはおかしい』


 2人が指摘する。


『確かに』


 仮にも神を称する存在が、霊気で消滅するような玩具を作ることは無いだろう。


『この世界の何処かに、リセッタ・バグを作っている場所があるのか?』


 どうやって、ここまでの数が蔓延まんえんしたのだろうか? 生き物では無いのなら、つがいになって卵を産むとは思えないのだが・・。


『分裂とか?』


粘体スライムみたいに金属を食べて増える?』


『・・まるで機械仕掛けの魔物だな』


『いぇ~す』


『ざっつ、らぁ~い』


 2体のルドラ・ナイトからユアとユナの声が響き渡る。拡声器を使ったらしい。


『小さな・・リセッタ・バグに、そんな仕掛けが?』


 1ミリにも満たないような物を、どうやって造ったというのか?


『ナノなの~』


『ナノかも~』


『なの?』


 シュンには理解ができない単語だが、ユアとユナはやけに自信たっぷりだ。ニホンでは当たり前にある物なのだろうか?


『ナノマッシーーーン』


『ナゾマッシーーーン』


 言いながら、2人がくすくすと笑う。


『よく分からないが・・何者かが、金属を消し去る目的を持って生み出した魔物という理解で良いか?』


『めいび~』


『きっと合ってる』


『・・そして、このリセッタ・バグは生き物・・粘体スライムのように分裂して増えると?』


 仕組みは理解できないが、粘体スライムが分裂して増えることは知っていたし、他にもそうした増え方をする魔物はいる。だが、金属を喰って増殖する機械仕掛けの虫というのは初めてだ。


『よくある設定』


『珍しくない』


 ユアとユナが断言した。


『そうなのか?』


 ニホンという所は、こんな物がよく蔓延まんえんするらしい。あまり住みやすい場所ではなさそうだ。


『金属類が失われると、人間が数を減らすだろう事は分かる。だが、虫や鳥、小動物すら見かけないのは何故だ?』


『生き物を食べる魔テントウがいる?』


『猛毒を撒いた?』


『・・機械虫と毒か』


 そうした事があってもおかしくはないが・・。こうして異界に滞在していても、そうした危険を感じられない。すでに、生き物にとっての危険は去ったのか?

 地表に滞留していた微弱な毒素が原因だろうか? あるいは、まるっきり別の要因だろうか?


『ゆっくり減った?』


『食べ物が無くなった?』


 水や食糧が無くなれば、生き物は減るだろう。


『岩塊は避難所か。いや・・そうか。ここでリセッタ・バグを作って、地表へいた可能性があるな』


 岩塊という安全な場所から外の世界へリセッタ・バグを撒き散らして、岩塊の内部に引き籠もれば・・。


『あるかも!』


『ありそう!』


『破壊する前に、少し調べておこう』


 破壊はいつでもできる。この世界で何が起こったのか調べておいた方が良い・・そんな気がした。


 シュン達は、空に浮かぶ岩塊を一つ一つ調査し、収納できる物は収納していった。

 シュン達なりに納得をしてから、向こうの世界に居るユキシラに連絡を取り、"界"を渡るための穴を開いた。手はず通りに、ユアとユナのルドラ・ナイトが先に帰還する。


『3分でお迎え!』


『無理しちゃ駄目!』


 そう言い残して、黒白の水玉柄のルドラ・ナイトが去ると、"界"の穴が閉ざされた。


『さて・・』


 久しぶりの全封印解除である。

 VSSを収納し、"魔人殺しの呪薔薇テロスローサ"を握ると、アルマドラ・ナイトはぐんぐんと高度を上げて行った。

 感覚的に数十キロメートルは上昇しただろうか。周囲が暗くなり、眼下には丸みを帯びた赤茶けた大地が見える高さに達した。


 アルマドラ・ナイトは、ゆっくりと静止をしながら向きを変えると、大地に向かって手足を拡げるようにして降下を開始した。



 ヒュイィィィーー・・



 "魔人殺しの呪薔薇テロスローサ"が高らかに鳴り始める。同時に、15メートルほどだったアルマドラ・ナイトの身の丈が伸び始め、どんどんと大きくなっていく。

 10秒ほどで10倍近い大きさに変じたアルマドラ・ナイトが、同様に巨大化した"魔人殺しの呪薔薇テロスローサ"を振りかぶる。



 ヒィィィィィィーーーー・・・・



 高周波音が甲高く鋭く響き渡る中、アルマドラ・ナイト全体から白銀色の霊気が噴き上がった。

 瞬間、アルマドラ・ナイトが"魔人殺しの呪薔薇テロスローサ"を振り下ろした。


 白銀光の暴流が下方に見える大地めがけて放たれたと見えた直後、上から下へ大地が裂けた。

 わずかに丸みを帯びて見えていた赤茶けた大地が真っ二つに割れた瞬間、白銀の閃光に包まれて跡形も無く消滅していった。


 それは、文字通りの消失だった。


 白銀光の中で全てが消滅し、わずか十数秒で周囲と同じく星々がきらめく闇となっていた。


 予想よりも破壊の威力が高い気がするが・・。

 封印解除から1分も経っていない。まだまだ、問題無く動けそうだ。



 ヒュイィィィーー・・



 ヒィィィィィィーーーー・・・・



 アルマドラ・ナイトが"魔人殺しの呪薔薇テロスローサ"を振り抜き、白銀光の斬撃が何も無くなった闇の中を奔り抜ける。



 ヒュイィィィーー・・



 ヒィィィィィィーーーー・・・・



 もう一閃! さらに一閃!


 白銀光が星々の彼方へと奔り伸びて、長く尾を引く彗星のようになって遠く離れて行った。



 ヒュイィィィーー・・



 ヒィィィィィィーーーー・・・・



 さいごの一閃は、回転をしながら横一文字に振り抜いた。


 感覚的に、ここが限界時間だ。まだ3分は経っていなかったが、これ以上は身体に危険が及びそうだった。



 ブゥゥン・・ブゥゥン・・ブゥゥン・・・・



 痙攣するように脈動を繰り返す"魔人殺しの呪薔薇テロスローサ"を手に、アルマドラ・ナイトは、ゆっくりと元の大きさへと縮み始めた。


 ちょうどその時、遥かな下方に"界"の穴が開き、黒白の水玉模様をしたルドラ・ナイトが姿を現した。真っ暗な空間でバタバタとおぼれたように手足を動かし、慌てた動きを見せている。


『落ち着け、ここだ』


 近付きながら声を掛ける。


『シュンさん! 身体は?』


『シュンさん! ラグカル?』


 黄金の神聖光をまとった2体のルドラ・ナイトが、未だ熱気を噴き上げているアルマドラ・ナイトめがけて飛びつくようにして突進してきた。


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