第283話 死の宣告


「それで、マーブル主神は何と?」


 シュンは、ユアとユナから連絡を受けて話をしていた。


『霊魂がしっかりと繋がったって』


『順調に回復しているって』


 久しぶりに、2人の声が明るい。


『そっちは・・大丈夫?』


『ユッキーに訊いたら、島が半分消えたって』


 心配になってユキシラにあれこれ訊いたのだろう。監視の"眼"による映像を見ているのかも知れない。


「半分は言い過ぎだろう。大陸の一部を削っただけだ」


 テンタクル・ウィップを使った"カラミティ・ストライク"という技が想定外に高威力だったのだ。それだけシュン自身の能力が底上げされているのだろうが・・。


 シュンは、テンタクル・ウィップで両手足、胴、首を拘束したスコットへ眼を向けた。先ほどまで泣きながら悲鳴を上げ続けていたが、今は静かになっている。


「・・俺は、とんだ間抜けだった」


 シュンは呟いた。


『ボッス?』


『どうしたの?』


 訊ねるユアとユナの声に緊張が滲む。


「迷宮だ」


 シュンは言った。


『迷宮?』


『ニューダンジョン?』


「随分と前になるが、魔神騒動が頻発した事があっただろう?」


 色々な種類の魔神が出現し、討伐イベント化した事もあった。


『うちのダンジョン?』


『懐かしのイベント?』


「スコットはあの頃に憑かれたらしい」


 シュン達が討伐した魔神とは別に魔神が迷宮に紛れ込んでいたのだ。


『つく?』


『幽霊?』


「憑依・・寄生と言った方が良い状態だな」


 魔神が肉体と霊体の両方に憑いて侵食し、ほぼ同化してしまった状態だ。


『・・憑依?』


『・・スコット魔神誕生?』


「迷宮人やアルヴィには、神を・・創造神を憎み、魔神を崇めている者が居るらしい」


 もう、それがスコットの知識なのか、取り憑いた魔神の知識なのかは定かではない。


 最初に魔神ズヴィルを喚び出したのは、アルヴィの集団だったそうだ。異界から悪魔を召喚する方法などを密かに研究していたアルヴィの女が、偶然魔神を喚ぶことに成功し、その身に魔神を宿したのだと言う。 


『あぁ・・アルヴィ』


『みんな美人・・』


 ユアとユナが、いきなり納得した。


「・・まあ、そういう事らしい」


 シュンは苦笑した。あの時に・・あるいは使徒となった後にでも、アルヴィや迷宮人を徹底的に調べていれば、今回の事は防げたはずだ。手抜かりだった。


 美しいアルヴィの女に魅了されたスコットが、アルヴィの隠れ里に出入りするようになり、悪魔召喚の知識などを仕入れた成果が、リールという高位悪魔の召喚であり、美人人形の花街であった。


 アルヴィの女に憑いていた魔神がスコットの肉体に乗り換えを行なったのは、スコットが迷宮を去る直前だったらしい。

 監視の眼が厳しくなり、迂闊にスコットに手出しが出来なかった魔神にとっては最高の好機となった。

 それまでは、迷宮へ戻って来る探索者などを狙っていたが、どれもスコット以下の身体能力しか持っていなかった。


「スコットも、レベルだけは高かったからな」


『強制マラソン』


『泣きながら走った』


 ユアとユナが笑う。今となっては良い思い出だ。


『今はスコット?』


『もう魔神?』


「ほぼ支配されている。分離させるにしても、身体は諦めないといけないだろうな」


 肉体で言えば、脳と心臓。霊体では魂の中核まで入り込まれている。


『魂までかじられた?』


『悪食でゴザルな?』


 ユアとユナも、もうスコットについては諦めている。理由がどうであれ、スコットはやり過ぎた。


「宵闇の女神と繋がりを持つほどの魔神らしい。リールといい、今度の魔神といい・・大物に縁がある男だな」


 シュンは小さく息を吐いた。

 引き出した情報には続きがあった。


「ケイナに目移りしたそうだ」


『魔神が?』


『ケイナに浮気?』


 ユアとユナの声が緊張する。


「スコットより魔法能力が高いからな。ただ、宿替やどがえをするには神聖魔法が障害だった」


 "神聖"を冠しているのは伊達では無く、魔神との相性は極めて悪いらしい。

 ケイナを諦めきれない魔神は、スコットを使って、"神聖魔法"の魔法器官だけを取り除くことにした。

 魔法器官といっても、眼に見える物では無く、霊体の一部だが、魔神が霊魂に潜むためには邪魔になる。

 そのための呪具をスコットに造らせようとした。


 しかし、スコットという男は自身が好むことには忠実に従うが、自分が嫌なこと、特に若い女を傷つけることには抵抗する。


 強引な手段を躊躇ためらっていたところに、宵闇の女神が訪ねて来た。

 居場所を失い彷徨さまよっていた宵闇の女神が、スコットに宿る魔神に助力を求めて来たのだ。


「宵闇の女神は、魔王種の肉体に宿っていたそうだ」


『・・陥落』


『・・瞬殺』


 ユアとユナが呻いた。どうせ、美しい女の姿をしていたに決まっている。


「そういうことだ」


 シュンは嘆息した。


 あれだけ渋っていたスコットが女神に一目惚れをしてからは、呪具造りを熱心に行うようになったらしい。


 "神聖魔法"の魔法器官を女神に捧げるために・・。


「結果は、この通りだが・・」


 ケイナの肉体と霊体を傷つけただけだった。

 多少は奪えたのだろうが、魔神の思惑は失敗に終わった。

 魔神にとっての誤算は、スコットがケイナから肉体の力まで奪い去ろうとしたことだ。宵闇の女神を助けるために自分を強くしようと考えたらしいのだが、止めさせようとする魔神と断行しようとするスコットがせめぎ合い、呪式が雑な物になってしまったのだ。


 その後、ケイナの肉体を諦めた魔神が、失意のスコットを完全な支配下に置いた。

 折しも、悪魔の軍勢と迷宮勢が大戦を始めた頃だった。

 大戦に巻き込まれる事を嫌い、宵闇の女神共々、海の向こうにある大陸へと移動したのだった。


「魔神憑きのスコットは、別の者から強制的に力を奪って、他者へ与える呪法を学んだ。魔王種を集めて生け贄とし、人間のレベルを上げて、それをかてとして自身が吸収する」


 これを繰り返すことで強者となる。

 そして、宵闇の女神を助ける。


「魔王種を集めているのは、魔王の体を得ている宵闇の女神だ。宵闇の女神は、魔王種を管理し操る道具を手に入れている」


 超人となったスコット、それに宿る魔神ズヴィル。

 膨大な数の魔王種と、それを率いる宵闇の女神アシテンラ。


 さらには・・。


「疑似的な"終焉"装置を合わせて、この世界を・・マーブル主神を追い込もうという企みだったようだ」


 主神を斃せるとは考えていなかったようで、優位な状況を作った上で、対等の立場での交渉事を持ちかけたかったらしい。


『・・泣きそうなくらいの馬鹿』


『真の道化・・』


 ユアとユナが呆然とした呟きを漏らした。


「マーブル主神に仇を成そうとしたことが判った以上、スコットをゆるす事は出来ない」


 シュンは静かに告げた。


『・・うん』


『・・もう十分』


 ユアとユナが答えた。


「すまないな」


『ケイナには私達が伝える』


『私達に任せる』


「ありがとう」


 シュンは、2人に礼を言って"護耳の神珠"での通話を切った。


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