第299話 約束


「どうだった?」


 シュンは、背後に湧いた気配に向かって声を掛けた。

 ユアとユナである。

 最近、ついに瞬間移動を覚えて、どこにでも現れるようになった。


「御館様、ご朝食に御座います」


「スープもご用意致しましたぞ」


 2人が紙で包んだパンと大ぶりなカップを差し出した。


「ああ・・ありがとう」


 シュンは、ちらとユアとユナの口元へ目を向けた。どうやら2人は食べた後らしい。


「ケイナはもう大丈夫でゴザル」


「後は時間が解決するでゴザル」


「そうか」


 シュンは、パンとスープを受け取りながら頷いた。

 ユアとユナの表情が明るい。

 無理はしていないようだ。


「・・ここが良さそうだ。第三迷宮はここに決めた」


 シュンは澄み切った青空を見上げた。

 鳥のような翼を持った飛竜が飛び交っている。先ほど、かなり大型の飛竜を仕留めて解体したため、他の飛竜が警戒して降りて来ない。

 こちらから飛んで全滅させるのは容易いが・・。


「ここは地盤が良い。おまえ達の図案にあった地下型の迷宮にしよう」


「おおっ! 正統派ダンジョン!」


「地底世界へ通じる道!」


 ユアとユナが声を上げる。


「まだ地底世界というのは造っていないが・・」


 シュンは苦笑した。


「どうせ、すぐに突破は出来ない」


「むしろ、ずっと突破出来ない」


 2人が笑う。


「それでは地底世界の住人が暇になるだろう」


 シュンは、軽く手を振り上げると地面を叩いた。

 直後に、地響きと共に、大地に巨大な縦穴が出現した。


「ここは、蟻に造らせようか」


「賛成っ!」


「雰囲気が出る!」


 ユアとユナが、魔王種を操る神具を取り出して、蟻の魔王種に集合命令を飛ばした。宵闇の女神が隠し持っていた道具だ。

 後は、ユアとユナが描いた図面をボス格に育った魔王種に渡して、縦穴を迷宮に変えてから階層毎にボスを配置すればいい。

 仕上げに、マーブル主神の神力が注がれると迷宮に命が吹き込まれる。


(・・まだ少し時間がかかるか)


 魔王種といえども、大量に集めるためには相応の時間が必要となる。


 シュンは、パンを頬張りながら底の見えない縦穴を覗き込んだ。

 ユアとユナも、穴の縁にしゃがんで下を覗く。


「この感じなら、二日とかからずに全ての迷宮が配置できるな」


 迷宮の図案は、ユアとユナが作成済みだ。そして、シュンの持つ創作の力があれば、どこにでも迷宮を出現させる事が出来る。場所の選定さえ終われば、作業そのものは簡単だった。


 シュンの天職は、"砕魂者"であり"創作者"である。

 この第三迷宮のように、わざわざ蟻の魔王種に掘らせて壁の雰囲気を出すなど考えなければ、即日にでも全ての迷宮を完成させる力を持っていた。


 ただ、今は少し時間を掛けたい気分だった。


 神界の戦いに決着をつけ、マーブル主神にとっての脅威は取り除いた。もう、迷宮を脅かす要素は皆無だ。

 もちろん、時が経てば新たな脅威が現れるのかも知れないが・・。


「ボッス?」


「お口に合わない?」


 ユアとユナが縦穴の縁にしゃがんだまま、シュンを見上げた。


「いや、美味しい」


 シュンは残っていたパンを口へ押し込んだ。

 ゆっくりと咀嚼をしながら、高空を舞う飛竜の群れを見上げる。多少の迷いはあったが、やはり2人には全てを教えておくべきだろう。


「宵闇の女神に・・幻を見せられた話をしたな?」


「うん、呪いの力」


「呪いの陣は凄かった」


 ユアとユナが頷いた。短い間とはいえ、宵闇の女神の呪はシュンを無防備な状態にさせたのだ。


「幻夢の中で、おまえ達に会って来た」


「・・へ?」


「・・なんですと?」


 2人がきょとんと目を見開く。


「何というか、気配が・・本物のように感じられて、それで話し掛けてみた」


 シュンはユアとユナを見た。


「幻と話した?」


「私達の幻と?」


 訊ねながら、ユアとユナが何かを感じたらしく表情を改めている。


「・・2人が長剣を握って俺を睨んでいた」


 シュンは笑みを浮かべた。


「さすがに無理がある」


「包丁も卒業していない」


「俺もそう言った。包丁から頑張れと」


 シュンはスープを飲み干し、カップを収納しながら地面に座った。


「そうしたら?」


「包丁に変えた?」


 ユアとユナがシュンを挟んで横に座る。


「驚いた顔をしていたな。それから、おまえ達の母親と祖母だと思う・・女性の幻と話をした。俺が一方的に話し掛けただけだが・・」


「・・お母さん?」


「・・お祖母ちゃん?」


 ユアとユナがシュンを見つめた。


「どうして?」


「どうやって?」


 幻とはいえ、シュンが見たことが無いはずの2人の母親や祖母をどうして見ることが出来たのか?


「宵闇の女神の力らしい。向こうの世界で暮らしているおまえ達や母親、祖母に因縁を繋いで幻夢を生み出した・・死の国の女王がそう説明してくれた。だから、幻であっても、まったくの無縁という事では無いのだろう」


 シュンは、死の国の女王やマーブル主神から説明された内容をそのまま2人にも語って聴かせた。


「本物が2つに分離した・・分体に近いものかも知れないな」


 シュンは、ユアとユナの肩に手を回した。2人が素直に体を預ける。


「宵闇の女神が、おまえ達と繋がっている因縁の糸を辿り、向こうの世界に居るおまえ達を見つけて幻夢にして見せた・・そういう理屈だろうとは思うが、どうして母親や祖母まで繋がったのかは分からない」


「たぶん、私達がお母さんとお祖母ちゃんに会いたいって思ってたから」


「ずっと前だけど、お母さんとお祖母ちゃんに会いたいって泣いてた」


「・・そうだったのか」


 シュンは両脇に見えている2人の頭を見た。2人は俯きがちに話している。


「寝る時に、ちょっとだけ泣いた」


「いつもじゃないよ?」


 ユアとユナが呟くように言う。


「面影から・・おまえ達の母親と祖母だろうと確信できたから、おまえ達と婚約している事を告げた」


「・・へっ?」


「・・はっ?」


 2人が両側からシュンを見上げる。


「婚約を許してくれた・・ように思うが、何しろ幻の事だからな」


「お母さん、何か言ってた?」


「お祖母ちゃんは?」


「幻だから言葉を話せないようだった。ただ、どちらも笑顔だったぞ? 向こうのユアとユナは隠れたが・・」


 シュンはほのかな笑みを浮かべた。


「・・お母さんが笑った?」


「・・お祖母ちゃんも?」


「結局、本当のところはよく分からない。死の国の女王様にも・・マーブル主神にも分からないそうだ。俺としては、例え相手が幻であっても、挨拶が出来ただけで満足だが・・」


「シュンさんだけ、ずるい!」


「私達も会いたかった!」


「そうだな」


 シュンは、小さく頷いた。その落ち着いた様子に、ユアとユナが顔を見合わせた。


「・・シュンさん?」


「もしかして・・できちゃう?」


「まだまだ時間が必要だ。向こうの世界に影響を出さず、夢の中で・・というだけなのだが、これが難しい」


 シュンは2人の肩を抱える手に力を込めた。難しいだけだ。決して不可能では無い。


「まあ、任せておけ。必ず、夢で会えるようにする。これは約束だ」


「うん!」


「ありがとう!」


 ユアとユナが左右からシュンに抱きついた。


「ちょっと顔を見るだけでいいの」


「向こうに戻れない事は納得してる」


「ああ、大丈夫だ。一度、俺自身が体験した術だ。必ず使いこなせるようになってみせる」


 そう言って、シュンは目の前に創作の魔法陣を浮かべた。


「シュンさん?」


「何を作ってる?」


「マリンによれば、チョコレートで包まれたケーキらしい」


 シュンは口元を綻ばせた。


「チョコ!」


「ケーキ!」


 ユアとユナが魔法陣の前ににじり寄った。


「無生物を写し取る事は許されているからな」


 微笑を浮かべて、シュンは魔法陣に意識を集中した。簡単な術では無い。膨大な魔力を注いで、恐ろしく繊細な糸を手繰って目当ての無生物を象る。形だけでなく、成分までも寸分違わず写し取るのだから。


 そして・・。


「ホール来たっ!」


「何という破壊力っ!」


 創作の魔法陣の上に現れたのは、チョコレートで包まれた大きなケーキに赤い小さなフルーツ、色違いのチョコレートがいっぱい飾りつけてある豪奢なケーキだった。


 ユアとユナが飛び上がらんばかりに喜ぶ。


「幻影として存在そのものを写し取り・・これを本物に変える」


 抜群の練度を誇るシュンの創作魔法でも、今はこの大きさの物が限界だ。


「マリンがニホンで適当に見つけてきたお菓子をこうやって具現化する。当面はこれで術の練度上げをするつもりだ」


 シュンは強烈に甘い匂いを漂わせるケーキから視線を外しながら言った。


「さて・・これは、しばらくおまえ達のところで止めておいてくれ」


「・・ご無体な」


「・・殺生な」


 ユアとユナが泣きそうな顔で、シュンを振り返った。


「いや、ケーキは食べて良い。創作魔法で生み出しただけだ。誰に言っても構わない。秘密にして欲しいのは、向こうの世界の人間を幻夢で見られるようになる・・その可能性についてだ」


「アイアイ」


「ラジャー」


 2人が満面の笑顔で敬礼した。即答である。すでに意識の半分以上が焦げ茶色のケーキへ注がれている。


 これは、もう何を言っても頭に入らないかな・・と、シュンにしては珍しく後悔の念が胸中を過った。


 どれも大切な事項だったが、聞かせる順番を誤ったようだった。

 これはもう、あれこれ細かな事を言っても2人の耳には入らないだろう。


「・・ユア、ユナ」


 シュンは表情を改めて2人に声を掛けた。


「イエス、ボッス?」


「何事でござるか?」


 食い入るようにチョコレートケーキを見つめていたユアとユナが、気もそぞろにシュンを振り返る。


「結婚しよう」


 シュンは結婚を申し込んだ。


「・・へっ?」


「・・はい?」


 2人がきょとんと目を見開いた。いったい、何の脈絡でそんな話になったのか分からなかったのだ。


「俺と結婚して欲しい」


 シュンは、ユアとユナを等分に見ながら言った。


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