第51話 甘いケーキ

 つまり、こういう事だ。


 ・飛竜や鳥竜を斃し続ける。

 ・飛竜の亜種や鳥竜の大きいのが出るので斃し続ける。

 ・赤や青、緑の巨竜が出るので斃す。


 で、金色か銀色の化物竜アンタッチャブルが登場する。どっちが出るかは確率だ。どちらが出ても、手に負えない災厄そのものだ。1日暴れて貰って帰って行くのを待つしか無い。


(赤、赤、青、赤、緑、黒、緑、赤、赤、白、青、緑、赤・・)


 登場する巨竜の色には規則性は無いらしい。

 備忘録を読み返しながら、シュンは出されたお茶をすすっていた。

 テーブルを挟んで向かいには、ユアナが座っている。そう、ユアとユナの融合体だ。濡れたように艶やかな長い黒髪に、新雪を想わせる肌の色、歳の頃は18、9歳くらいの大人びた雰囲気の美少女がそこに居た。この姿になると、胸元が柔らかく膨らみ、腰周りも絞れて、しっかりと乙女らしく肢体が艶を帯びている。


「意外に静かですね」


 ユアナが通りを行き交う人の様子を観察しながら言った。


 洞窟人ドワフルと異邦人が作ったロキサンドという町の中だった。


「ここでは、飛竜とかの素材は売らない方が良いな」


「ですね。さすがにやり過ぎでした」


 ユアナが小さく笑った。

 このロキサンドに来るまでの間に、色違いの巨竜を97頭も狩ったのだ。そして、97日も災厄の金竜、銀竜が暴れ狂った。


 一応、町からは遠く離れた場所でやっているので、町に直接的な迷惑はかかっていないようだった。


洞窟人ドワフルは、外で見かける人と似ているな」


 シュンが呟くと、


「もしかして、エルフとか居るんですか?」


 ユアナが身を乗り出して訊いてきた。


「エルフ?」


「あ・・ドワーフじゃなくてドワフルだから、エルフルとか?」


「エルフィスのことか?」


「そう、それです。居るんですね?」


「森の妖精・・見た事は無いけど居るらしいな」


「うわぁ、一回で良いから見てみたいなぁ」


 ユアナが胸の前で手を合わせて眼を閉じる。


「う~ん、長く山で生活していたけど、一度も見た事が無いな」


「でも、居るんですよね?」


「物語にはよく出て来るし、洞窟人が話しているのを聴いたことがある。人間が嫌だから魔法で身を隠しているって」


「やっぱり! ああ、すっごく綺麗なんだろうなぁ・・」


「そうなのか?」


「美人ばっかりなんですよ。もう、男も女もみ~んな美人。きらきらした美形ばかりの種族なんです」


「・・本当に?」


 なんとも疑わしい話だ。


「きっとそうです」


 ユアナが断言した。


「お・・あの集団は、前に俺達を追ってきた連中だな」


 シュンは通りを歩いているパーティを目顔で示した。


「・・生きていたんですね」


 ユアナがパーティの風体を流し見ながらお茶に手を伸ばした。


「蘇生魔法だろう」


「ああ、そうか。あらかじめ、復活の魔法をかけておいたんですね。全滅してから蘇生したのか」


 ユアナが頷いた。


「18人・・残りはレギオンを抜けたかな?」


「あるいは死んだのかも?」


「蘇生魔法があるんだ。そう簡単には命を落とさないだろう」


 シュンは通りから眼をらし、店に入ってきた別の集団を肩越しに振り返った。


 揃いの黒い旅外套を羽織った集団だった。頭巾を目深に被り、口元も黒布で覆っている。

 1人がシュンの視線に気付いて、ちらと視線を送ってきた。


「シュンさん?」


「ん・・いや、妙な一団だと思って」


 シュンは手元のお茶菓子に視線を戻した。


「確かに・・」


 ユアナがカップを皿に戻して、メニューを手に取った。すでに次の注文を決めてあったのか、すぐにメニューを置いて店員を目顔で呼ぶ。


「このモカミストというケーキを1つ、緑茶モドキを2つ、お願い」


かしこまりました!」


 店員が勢いよく頷いて厨房へ駆け込んで行く。


「長くつようになったんだな?」


 シュンはユアナの顔を見た。融合は消費MPが激しくて、長時間はたなかったはずだが・・。


「日々の鍛錬の賜物です。毎日、訓練しておりますから」


 ユアナがおしとやかに澄まして微笑して見せる。


「しばらく訊いていなかったけど、MP総量はいくつになったんだ?」


「もうすぐ30万です」


 ユアナがにやりと目尻を下げた。


「・・とんでも無いな」


 シュンは呆れ顔で嘆息した。HPは3万に届かない程度なのに。


「道理で咆吼を連発してもMPが尽きないわけだ」


「うふふ・・聖水で洪水を起こして差し上げても良いのですよ?」


「まったく・・お前達・・おまえには驚かされてばかりだ」


 シュンは諦めたように笑った。


「この姿で楽しめる服があれば買おうと思ったのですけど・・戦いの防具類ばかりでガッカリです」


「そう言えばそうだな。どこか空気が張り詰めているし、見かける人もみんな武装している」


 シュンは通りに視線を戻した。

 その時、店員が注文の品を運んできた。


「ここには、女性物の衣服を扱っている店は無いのかしら?」


 ユアナがほのかな微笑を浮かべて店員にいている。


「えっ・・えっと、店は無い・・かな? で、でも、趣味で作っている人が居るって聴いた事があるよ」


「あら? どこに行けばその人に会えます?」


「家は知らないけど、噴水広場で露店をやっている時があるんだ」


「そうなのね。ありがとう、行ってみるわ」


 ユアナが切れの長い双眸をわずかに和ませて礼を言った。

 店員が耳の辺りを赤くしながら笑顔を振りまきつつ戻って行く。


「いけてます! ユアナ、いけてますよ!」


 ユアナが小さく握り拳を作ってシュンに向かって囁いた。どうやら、自分を相手に店員が緊張したり赤くなったりした事が嬉しかったらしい。


「実際、黙って座っていたら、どこのお姫さんかというくらい綺麗だけどな」


 シュンが素直な感想を述べると、ユアナが呆然と固まった。みるみる真っ赤に顔を染めていく。


「シュンさん・・天然パワー凄すぎです」


「ん? 嘘じゃ無いぞ?」


「はいっ、もう・・ご馳走様です!」


 ユアナが大慌てで、モカミストという茶色いケーキにフォークを入れた。


(黒ずくめは、かたき持ちか?)


 黒外套の8人組は、窓から遠い席を選び、厨房と入口を左右に見渡せるように座っていた。


 "危険感知アラート"に反応は無い。


 ただ、黒ずくめ達は何者かの襲撃を警戒している様子が覗える。


(それにしては、こんな店に集団で入ったり? 黒服はかえって目立つだろうに・・)


 シュンは通りへ視線を戻した。


「やっぱり、何か・・ぴりぴりしていますよね?」


 フォークを倒してケーキを切りながら、ユアナが小声で訊いてくる。


「そうだな・・」


 最初は、シュン達が起こした竜騒動が原因かと思っていたが、どうやら違う感じだ。


「ん・・ちょっと砂糖が強いかなぁ」


 ユアナが口に入れたケーキの寸評を始めた。


「作り方は分かるか?」


「まったく分かりません。食べる方は熱心だったんですけどね」


「ふうん・・少し貰えるか?」


「・・はい、どうぞ」


 ユアナが切り分けたケーキをフォークで刺して口の前に持って来た。


「いや・・自分で」


「どうぞ?」


 ユアナがにこりと微笑む。


「・・分かった」


 シュンは大人しく口を開けてケーキを口に入れて貰った。


(む・・これは種類の違う生地を別に焼いて、重ねてあるのか・・間に甘味を挟んでいるんだな)


 なるほど、甘い。

 シュンは胸ヤケしそうな気がして緑茶モドキで流し込んだ。


「どうでした?」


 ユアナがいてくる。


「いや・・これは甘過ぎる」


「美味しかったですよね?」


「ん、少し甘さが強すぎ・・」


「美味しかったでしょ?」


 たずねるユアナの双眸が底光りしている。なんだか凄い圧である。いきなり、どうしたのだろうか。よくわからないが、ここは従った方が良さそうだ。


「・・そうだな」


「美味しかった?」


「美味しかった。ありがとう」


 シュンは気圧され気味に頷いた。ユアナの笑っていない瞳から、Yes or Yes ・・・不退転の闘志を感じる。


「もう一つどうですか?」


「いや・・俺は甘いものは」


「どうですか?」


「・・貰おうか」


 シュンは緑茶モドキの残量を確認しながら頷いた。


「はい、どうぞ」


 ユアナがフォークに刺したケーキを口元へ差し伸ばす。

 今度は、素直に口を開けて食べた。強烈な甘さが口中に拡がって、シュンは大急ぎで緑茶モドキへ手を伸ばした。


「くっ・・死ねば良いのに」


 どこかで舌打ち混じりの声がする。


(やれやれ・・)


 緑茶モドキの苦みに救われながら、ほっと息をつくシュンを前に、ユアナがにこにこと上機嫌である。


「やってみたい第7位をクリアです!」


「・・は?」


「うふふ・・ニホンの地方限定のランキングですよ」


「よく分からないけど・・真面目な話、これはちょっと甘過ぎるぞ」


「ですよね?」


 ユアナが悪戯っぽく言って、くすくすと笑い出した。

 もう一度、どこかで舌打ちが鳴ったようだった。



「ありがとうございましたぁ」


 店員の声に送られて店を出ると、通りの左右に並んだ店を冷やかしながら噴水の広場へ向かった。


「衣服の出店は無さそうですね」


 ユアナが残念そうに呟いた。


 噴水池を中心に円形に造られた花壇があり、周りが長椅子の置かれた広場になっている。店員が言っていた露店は無さそうだ。


「向こうに人だかりがあるな」


 シュンは噴水池を挟んで向こう側を指さした。


 石造りの3階建ての建物があり、その前に数十人の男女が集まって何かを眺めているようだった。


「なんでしょう?」


 ユアナが背伸びをして見ようとするが、人垣の向こう側は見えない。


「・・冒険者組合?」


 シュンは建物の戸口に提げられた看板を見て、呆然と呟いた。


「えっ? これ、ギルドなんですか?」


「そうらしい。迷宮の中に冒険者組合があるとは・・驚いたな」


 シュンの故郷にあった協会とは違うようだが・・。


「入ってみようか」


「はい」


 シュンとユアナは連れ立って冒険者組合の扉を開けた。

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