第303話 異世界ファンタジー


『第301区、"レベル30走龍"の巣、配備完了しました。続いて、第302区は"レベル40闇狼"の巣になります。換装をお願いします』


 ユキシラの声が館内の放送機器から車両基地内に響く。


「何番を何基ですか?」


 鉄兜ヘルムを頭に被った少女が、指揮所のディーンのところへ駆けてきた。

 "ガジェット・マイスター"のディーンとジニーは、霊気機関車の車両基地を任せられるほどになっていた。


「青の49番を8基だ!」


 ディーンが板に貼り付けた表を確認しながら答えた。


「了解です。ミチ、ミーナ、青色の49番筒、8基だよっ!」


 少女が駆け戻って行く。

 以前は関心の薄かった探索者達も、積極的に手を挙げて作業に参加するようになっている。

 おかげで、人手は十分だった。

 何しろ、探索者の大半はレベルが70前後に達している。男女を問わず、どんな力仕事でも問題無く任せられる。


 今は、"巣"と呼ばれるムジェリ製の魔物発生装置を特殊工作車両、通称"N号"に積載している最中だった。"巣"の一つ一つは、大型の木樽のような外見だが、何で出来ているのか非常に重たく、呆れるくらいに頑丈だった。


 ユアとユナが魔物カートリッジと呼んでいる"巣"は、地中に埋設されて起動すると、定時の信号を受ける度に、地上に魔物を発生させるのだ。


 この装置で発生した魔物は、野外に繁殖している魔物とは異なり、死ねば消えて素材を落とす・・そして、一定時間を置いてリポップする。迷宮内と同じ魔物を生み出す装置であった。


『ディーン、霊気機関が安定値に戻ったわ。冷却完了よ』


 ジニーから通話が入った。


「もう直ぐ、積み込みが終わるよ。今度は、302区だからね?」


『うん、誘導筒を感知したわ。真っ暗で何も見えないから、走らせるだけなんだけど』


 ジニーが笑った。

 霊気機関車"N号"の操縦席は単席である。他に人が乗れる場所は無い。ジニー一人が操縦をしていた。


「格納内壁、閉鎖確認!」


 先ほどの鉄兜の少女が気合いの入った声を上げた。基本に忠実に、指で指しながら声を張り上げている。

 別の2人の少女が分厚い開閉扉を閉じて、念入りに封鎖確認をしていた。


「格納外壁、閉鎖確認!」


 もう一度、声を張り上げてから、鉄兜の少女が指揮所へ走ってきた。


「青色49番、8基積込み完了しました!」


「ご苦労様。指示するまで休憩してて」


 ディーンは鉄兜の少女に言って、通話器を手に取った。


「ジニー、積載完了した。転車台を回すよ」


『こちら操縦席、了解です。機関安定、聖水霧の塗布完了。いつでも行けます』


「微速後進、転車台へ」


『微速後進します』


 ジニーの声と共に、"N"と書かれた大扉が開き、小型の槍のような形をした機関車両が現れた。

 静かに後進をして転車台の上まで移動をして停止する。


「転車台、回転」


 ディーンが手元で転車台の回転弁を捻ると、"N号"を乗せた転車台がゆっくりと回り、流線型の格納車両の軌条前方へ接続する。


「微速後進、格納車両との連結開始」


『微速後進、連結開始』


 ジニーの落ち着いた声が聞こえ、槍穂のような形状の機関車両が後進をして、ゆっくりと格納車両に接近していった。



 ガキンッ・・



 重たい金属音が聞こえ、連結が完了した。そのまま"N号"と格納車両がさらに距離を縮める。


「連結確認・・」


『連結検知、接続確認・・異常なし』


「霊光軌道路オープン!」


『霊気機関、全て正常値』


「地底隧道トンネルオープン、軌道延伸開始!」


 ディーンが声を出しながら、一つ一つ、操作弁を捻っていく。


 "N号"は地下を潜る。霊光軌道も、隧道トンネルも地下に向かって伸びていた。

 ただし、迷宮領域の外に出たところからは、機関車先端の掘削槍で地中を抉って進む事になる。


『掘削槍、回転開始』


 ジニーの声が聞こえ、霊気機関車"N号"の先端部がゆっくりと回転を始め、徐々に回転速度を増していく。


 2分ほどして、



 キュイィィィィィィーー・・



 回転している掘削槍が高周波音を響かせ始め、淡い白光を放ち始めた。

 破壊光である。シュンの"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"には及ばないが、地中を進むに十分な威力を持ったムジェリ製の掘削槍だった。


『"N号"・・行きます!』


 ジニーの声と共に、滑るように音も無く霊気機関車"N号"が前進を始め、地底へと続く霊光軌道に導かれて闇の中へと吸い込まれて行った。


「こちら、車両基地。"N号"出発しました」


 ディーンは、ユキシラに連絡を入れた。


『了解。本日の埋設作業は、この便で最後です。"N号"が帰還した後は整備作業をお願いします』


「了解しました」


 応答して、ディーンはほっと息をついた。


「今日の分はお終いですか?」


 鉄兜の少女が訊きに来た。


「うん、お疲れ様でした。明日もお願いできるかな? 都合が悪ければ、誰かに引き継ぎをしておいて欲しいんだけど」


「大丈夫です。明日も、私達3人で来ます」


「助かるよ・・これで、まだ十分の一も終わってないんだ」


 ディーンは工程表を眺めながら苦笑した。


「そ、そのっ・・私達も、その内、運転できたりします?」


「"N号"を? ああ、良いかもしれない。少し訓練は必要だけど、本気でやるなら許可を貰うよ? あの人、中途半端を嫌うから・・やるなら、この作業が終わるまで辞められなくなっちゃうけど?」


「ぜひ、お願いします! ああいうの、夢だったんです!」


 鉄兜の少女が目を輝かせる。


「真っ暗で何も見えないらしいけどね」


 ディーンは笑いながら、壁に貼られた世界地図を見た。


 世界地図の上に、びっしりと赤い待ち針が刺してある。大きな針が刺さった場所は、高レベルの大型魔獣だ。

 このムジェリ製魔物発生器の優れているところは、発生した魔物の行動範囲を定められる点にある。しかも、それぞれの魔物に合わせて範囲を指定できる。

 正しく、迷宮内に発生する魔物の再現であった。


「その大将さんは、何をするつもりなんですか?」


 不意に、鉄兜の少女が訊いてきた。


「大将さんって?」


「あ・・うちのヘッドが・・ああ、この前やっと"竜の巣"に入れて貰えたんですけど、そこのヘッドの人が、そう呼んでるんです」


「竜の・・ああ、アレクさんの? 大将って、そんな呼び方しているのはアレクさんだけだよ」


「そうなんですか?」


「名前は、シュン。主神様の使徒で輪廻の女神様の神聖騎士アークナイト 、アリテシア教の教祖、ムジェリの友、迷宮管理者・・陰で破壊神とか呼んでる子もいるけど、まあ、間違ってはいないね」


 ディーンは指示板を元の位置に置いて角度を確かめながら言った。性格的に、物を決まった位置に置かないと落ち着かない。


「世界を迷宮にすると言ってたよ?」


「世界を・・世界って、外の・・全部を迷宮にするんですか?」


「各地の迷宮と、このマーブル迷宮を街道で結び、要所要所に神殿町という安全ゾーンを点在させる。それから、迷宮と同じようにポップする魔物を配置する。斃せば、ドロップ品も出る。まあ、ほとんどは低層階の魔物だけだから、それほど貴重な品は出ないけどね。それから、大陸間は霊気機関で動く船で安全に航行できるようにして・・」


 ディーンは、ユアとユナから聞かされた"異世界ファンタジーパーク"構想について語り始めた。


 シュンの迷宮化構想を聞いたユアとユナが少し暴走気味に夢を膨らませて、あれこれ盛り込んでいるらしい。

 空を飛ぶドラゴン便も就航させる予定だとか・・。


「えっと・・そのシュンという人は神様なんですか? 世界を変えちゃうって、凄すぎですよ」


「う~ん・・種としては人間らしいよ?」


 自信無さそうに言って、ディーンは笑った。


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