第27話 合体


<1> Shun (756/2,000exp)

 Lv:3

 HP:1,367

 MP:1,033

 SP:9,999

 EX:1/1(30min)


<2> Yua

 Lv:3

 HP:786


<3> Yuna

 Lv:3

 HP:786



 レベルは3に上がった。

 HPとMPが増加し、地力は底上げされたようだ。


 残念ながら、巨大な犬鬼は毛皮と牙の他は目立った品は落とさなかった。他の犬鬼コボルトのドロップ品も毛皮や牙、爪だ。


 念の為、追加で4周ほど、同じことをやってみたが、


「ボス、犬鬼コボルトはもう駄目」


「ボス、犬鬼コボルトは見飽きた」


 双子がお祈りをするように迫って来たので、もう止めることにした。一応、30分開けてEXの回復、VSSや手榴弾の回復を待って挑んでいるし、回を重ねるごとに手際も上がるので身の危険を感じる場面は無かったが・・。


「確かに」


 大きな犬鬼コボルトをいくらたおしても、イービル・ワームのような特別な物は手に入らないようだった。


「次は分岐を右へ行ってみよう」


 シュンのパーティはまだ地下1階、それも最初の分岐を左へ行った先の広場までしか行っていないのであった。


(まあ、成果はあった)


 シュンのEXで現れる巨大な蚊が敵を刺すと、敵は麻痺か、毒か、その両方に冒される。そして、シュンの身体が光る30秒間は、すべての攻撃が999ポイントになるのだった。

 相手が動き回って紅い光の照射範囲から出てしまうと、巨大蚊が舞い降りて来ないで失敗に終わり、30分間は再使用ができない。


 これが分かっただけでも犬鬼コボルト広場の周回は無駄では無かった。

 シュンはそう思っている。

 難点は、犬鬼コボルトのドロップする物がとても安価だという事ぐらいか。


「洞窟の進み方は分かって来たし、明日以降はもうちょっと足を伸ばしてみよう」


「賛成」


「異議無し」


 双子が勇んで手を挙げる。犬鬼コボルト部屋には飽き飽きしていると全身で語っている。


「今日のところは、ここまでかな」


 犬鬼コボルト部屋の周回を5回やったので、宿泊代、食事代以上の収入にはなっている。

 まだ夕暮れ前だったが、この辺で休憩しておいた方が良いだろう。


 レベルだけでなく、練度も色々と上がったようだ。

 宿でゆっくりと確認しておきたい。


「食事はもう出せる?」


 宿に着くなり訊いてみると、大丈夫だと羽根妖精が言った。それなら食堂で食べてから部屋に戻ろうと考え、


(便所に行っておくか)


 中の時間は止まっているので待たせる事は無い。用を足すだけでなく、清潔な流水を使って手洗いも出来る。シュンは、気軽な気持ちで扉を出現させて中へ入った。途端、ぎょっと眼を見開いて立ち尽くした。


(こっ、こ、これはっ!?)


 シュンは身が震えるような歓喜に叫び出しそうになり、大急ぎで扉から外へ出た。


「重大なしらせがある!」


 シュンは、怖いくらいの興奮顔でユア、ユナを見た。


「何事?」


「事件?」


 双子がやや疲れのにじんだ顔を向けた。


「中に風呂場が増えた!」


 シュンは興奮顔のまま言った。

 しばらく意味が分からない顔をしていた双子だったが・・。


「風呂だ。ユア、ユナ! 中に、増えたんだ!」


 シュンに言われて、ようやく意味を理解したらしい。

 みるみる表情を改めて、大急ぎで扉を出現させ、中へ飛び込む。すぐに興奮顔で飛び出してきた。


「ユナ!」


「ユア!」


 双子が手を打ち合わせて喜ぶ。


「風呂が自由に入れないことだけが不安だったが、これでもう何も恐れることは無くなった」


 シュンはほうっと息をついた。


「長風呂できる!」


「時間制限なし!」


 双子も拳を突き上げて大喜びだ。


「今日は反省会は無しだ。食事が終わったら、部屋に戻って解散。自由時間とするっ!」


 シュンはきっぱりと言った。戦闘の反省会など後で良い! もう、風呂を楽しむしか無い!


「男前っ!」


「凛々しい!」


 双子にも異論は無いようだ。


 運ばれてきた食事をテキパキと口へ放り込み、シュンと双子はいそいそと宿の3階まで上がった。それぞれ部屋に入る前に、互いに頷き合って健闘を誓い合った。


「さて・・」


 部屋の施錠がされたことを確かめて、シュンは扉を出現させて中へ入った。

 ガラスのような板で便所と区切られ、湯船のある風呂場がある。実に素晴らしい光景だった。


 例によって使用方法が色々と複雑だったが、すぐに理解した。情熱と欲求を前に、少々のカラクリなど意味をなさない。捻ったらお湯でも冷水でも出してくれる魔導具、下げれば下の筒から、上げれば上に在る小穴が開いた円盤からお湯か水を出す魔導具。

 つるんとして材質がよく分からない清潔な湯船。


「・・素晴らしい」


 栓をして熱いお湯を張りながら、シュンはうっとりと熱い湯が溜まる様子に見とれていた。

 これからは、迷宮だろうと町中だろうと、どこでもお風呂に入れるのだ。もう、高い宿を探す必要は無い。


 これからは、何のうれいも無く迷宮の攻略に挑める。

 常に清潔な水洗の便所と、いつでも熱いお湯が張れる風呂。

 この2つをいつでも、どこでも、安全に時間を掛けずに利用できるのだから。

双子も言っていたが、どんなに長湯をしても外で誰かを待たせる事は無い。


 導具屋に売っていた幻視天幕という魔導具は、迷宮内で用を足す時に周りから見えなくするための目眩ましらしい。迷宮に挑む者なら誰でも買って行くのだと店主が言っていた。

 だが、シュン達には要らない。

 安心して、ゆっくりと過ごせる便所&風呂があるのだから!


「おぉふぅぅ・・」


 久しぶりの冷めていない熱い湯に浸かりながら、シュンは思わず声を漏らしていた。湯船の底に腰掛けるだけで、襟足まで・・いや、後頭部の髪まで熱い湯に浸かるのだ。身を反らせたり、外へ足を出して上半身を湯に浸けたり、そんな涙ぐましい努力は必要ないっ!


 何という至福か!


 湯船の脇に置かれた3つの水筒のような物には、身体を洗う薬、頭を洗う薬が入っている。便所に備え付けの紙筒と同じく、風呂場に薬が備え付けてあるのだった。


(あぁ・・最高だ)


 これで明日から頑張れる。薄暗い洞窟にも耐えられる。この中に滞在中はMPを消費し続けるのだが、3分間に1減るだけだ。今のシュンなら16時間以上も居続けることが可能だった。


 次からは、飲み物を持ち込んだりして、楽しみ方を増やしても良いか。


(神様、感謝致します)


 シュンはうっとりと眼を閉じつつ、少年の姿をした神様に祈りを捧げた。

 迷宮は原住民であるシュンには厳しい場所だったが、このお風呂があるだけで救われる。


 身体を洗い、また湯を張り直して浸かり、ゆっくりと堪能してからシュンは外に出た。


 泉聖女の肌衣だけを身につけ、騎士服は手に持っている。泉聖女の肌衣は名称はともかく、ピタリと身体に張り付いた青い下着で、下衣は半ズボンより短い作りで、上衣は半袖だった。汗などで湿るのも一瞬で、すぐにサラリと乾くし、何より汚れないのが有り難い。

 これは鎧や騎士服も同じなのだが、魔物の返り血や体液など浴びても、たちまち清浄になり汚れが消え去る。防具屋の女が言う通り、お金で買える最上の装備だった。


 扉を消して寝台に倒れこむと、ふわりと身体が沈む感触を楽しんだ。


(・・そうだ。"護耳の神珠"をつけておかないと・・)


 部屋の中から互いに連絡を取り合う事ができるから、部屋に別れた後はつけておいて欲しいと双子に頼まれたのだった。

 紋章の刺青に触れつつ、シュンは微睡まどろんでいた。


 少し寝ていたのだろう。誰かに呼ばれた気がして、シュンは眼を開いた。すっかり陽が沈んで部屋が真っ暗になっている。


『ボス、応答セヨ~』


『ボス、起きてますか~』


 "護耳の神珠"から双子の声が聴こえていた。


「・・少し寝ていた。どうした?」


 シュンは寝台から起き上がると、火皿の上に少量の獣脂を垂らし、火打ち石を打った。小さく火が着いたところへ、蝋燭を寄せて火を移す。


『新しい技能スキルが発生した』


『お披露目したい』


技能スキル・・宿の中では危なくないか?」


『大丈夫』


『平和的』


「そうか。それなら・・そっちに行けば良いのか?」


『お待ちしてます』


『お早いお越しを』


 双子の声に笑いが含まれている。何やら悪戯を思い付いたのかもしれない。念のため、シュンは騎士服を着て短刀を鞘のまま手に握って部屋を出た。


 今夜も他に客が居ないらしく、宿が静まり返っている。廊下を挟んで向かいの扉の前に立ち軽く叩くと、カチッ・・と解錠されて扉が開かれた。蝋燭の灯りが廊下に漏れ出る。


「ユ・・あ?」


 双子に声を掛けようとして、シュンは軽く息を呑み、すぐさま短刀を手に部屋へ踏み込んだ。


 窓際に、女が1人立っていた。シュンと同じ歳くらいの長い黒髪をした少女だった。双子と同じ騎士服を身につけている。

 ユアとユナの姿が見当たらない!?


「ユア、ユナ!」


 まさかと思いながら、備え付けの便所がある引き戸の方へ声を掛ける。2人が宿の便所を使うはずは無いが・・。


「ここです。私ですよ」


 窓辺の少女が笑みを浮かべてた。


「・・2人をどこへやった?」


 一刻を争う状況下にあるかもしれない。シュンは目の前の少女から力尽くで話を聞き出し事にした。鞘ごと握った短刀を身体の横へ、ゆっくりと部屋の中へ踏み出す。


「ちょっ・・ちょっと待って! 私です! 私が・・ユアでユナです!」


「何を言っている? 2人をどこへやった?」


 シュンはさらに距離を詰めて自分の間合いへ少女を捉えた。この距離なら、どういう動きを取っても逃がさない。


「ですから、新技だって言ったじゃないですか!」


「・・新技?」


「合体しちゃいました! ユアとユナは一卵性双生児! もしも、双子じゃなかったら~バージョンです! 迷宮に入る時に、神様にお願いしたんですよ!」


「何を・・言っているんだ?」


 シュンは困惑顔のまま、どうしようか迷ってしまった。まさか、そんな事が・・とは思うが、お人形のような端整な造形には、確かに双子の面影がある。

 全体に年齢相応に女らしい丸みを帯び、騎士服の胸元もズボンの腰周りも、十分に少女らしさを感じさせる。棒のような幼児体型から激変し過ぎだろう。


「しかし・・・だが、本当なのか?」


「私も、お風呂で鏡を見てそう思いました。栄養が二つに分けられていたんだと・・ああ、この姿はMPを消費し続けるので、まだ長い時間は無理です。いいとこ30分です」


「名前はどうなるんだ?」


 シュンが素朴な疑問を口にした。

 途端、少女がくすくすと笑い始めた。


「シュンさんらしいです。この姿を見て、名前が気になるなんて」


「いや、どう呼べば良いか・・難しいじゃないか」


「あはは、もう・・苦しい! シュンさん、最高です! ええと・・じゃあ、ユアナでお願いします!」


「ユアナ・・なるほど」


 シュンは頷いた。見事な名前の融合だ。

 そんなシュンの生真面目な顔を見て、またユアナがくすくすと笑い始めた。


「なかなか、実験する機会が無くて・・ちゃんと融合できたから、報告しようと思って呼びました。起こしちゃったみたいで御免なさい」


「・・うん、だいぶ驚かされたけど、言われてみれば・・お前たちなんだな」


 艶やかな濡れたような黒髪や、大きな黒い瞳も、白磁のような肌色も・・。


「そういう訳で、そろそろMPの残量が怪しくなってきました。これ、融合が解けると、生まれたままの姿になっちゃうのでお引き取りくださいませ」


 ユアナがスカートでも摘むように、細身のズボンを摘んでお辞儀をした。


「ああ・・おやすみ」


 シュンは苦笑しつつ、軽く手をあげて部屋を後にした。


(神様は・・何でもありだな)


 シュンは自室に戻ると、混乱の残る頭を軽く振って、そのまま寝台に倒れこんだ。

 実に驚きの多い1日だった。


(とりあえず、今夜はもう寝よう)


 シュンは総てを忘れて眠ることにした。




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6月11日、読者様からご指摘あり、お風呂の消費MPを修正しました。

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