第282話 呪いの代償
やめろぉぉぉーー・・
荒れ狂う海上に、スコットの絶叫が響き渡った。
何度目になるだろう。テンタクル・ウィップで首を拘束されて泣き叫ぶスコットの腹部に、"
ぎゃぁぁぁぁーー・・
ひとしきり苦鳴を放ってから、スコットが静かになった。四肢を順番に斬られ、最後に腹部を貫かれるのだ。ただし、死ぬ直前ぎりぎりのところで"
スコットが申し入れ、シュンが受けた決闘だった。
シュンの攻撃で陸地が崩壊して海になり、猛毒と酸を浴びた魚類や魔物の死骸が無数に浮かんでいる。
その海面の上で、何度も何度もスコットが死に続けていた。
『シュン様、解析が終わりました』
シュンの"護耳の神珠"にグラーレから連絡が入った。
絶命しかかったスコットをテンタクル・ウィップで吊り下げ、肉体の再生を待っているところである。
何度か繰り返したためかスコットの再生力が落ちてしまい、意識が戻るまでに20分近い時間を必要とするようになっていた。
再生を待つ間、シュンは創作の魔法陣を展開して秘薬の合成をやっている。自白用の強力な秘薬を創作していた。どういう副作用が起こるか分からないため、自白薬を使う前に、質問事項を絞り込んでおきたいところだ。
『幾重にも効果を重ねた・・重ねようとして失敗をした魔導具でした』
ケイナに異変をもたらしただろう魔導具を、グラーレがムジェリと一緒に解析していたのだ。
「効果は何だ?」
『呪の紋章を刻んだ対象から能力を吸収して、別の対象へ付与するものです』
「そんな高度な魔導具とは思えなかったが?」
シュンは、首を傾げた。
『はい。この魔導具は契約書のような物ですね。この魔導具を起動させ、奇跡の・・と言って良いかどうか、特別な力を発現させるために、対価を設定し、その対価を吸って、契約を交わした相手へ送る・・そのための道具です』
「魔法陣のようだな」
シュンは呟いた。
グラーレの説明を聴く限り、魔導具と言うよりも、魔法陣の容れ物のようだった。
『種別としては、呪陣です』
「呪の陣か。効果を重ねたというのは?」
シュンは訊ねた。
ケイナから何を奪い、誰に与えたのか。
『対価が複数・・神聖力と霊力、命力の3つに設定されています』
グラーレが答える。
「ケイナの魔法器官が損傷していたのは・・」
『神聖力を奪われる過程で損傷したのでしょう』
神聖魔法を使う能力を奪うために、魔力を知覚して操作する霊的な器官を強奪する、強力な呪陣が刻まれていたらしい。
「・・他の魔法力では無く、神聖力を奪うことを狙った呪陣なのか?」
『はい』
「霊魂の方はどうだ?」
訊ねるシュンの声が硬い。
『霊力を吸うための呪が、ケイナ殿の霊魂を奪ってしまったのです。ただ、霊魂の行き先が死の国になってしまったのは、これを仕掛けた者にとっては想定外でしょう』
呪陣では、対価として差し出す相手が別に設定してあったらしいが、呪陣が未熟だったために、ケイナの霊魂が死の国へ行ってしまった。おかげで、死の国の女王によって異常を感知され、ケイナの霊魂は保護されたのだ。
「・・命力も同様か?」
『肉体を損傷させています』
「酷いな」
シュンの眉間に皺が寄った。
「毒は?」
魔導具は水や土に毒を染みさせていた。
『呪陣の効果が弱まるにつれ、毒を出しながら魔導具そのものを溶解させるようです。あのまま放置していれば、やがて形を失って土に還っていたでしょう』
グラーレが言った。
「つまり、呪の対象・・ケイナから吸い上げる物が減ったために、魔導具が毒を出しながら壊れ始めたのか」
『呪陣の対象は、ケイナ殿だけではありません。館で発見された全員に呪の紋章が刻まれていました』
"ケットシー"のメンバーが治療しながら全員の身体を調べていた。
「村の住人は?」
『呪の紋はありません。毒を嫌ってあの土地に魔王種が寄り付かなくなったため、流浪の民が寄り集まったのではないかと・・これはアオイ殿の推察です』
「なるほど・・」
シュンは厳しい表情のまま、少し思考を落ち着けた。
「EX・・は、分かるか?」
マーブル主神が創った、グラーレの世界には存在しない技能だ。
『はい。現主神が迷宮探索者に与えた力ですね』
「魔法器官を損傷したままEX技は使えるのか?」
『ケイナ殿のEX技であれば、不完全ながら発動したと思います』
「・・そうか」
だからこそ、ケイナは館を守り抜くことが出来たのだろう。
「呪で吸い上げた力は・・スコットが吸収したのか?」
『いいえ、呪の契約相手は、アシテンラ、ズヴィル・・どちらも、かなり古い時代の文字で刻まれていました』
呪陣は"
「その名に心当たりは?」
シュン自身は知らない名ばかりだ。
『アシテンラは、宵闇の女神・・私の世界での呼び名です』
「・・ズヴィルは?」
『不明です』
「他にも神が紛れているのか?」
シュンは、ちらとスコットを見た。
手足と胴、首をテンタクル・ウィップで拘束された状態で、少しずつ再生している。
「リールが持ち帰った魔導具はどうだ?」
シュンはグラーレに訊ねた。
スコットとの戦いが始まった時、リールに指示をして地表に魔法陣を描いた尖塔を調べさせ、幾つか魔導の仕掛けや呪具らしき品をグラーレの元へ運ばせてある。
『ムジェリと手分けをして調べていますが、分解を終えた呪具には、スコットの名が刻まれています』
「スコットだけか?」
『はい』
宵闇の女神やズヴィルという名は無いらしい。この地では、吸い上げた全ての力をスコットが得ていたようだ。
「レベルについて判明した事はあるか?」
レベル300超の者が8000人というのは、シュンが護る迷宮を遙かに超えた数字だ。その全てが、スコットの
『ユキシラ殿の観測値から割り出した結果ですが、神々の迷宮が失われた状態で、レベル300超の人間を8000人育成することは不可能です』
グラーレが言った。
「どうやった?」
方法があるから存在しているのだ。
『魔物を生み出し続ける装置があり、それを討伐し続けることで短期間に育成したのだろうと推測されます。ただ、経験値を稼げるほどに強い魔物を斃すことは難しいはず』
「弱いが、経験値の多い魔物を発生させる仕掛けか?」
シュンが想定していた仮定の一つだ。もう一つは、もっと馬鹿馬鹿しく、極めて単純な方法だが・・。
『この世界の主神が創った仕組みに干渉し、
「そうなるな」
シュンは小さく頷いた。
スコットから訊き出す内容が固まってきたようだ。
『
「そうだな」
厳しい表情でシュンが頷いた時、
パンパカパ~~ン♪ ヒューヒュードンドンドン♪
荒れ狂う海上に、珍妙な楽器の音が鳴り響いた。
顔をしかめたシュンが見つめる先、創作魔法陣の上に、大量のチョコレートが出現していた。創ろうとしていた秘薬級の自白剤も完成したようだ。
『シュン様?』
「いや・・また連絡する」
シュンは、"護耳の神珠"での通話を切った。
「ユアとユナを連れて来なくて正解だったな」
感情が失せ、冷え切った双眸がスコットを映した。
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