第66話 神様、諦める!

『・・・まあ、今回だけは、迷宮人に罪があったね』


 っと膨れっ面をした少年神が姿を現していた。


「いきなり、どうしたんです?」


 創作魔法でMP回復薬などを作ってから就寝しようと寝台に横になったところだった。


『死国のおばちゃんが怖くってさ。すんごい剣幕で呼びつけられたんだよねぇ』


「・・ああ、カーミュの件ですね? 迷宮人が偽の命を対価にしたとか」


『そうなんだよぉ~、もう、鬼の形相で・・元から鬼みたいなんだけど・・ずうっと怒鳴り続けでさぁ、やっと解放されたとこなんだ』


「それは災難でしたね」


『本当に、ひどいとばっちりさ・・・なんだって、あんな事やったんだか』


「ああいう術がある事すら知りませんでしたが・・迷宮人はどこかで魔法を学んでいるんですか?」


『う~ん・・死霊術師ネクロマンサーでも紛れていたかなぁ? でも、みんな元は孤児なんだけどなぁ?』


「となると、迷宮の中で何かから学んだ事になりますね」


『そうだね。その通りだ・・これは、誰かルール破りをやったかも』


「ルール破り?」


『町とかで迷宮外の商人なんかと取り引きできるでしょ?』


「はい」


『対価に、魔術の知識なんかを仕入れたり・・本や魔導具を持ち込んだのかも知れない』


「それは禁止なんですか?」


『禁止事項だね。迷宮内での取り引きにおいては対価は何でも良い。でも、外との取り引きは聖印の貨幣以外は認められません』


「なるほど・・」


『まあ、それは取り引き記録を調べてみるとして・・ええと、死国の女王さんが怒り狂っていらっしゃるので、び出されちゃった魂を救済しなくちゃいけないんだ』


「カーミュを?」


『うん、そう・・って言っても存在がルール違反だから野放しには出来ない。なので、君の保護下に置くということで死国には納得して貰ったのさ』


「・・は?」


『だって他のパーティとかに任せられないでしょ?』


「えっと・・普通に死者の国にかえしてあげれば良いのでは?」


『蘇っちゃったんだよ。生者の魂として。また殺すとか可哀相でしょ? 死国のおばちゃんがぶち切れるよ? 君、頭から丸かじりにされるよ?』


「それは困ります」


『でしょ? おばちゃんが暴れたらボクでも手に負えないからね?』


「・・うちのパーティより、もっと高レベルのパーティがいくらでもあるでしょう?」


『ボクもそう言ったのさ。君の所はヤバイってね。90日間、休み無く魔物と戦わせられるブラックだぞって言ったんだよ? なのに、カーミュが君の事を気に入っているみたいだから良いって言うんだよ』


「はぁ・・それは、ええと・・うちのメンバーに危険な事が起きませんか? あの大きな髑髏ドクロなんですよね?」


『違うよ。あれは巨人の頭蓋骨。ああ、ボクが迷宮人にあげたんだけどね。迷宮人が死霊術の材料に使用したから、あんな形で顕現けんげんしちゃっただけさ』


「巨人の・・」


『死国の女王が言うには、地獄狐と闇沼の乙女の間に生まれた子なんだって』


「えっと・・つまり、人では無い?」


『そうだね。まったく人間成分は入って無いね。でも、心配しないで。ボクが介添かいぞえする以上は魔物にはならないよ。問題はカーミュを入れる肉体の方なんだよね』


「元の姿には?」


『なれないねぇ・・あれは人間には刺激が強すぎて、見ただけで死んじゃう人が続出すると思うんだよ。そもそも、本当は生き物として存在させる訳にはいかない。死の国の規則に違反しちゃうからね。でも事情が事情だから、霊としてなら、ぎりぎり理屈が立つという事になった』


「・・何か決まり事があるんですね」


『そういう訳で、シュン君をカーミュ君の住処にしちゃおう。食べ物は君のSPだから丁度良いでしょ』


「は?」


『女王さんにはゆるしを貰ったから、安心してくれたまえよ』


「俺は・・私はどうなるんです?」


『どうにも変わらないよ?今までのまんまさ。霊として憑くだけだから』


 少年神がにたりと目尻を下げた。


『ああ、ジェルミーに似た感じだね。肉体は無くて、精霊のような見た目になるよ』


「精霊・・」


『存在格はまったく違うけど、そうだね・・守護霊が宿ったようなものだと想像してみて』


「カーミュは精霊なのですか?」


『違うよ。でも、今の存在格は精霊に近いって言うだけさ』


「私には害は無いのですね?ユアやユナにも?」


『もちろん無いよ。むしろ、悪疫から君の身体を守ってくれるんじゃない?』


「・・分かりました」


『それで良いかな、カーミュ君?』


『ありがとうです』


『君の好きなようにさせろって死国のおばちゃんに脅され・・頼まれてるからね~。あぁ、でも、カーミュ君が活動できるのは、そこのシュン君が生きている間だけだからね?さすがに永遠にって訳にはいかないよ?シュン君から100メートルくらいしか離れられないし・・』


 少年神が念を押すように確認した。


『わかったです』


『それから、宿主のシュン君が死んで君が死国へ戻るまでは、神族のすえに属してもらうよ。限りなく天使に近い・・でも天使じゃない微妙な存在だ』


『カーミュは何をするです?』


『それは、シュン君にいてよ。死国のおばちゃんも、そこまで細かくは言って無かったし・・ボクは口出しするなって釘を何百本も刺されたんだから』


『わかったです。カーミュのご主人はシュンなのです。カーミュは守護霊としてご主人に力を貸すです』


『ええと、長生きしているんだし、人間の事も少しは理解しているでしょ?』


 少年神がいた。


『死国に人間や妖精の友達がいたです。だいたい把握してるです』


『ふうん、なら良いかな。まあ、迷宮についての知識は頭にり込んでおいてあげるよ』


『わかったです』


『では・・死国の女王の申し出を受け入れて、カーミュの霊魂をシュン君の心臓に宿そう』


 少年神が両手を前に突き出してシュンの身体を黄金色の光で包み込んだ。カーミュが収まっていた紅い珠が液状に溶けて拡がり、シュンの中に吸い込まれて行った。光がしずまると、紅い玉は無くなっていた。



<1> Shun (1,031,640/1,950,000exp)

 Lv:17

 HP:59,250

 MP:52,286

 SP:880,000

 EX:1/1(30min)


<2> Yua

 Lv:17

 HP:27,880


<3> Yuna

 Lv:17

 HP:27,880



(ジェルミーと一緒で、ステータスに表示されないんだな)


 シュンは左手の甲に浮かび上がったステータス表示を見ながら小さく息を吐いた。もう何が何やら・・。


『さて・・』


 少年神がシュンの方へ近付いて来た。


『双子ちゃんには事情を伝えておくけど、それ以外にはカーミュ君の事情を口外しないでね。ああ、精霊を使役する術者というのは別に珍しくないから秘密にしなくて良い。街中で出しっ放しにしている術者だって居るくらいだ。カーミュ君がふわふわしていても大した騒ぎにはならないよ』


「はい」


『わかったです』


 シュンの中でカーミュの声がする。


『カーミュの力を使うとSPを消費するです。MPじゃないです』


「了解した」


『ああそうだ。シュン君、迷宮戦が終わったら自由にやって良いよ』


 少年神が言った。


「自由に?」


『テンタクル・ウィップも大魔法も何でもありさ』


「良いんですか?」


『カーミュ君を宿した時点でもうね。ボクが色々と制限したせいでシュン君が死んじゃったりしたら、死国が反乱を起こしちゃうから』


 少年神がどこか遠い眼差しをしながら苦笑した。


「では遠慮無く」


 自由にやれるというのは嬉しい事だ。経験値を稼ぐためというより、面白い素材を集めるために、もう少しじっくりとした狩りを行いたいと思っていた。


「そう言えば、創作魔法を使っていると、異邦のお菓子が混じるのですが?」


 疑問に思っていた事を訊いてみる。


『あっ、あれね? 面白いでしょ? ボクが考えたんだよ』


「そうでしたか」


 できれば、そういうのは出て欲しく無いのだが・・。


『お菓子だけじゃ無いでしょ?稀少レア武具を引き当てたでしょ?』


「あの大剣は稀少武器?」


 毛むくじゃらの怪腕が掴んでいた大剣は、今はシュンの武器になっている。


『そういうこと。あの剣は魔属性の生き物に特効だからね。鬼王が隠し持っていた宝剣なんだ。それに、双子ちゃんの大好きなチョコレートとか、ここの世界じゃどんなに大金を積んでも手に入らないよ?名付けて創作ルーレット!・・まあ、これを体験できてるのって君ぐらいだけど』


「そうなんですね」


『ポイポイ・ステッキがあるから何年でも保存しておけるし、あの異邦のお菓子には隠し効果で、異邦人の精神を癒やしたり、気分を高揚させたりする働きがあるんだ』


「なるほど・・」


 確かにユアとユナの喜び方は凄かった。


『パーティメンバーに異邦人が居る場合にしか発現しない隠し要素だし、そもそも"当たり"ルーレットが回るのなんて、よほど練度が高くて幸運値が高くないと無理なんだけど・・君は低確率な隠し要素を次々に引き当てるよね』


 水玉ズボンのポケットに手を入れたまま、少年神がふわりと浮かび上がった。


『さてと・・もうすぐ迷宮戦も終了かな。今年はどうやっても異邦人側の勝利だね。迷宮人がごっそりレベルダウンしちゃって気持ちが折れちゃった。禁忌の魔法まで使ったのにられちゃったし・・ああ、髑髏ドクロ戦の経験値はちゃんと君達に加算しておくから。あれは迷宮人側にペナルティだ。それと、君達が集めた宝珠はお金で買い取ってあげる』


「ありがとうございます」


『今回は異邦人にも迷宮人にも活きが良いのが多いから楽しめたよ』


 少年神が満足そうに頷きつつ軽く手を振った。

 分厚い書物がシュンの目の前に落ちて来た。思わず掴み取ると、


『死国の女王様からの贈り物だ。カーミュ君をよろしくってさ』


「・・贈り物?」


 シュンは本を見た。表紙にベルトが付いていて鍵を挿さないと開かないようだが?


『カーミュ君なら開けるそうだよ?』


「そうなのか?」


『それはヒュプラコンの遺書なのです』


 カーミュが言った。


「遺書?」


 思わず顔をしかめたシュンの前に少年神が降りて来た。


『異邦人に殺された原住民は迷宮人になり、今度は異邦人を狩るための存在になる。異邦人をたくさん狩ってレベルが上がった迷宮人はどうなると思う?』


「・・分かりません」


『転生するのさ』


「転生?」


『異邦人でも迷宮人でも無い、もちろん原住民とも違う民として生まれ変わるんだよ』


「それが・・転生?」


『転生だけが、原住民が迷宮を生き延びる唯一の道筋・・・だったんだけどね。誰かさんが例外を作りまくっているから唯一とは言えなくなっちゃった』


 定期的に行われる迷宮戦は、迷宮人にとって色々と有利な仕掛けが多く、転生をめざす迷宮人にとっては大きく経験値を稼ぐ場になるらしい。


「・・なるほど、そういう仕組みだったんですね」


 シュンは静かに頷いた。


「迷宮人が転生をすると、どういう民になるのでしょう?」


『アルヴィ・・ああ、君達には闇妖精って呼ばれてるね。国によっては討伐対象だけど、普通に民として暮らせる国もある。積極的に徴用したがる国の方が多いかな』


「闇妖精・・アルヴィ」


『その"ヒュプラコンの遺書"は、アルヴィになった原住民・・ヒュプラコンが製作した魔導具をどれか一つだけ手に入れられる召喚書だね。一度きりしか使えない』


 少年神が、シュンの手にしている分厚い本を指さした。


『書を開くです?』


 カーミュの声が訊いてくる。


「やってくれ」


 シュンが頷くと、いきなり目の前に白い大きな翼の生えた綺麗な顔立ちの少年が現れた。どうやらカーミュの守護霊としての姿らしい。銀糸で飾られた白衣を纏った5歳くらいの美麗な少年がシュンを見て丁寧にお辞儀をすると、書に手を伸ばして指で触れた。途端、ヒュプラコンの書が光の粒となって書が消えて、シュンの手元に銀縁の眼鏡が落ちて来た。


「これは・・?」


『おっと査定眼鏡だね。妙なのが出たじゃん。掛けてごらんよ』


 少年神に言われて、シュンは銀縁眼鏡を掛けてみた。


『使い方が頭に入ってくるでしょ? この世で売買されている総てのものを査定するアイテムさ。君が居る場所での実際の取引の値段が、最高値、平均値、最安値が表示されるよ。おまけに、君が訪問した事のある場所での値段まで比較表示してくれる』


「・・商人が欲しがるでしょうね」


 凄い物なのだろうが、シュンにとっては微妙な性能のようだ。


『死国の女王さんに感謝しなよ。ぶっちゃけ、そんな良い物、どんな大金持ちになっても買えないからね。あのムジェリ達だって製作できなかったんだから。ヒュプラコンってのは、一種の天才だったからね』


「カーミュ・・女王様にどうやってお礼を伝えれば良い?」


 シュンは美麗な少年に訊ねた。よく見ると、白翼の少年の小柄な身体は向こう側が透けて見えていた。


『訊いてみるです』


 カーミュが答える。


「頼むよ」


『リビング・ナイトに、ジェルミーに、カーミュ・・益々デタラメになって来たね』


「・・自由にやって良いんですよね?」


『もうね。うるさいことは言わないよ。考えてみたら、君ってルール違反とかやってないし、ぶっちゃけ今さら対策とか面倒だし、変にいじったら迷宮のあちこちに不具合出そうだからね』


「良かったです。この先どうするべきか迷っていたので」


 シュンは安堵の息をついた。何が良くて何が駄目なのか、すっかり混乱してしまっていたのだ。禁じ手が無いのならば、各階を周回しながら高層の魔物を出現させて狩り、ゆっくりと練度とレベルを上げて行けば良い。


『うむ。では少年よ、せいぜい長生きしてくれたまえ!』


 少年の姿をした神がひらひらと手を振った。

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