第276話 治療
館の2階にある部屋で、ケイナを発見した。
これを見た瞬間、ユアとユナが全身から黄金光を噴き上げて部屋中を神聖光で包み込んだ。
「この館に居る者を、全員捕まえてくれ」
シュンは、マリンに言った。
「はいです~」
マリンが大急ぎで宙を駆けて行った。
ユアとユナが激怒している。治療後は、ケイナ当人は別として、他に事情を知る者から事情を問い質さなければならないだろう。
場合によっては、霊気機関車"U3号"でスコットを捕らえに行く必要がある。
シュン自身は、"ケイナが好きなように生きた結果なのだから"とは思うが・・。
「神聖魔法で癒やせない病でしょうか?」
シュンは、マーブル主神に訊ねた。
『ああ、治癒をやれる子だったの?』
「はい」
『多分、魔法を使うための器官というか・・魔法を使うための知識に障害が出ちゃったんじゃない?』
マーブル主神がケイナを見ながら言った。
「ユアとユナでも治せませんか?」
『あはは、あの2人に治せない病気は無いよ。それでも・・少し時間がかかりそうだね』
「・・そうですか」
シュンは、小さく息を吐いた。
『ねぇ、神様・・』
輪廻の女神が剣呑な表情でマーブル主神に声を掛ける。すでに、双眸が闇色に沈んでいる。
『闇ちゃん、落ち着いて。オ、オグ爺・・』
マーブル主神がオグノーズホーンに助けを求めた。
「・・闇よ。怒りは分かるが、仕置きはこの者等の仕事だろう」
『だって、許せないのよ!』
「いい加減学ばんか。おまえは、主殿の妻となったのだ。軽々しく主殿の傍を離れてはいかん」
オグノーズホーンが窘めると、輪廻の女神が我に返った顔で俯いた。
『・・神様、申し訳ありません。闇は・・冷静さを失っておりました』
『良いんだよ。闇ちゃんの優しさはボクがよく分かってる。でもね? オグ爺が言った通り、お仕置きは人間同士でやるべきだと思うよ?』
マーブル主神が、神聖光を噴き上げているユアとユナを見ながら言った。
2人の小さな身体から凄まじい圧力の神聖光が噴出し、病床のケイナの全身を光で包み込んでいた。珍しく、ユアとユナの表情に余裕が無い。
「ユキシラ、リール」
シュンは2人を呼んで廊下へ出た。
「ユキシラは、スコットの位置を精密に把握しておいてくれ。リールは、スコットの身辺に
「畏まりました」
「了解じゃ」
指示を受け、ユキシラとリールが建屋から出て行く。
この場では、ユアとユナの神聖光が強烈過ぎて他の術がまともに使えないのだった。
シュンは、"護耳の神珠"を指で押さえた。
「ロシータ」
『シュン様?』
即座に、ロシータの声が返る。
「ケイナの病気を治療中だ。少し時間がかかる。村の人間は300人ほどだが・・おそらく、半病人ばかりだろう」
『"ケットシー"の子を何人か降ろして治療を行いましょうか?』
「そうしてくれ。アオイ達"お宿"は、予定通り、ここから北にある街の巡検だ」
『了解しました』
ロシータに指示を終えると、シュンはミリアムに呼び掛けた。
『ミリアムです』
緊張した声が返る。ケイナについて、ある程度の事は予想していたのだろう。声音に打ち沈んだ感情が感じられる。
「ケイナは、病気で臥せっていた。今、ユアとユナが治療をしている。主神様が仰るには、治る病気だが少し時間がかかるそうだ」
『・・はい』
「治療を終え、事情を訊くことができるようになったら呼ぶ」
『ありがとうございます』
「それから、300名ほどが飢餓状態で弱っている」
『・・スープ状で、胃腸に負担の少ない物を用意します』
「頼む」
シュンは通話を切って部屋を見た。
いつになく険しい顔で、ユアとユナが頑張っている。マーブル主神が言ったように時間がかかっていた。
そこへ、
『かくほぉ~』
マリンが元気よく駆け戻って来た。
「あの辺りへ集めてくれ」
シュンは、廊下の窓辺に寄ると、建物の横に作られた菜園らしき場所を指差した。
『はいです~』
駆け戻った勢いそのまま、マリンがくるりと向きを変えて大急ぎで駆け去って行く。
押し退けて館に入った時に見ただけだが、女が何人かと小さな子供が居ただけだ。
シュンは窓から菜園へ跳び降りた。
すぐに、方々から水霊糸に引かれた簀巻きが集まって来る。
「・・まずは治療か」
簀巻きにされた女や子供を見て、シュンは顔をしかめた。
骨に皮が貼り付いたように痩せこけた顔に、怯え切った眼だけが動く。飢餓からくる失調か、失調してこうなったのか。皆、ずいぶんと痩せて小さい。こんな状態では、ろくに喋れないだろう。
並べられた全員に治癒薬を浴びせながら、シュンは改めて建物の様子を眺めた。
傷みの激しい建物だ。魔王種の攻撃を幾度となく受けたのだろう。経年による劣化とは異なる傷、黒く焦げた痕跡、石壁の表面は所々溶けて流れたようになっていた。それでも、壁を破られてはいないのは、ケイナのEX技で防いだのだろうか?
すでに、この周辺からは、魔王種の反応は消えている。わずかに残ってはいるが、脅威になるほどの数では無い。
シュンは、神聖光が漏れ続ける窓を見上げてから、足元に転がる10本の簀巻きを見回した。
「片足だけ糸を巻いておいてくれ」
『はいです~』
マリンがシュンの肩の上で長い尻尾を振って、簀巻き状の糸を解いていく。すでに薬は浴びせてある。少しは状態が良くなっているはずだった。
「傷は塞がったが・・体調が戻っていない?」
シュンは眉を顰めると、秘薬を取り出して女の側に膝を着いて首筋に指を当てた。さらに、眼を開かせて眼球の様子を、そして鼻の下に触れ、頬を掴んで口を開かせて歯、歯茎、舌を確かめる。
「病とは違う・・何だ?」
呪の類だろうか?
シュンは、石壁の方向を振り返った。
ロシータ率いる"ケットシー"のメンバーが銃器を手に周囲に注意を払いながら入って来た。
「シュン様」
ロシータが近付いて来た。
「病とは別の何かに冒されているようだ」
「・・呪詛ですか?」
「調べてくれ」
「畏まりました。皆さんは防壁展開、自身を浄化なさい。体調不良者はすぐに報告をして」
ロシータがメンバーを振り返って指示をした。
「はぁ~い」
華やいだ返事をして、少女達が一斉に浄化魔法を使い始めた。
のんびりした雰囲気だが、"ケットシー"のメンバーはロシータが率いる治癒部隊だ。ただし、全員が"竜の巣"の一員であり、戦闘員も兼ねている。当然のように、龍を素手で殺せるメンバーばかりだ。
「確かに・・傷や病とは別の何かですね」
ロシータの声が低くなる。
その声音に、後ろに居たメンバー達が背を正して直立した。
「手抜かりです。戻って村を確かめなさい。呪具、あるいは呪陣・・何かを見つけて戻りなさい」
痩せこけた女に精査の魔法を使いながら、ロシータが呟くように言った。
「はっ!」
メンバーが短く返事をして
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