第128話 聖女の涙


 床板でも抜けるようにして町ごと地面が崩落して落ちていき、代わりに下から風変わりな館がせり上がってきた。


「銭湯でゴザル」


「レトロでゴザル」


 双子の感想が聞こえる。


「せんとう?」


 シュンの知らない単語だ。


「お金を払ってお風呂に入る場所」


「泳げる大きなお風呂」


 双子が両手を広げて大きいことを伝える。


「・・なるほど、そういった場所を銭湯というのか」


 シュンの育った町には無かったが、王都などに行けばあるかもしれない。水汲みの苦労、お湯を沸かす労力を考えれば、小銭を払って風呂に入る方が良いと考える者は多いだろう。聴けば、沐浴もくよくではなく、ちゃんと湯を入れた大風呂があるそうだ。


「ふうむ、銭湯・・」


「誰か出て来る!」


 ミリアムが鋭く注意を促した。


「・・女?」


 シュンはVSSの照準器ごしに、綺麗に整った美しい顔を見た。ほぼ同時に引き金を絞っている。

 距離は250メートル足らずだ。眼と眼の間に銃弾が撃ち込まれて、女の顔が真後ろへ弾かれた。破片らしき白いものと、銀色の体液が飛び散った。


「人形か」


 続けて、胸元と腹部へ5発ずつ撃ち込むと女が仰向けに倒れた。シュンは、わずかに様子を見てから、倒れた女めがけ数十発を連射で撃ち込んだ。


(・・89発)


 もちろん、アタッチ付きでの弾数だ。これまでに撃ち斃した人形は7発程度で砂になっていた。


(人形の程度が上がったのか)


 砂になって崩れ始めた女を照準器で見ながら、シュンはドロップ品を探した。やはりと言うべきか、これまでの人形達と同様、何のドロップ品も遺していなかった。


「シュン様、ユアさんとユナさんが交戦を!」


 ロシータが上空を指さした。


 飛翔する羽根付きの人形8体と自称"大空の支配者"が空中を飛び交いながら銃撃戦を始めていた。


「空はあの2人に任せて、周囲を警戒しろ」


 シュンは銭湯の周囲へ目を向けた。

 先ほどと似通った女人形が続々と外へ出て来ていた。

 シュンはVSSで狙いをつけた。


「撃て」


 ロシータ達に声をかけながら、シュンは引き金を絞った。わずかに遅れてロシータのM240Gが火を噴き始める。


「カーミュ、ユアとユナを援護しろ」


『はいです!』


 白翼の美少年が姿を現すなり、勢い良く舞い上がって空の戦いに参戦する。


「防御は俺がやる。護りは気にせず、撃てるだけ撃て!」


 シュンはロシータ達に指示しながら、流れるように銃口を移動させて人形の頭部を撃ち抜いていった。


「霧隠れ」


 レギオンに参加しているミリアム、ロシータ達にもシュンの水魔法が付与されていった。


『シュン様、脱出します』


 "護耳の神珠"に、サヤリの声が届いた。囚われている誰かに危難が迫ったのだろう。


「よし・・」


 シュンはアルマドラ・ナイトを銭湯めがけて突進させた。


「水楯・・水渦弾!」


 正面に向けて攻撃を集中しながら銭湯の建屋を粉砕する。正面に居た人形達が左右へ別れて避けた。その間へ、アルマドラ・ナイトを突入させる。


「テンタクル・ウィップ」


 周囲から包み込もうとする人形達を黒い触手で巻き取るなり、地面へ叩きつける。手足が千切れ飛ぶ人形めがけて、ミリアムやロシータが銃弾を浴びせた。


「ここで待機」


 言い置いて、シュンは破砕した銭湯の壁の穴へ跳び込んだ。直後、足場の感じられない闇に飲まれる。銭湯の建物には床が無く、何も見えない空洞になっていた。


 だが、闇はシュンの枷にならない。あるはずの無い床を足場に、"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を一閃する。

 たったそれだけで、濃密に周囲を包んでいた闇が斬り払われて深い縦穴が出現した。円筒形をした筒状の縦穴だ。


 シュンはテンタクル・ウィップを水平方向へ伸ばして縦穴の壁を貫き、落下する体を止めた。


(・・風魔法か?)


 黒い触手によって宙空に停止したシュンめがけ、今度は縦穴の底から高圧の空気が噴き上がってきた。


「水楯」


 水楯を展張し、縦穴に封をする。二重、三重に水楯を重ねたところへ、激しい衝撃が突き上げてきた。

 圧縮された空気が円筒形の縦穴で塞き止められ、行き場を失って高熱を発する。


「・・そこか」


 シュンの眼が、水楯越しに人影を捉えた。


「サヤリ!」


 "護耳の神珠"で呼び掛けながら、シュンは瞬間移動を行った。


 サヤリが見知らぬ少女2人を左右に抱えて宙を跳んでいた。いくつものサヤリの幻影が宙空に舞っている。

 それを追って、青い肌身をした有翼の女が稲光のようなものを指から放って攻撃していた。

 無数に枝分かれした稲光がサヤリの幻影を貫き、薙ぎ払い、次々に消していく。

 さらにもう一体、同じく青い肌をした女が縦穴の底から上昇してくる。


「撃って良いぞ」


 シュンは"護耳の神珠"に囁きながら、サヤリを背後から抱えた。


「ぁ・・シュン様」


 サヤリが背にシュンを感じた瞬間、遙かな上方から黄金の砲弾が次々に降り注ぎ、追撃してくる青い肌身の女達を呑み込んで縦穴の底へと奔り抜けて行った。


 ぎりぎりで、シュンはサヤリ達を連れて瞬間移動で水楯の裏まで戻っている。


「ボス、下はどうなってる?」


「スコットは?」


 ユアとユナが、カーミュを伴って縦穴の中を降下してきた。


「アルマドラ・ナイト、降りてこい」


 シュンはまだ銭湯の外に居るアルマドラ・ナイトを呼んだ。すぐさま、銭湯の前で待機していたアルマドラ・ナイトが縦穴を急降下してくる。

 約5秒ほど経って、縦穴の下方で黄金の輝きが点り、激しい衝撃音が連続して轟いた。


(・・深いな)


 シュンは、サヤリと少女2人を連れて、アルマドラ・ナイトの肩へと移動した。少女2人は意識を失ったまま動かないようだ。


「この2人は"ケットシー"か?」


「はい! ネールとシャーナです」


 ロシータが安堵の表情で頷いた。


「サヤリ、他に探索者は?」


「スコットさんだけです」


「・・生きているのか?」


 シュンの問いかけに、サヤリが首を振った。


「分かりません。非常に危険な敵が近くにいて救出できませんでした」


「魔神か?」


「黒い翼のある女です。青い肌の女を召喚して使役していました」


 潜んでいるサヤリに気づいて、青い肌をした有翼の少女達を差し向けたらしい。


「スコットさんは魔憑きの可能性が高いと思います。現在のスコットさんはかなり強大な力を有しているようでした」


 サヤリが硬い表情で言った。それを聴くなり、ミリアムがシュンを見る。


「ボスさん・・いえ、シュンさん、スコットは外で生活していたなら、もうそろそろ50歳よ。十分に生きたと思うわ」


「ミリアム?」


「これほどのことをやったんだもの、もしシュンさんが見逃しても、神様は許してくれないでしょう?」


「対処は一任されている。スコットの状態を見てからだが・・」


 今にも泣き出しそうに張り詰めたミリアムの顔から視線を外し、シュンは周囲を見回した。縦穴の壁に無数の光る亀裂が入っていく。


「逃げるつもりは無いようだ」


 シュンは迫ってくる気配を感じながら、アルマドラ・ナイトを急上昇させた。


「カーミュ、助けた2人の状態は?」


『睡魔がいているです。強制的に眠らされているです』


 白翼の美少年が2人を見つめて答える。


「ユア、ユナ、この2人には魔が憑いているらしい。はらえるか?」


双子の天職は"聖女"と"教皇"だ。


「おほほ・・聖女でございますよ?」


「おほほ・・魔憑きなんかワンパンチですわ」


 ユアとユナが胸を反らして片手を口元へ当て、妙な笑い声をたてた。直後、おもむろに拳を握って少女の心臓めがけて拳を叩き込んだ。


「なんというクッション!?」


「私の拳が呑み込まれる!?」


 愕然がくぜんとしながら声を漏らした双子だったが、効果は発揮されたらしい。突き入れられた小さな拳を中心に白銀色の光がほとばしって少女達を包み込む。


「怒りと哀しみをこの胸に!」


「ティアーズ・ハンマー!」


 ユアとユナが空いている片手を上方へ挙げて宣誓した。上へ差し伸ばした2人の手の上に、大きな光り輝く金槌ハンマーが出現した。


「ギルティ!」


「ガルゲン!」


 周囲が止める間もなく、双子の金槌ハンマーが振り下ろされて、昏睡する少女の胸部を容赦なく叩いた。



ギィィィアァァァーーーーー



 いきなり断末魔の叫びが響き、少女達から黒々とした霧のようなものが噴出する。黒霧は悲鳴をあげながら、なす術なく光の中で浄化され消滅していった。


「ふっ・・つまらぬものを叩いてしまった」


「ふっ・・悔しくなんか無い」


 ユアとユナが拳を上にかざして勝利を宣言する。


「良くやった」


 シュンは2人にねぎらいの声をかけつつ、水楯を幾層にも巡らせて衝撃に備えた。周囲の光景一面に、亀裂が入って光を放ち始めている。

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