第52話 地雷板

 建物の外の熱気とは裏腹に、中は静まり返っていた。人も疎らで職員らしい人物も少ないようだ。向かって正面は総合受付、右には登録所、左奥の扉前には小さなカウンターがあって素材買取りの看板が置いてある。


(あとは、医務室に・・2階は事務所か)


 ざっと把握して、シュンは玄関を入って右手の壁にある石版を見に行った。迷宮内にもあったレベル15以上の全パーティ名が刻印されている石版だ。

 その隣の石版には、1位から50位まで順位がつけられて50パーティの名前が上から順に並んでいた。


 さらに並べて、今度は木製の掲示板が置いてあった。こちらは、人の手による物らしい。

 文字やら絵が描かれた紙が疎らに貼ってあった。

 依頼書らしい。


「少ないですね」


 ユアナが呟いた。

 大きな木製の掲示板には、わずかな数の依頼書しか貼っていなかった。


「それは冒険者組合の名物、地雷板よ」


 受付の前で談笑していたドレス姿の小さな少女が近付いて来た。黄金色の短い髪に、緑色の瞳をした小柄な少女だった。ユア、ユナより、もっと幼い外見で10歳くらいに見える。


「地雷・・」


 シュンは、掲示板の置かれた床に素早く視線を巡らせた。地雷が埋設されていないか確認したのだ。


「・・笑うところ?」


 ドレスの少女がユアナに訊ねる。


「素です。気にしないで下さい」


 ユアナが、おほほ・・と上品ぶって微笑んだ。


「どうした?」


「シュンさん、意味が違います。地雷板というのは、この掲示板の愛称ですよ?」


「・・そうなのか? 地雷?」


「良い依頼票が貼られない板だとか、受けると後悔する依頼ばかりだとか・・揶揄やゆする意味合いですね」


 ドレスの少女が説明を加えた。


「なるほど」


 シュンは納得顔で頷いた。


「面白い方ですね」


 ドレスの少女がユアナを見上げて言った。


「うふふ・・極上の天然ものですのよ?」


 ユアナが目尻を下げる。


「ほほう?」


 ドレスの少女がにんまりと笑みを浮かべて、そっとユアナに身を寄せた。


「お主、その姿は化けておるな?」


「うふふふ・・お嬢さんこそ、良い化けっぷりですわ」


 ユアナが微笑を返す。


 シュンは2人に構うのを止めて、"地雷"だという掲示板に貼られた依頼票を眺めていた。

 特段変な所は無い。

 素材採取依頼や中間加工品の納品依頼だった。どれも難しいものでは無さそうだ。


「この依頼は、登録をしないと受けられないのか?」


「いいえ、地雷板の依頼票は、無登録の飛び込みでも受け付けてくれるわ」


「そうか」


 シュンは、一枚一枚目を通し、5枚を剥ぎ取って受け付けへ向かった。


「ねぇ、貴女の彼氏がやらかしちゃってるけど?」


「問題ありません。私は、うちの人の判断を信じておりますもの」


 ユアナが澄まし顔で言った。


「だって、あれって・・通常のドロップ品じゃ無いわよ?」


 ドレスの少女が心配そうに言った。


「受けて来た」


 シュンが戻って来た。


「えっと・・見せて貰っても良いですか?」


「ん?・・どうぞ?」


 シュンは依頼の受付け票をドレスの少女に手渡した。


「やっぱり・・」


 ドレスの少女が難しい顔になる。横からユアナが覗き込んだ。


「カースド・キャタピラーの繭糸を5個、ラビドッグの尾骨を10本、ロックドラゴンの腱を3本、神経猛毒薬か、バジリスクの毒腺を2個、望遠鏡用のレンズを4枚・・」


 ユアナが依頼票を読み上げた。


「ただの一つもドロップ品が無い。これを揃えるのは・・ちょっと気が遠くなるわ。まあ、依頼してる私が言ったら駄目なんだけど」


 ドレスの少女が嘆息した。


「繭糸と尾骨、腱、毒腺はすぐに納品できる。レンズは大きさを訊いてみて、削らないといけないかもしれない」


「・・彼氏、何か言ってるよ?」


 ドレスの少女がユアナに助けを求めた。


「おほほ・・きっと、すべて揃っておりますわ」


 ユアナが口元に手を当てて軽く笑って見せる。


「冗談でしょ?」


「うちの人は嘘や冗談を滅多に口にしませんの」


「・・だって・・どうやって採ったの?」


「うちの人の特技ですの。迷宮なのに、いつも魔物の解体をやっておりますのよ?」


「さすがに、それは・・・・本当なの?」


「おかげで、私も解体スキルを覚えましたわ」


「・・信じられない」


 ドレスの少女が疑わしげに見つめる先で、シュンがステータス表示を弄り、繭糸、尾骨、腱、毒腺を取り出して卓上へ並べていった。


「信じられないっ!?」


 ドレスの少女の声が館内に響き渡った。

 何事かと、受付に居た女が駆け寄ってくる。


「ちょ、ちょと・・見てよ! これっ、揃っちゃってるわ! 超塩漬けの依頼が全部よっ!?」


 ドレスの少女が受付の女にしがみつくようにして言った。


「う、嘘っ!? 信じられない!」


 受付の女が絶句して硬直した。


「ディーンを呼んでおいでよっ! レンズも持ってるらしいの!」


「ええっ!? ちょ・・すぐ行って来るわ!」


 受付の女が物凄い勢いで戸口めがけて駆け去って行った。


「とんだ騒ぎだな」


 シュンは憮然ぶぜんとした表情で顔をしかめていた。


「あはは・・シュンさん落ち着いて。たぶん、ずうっと納品が無くって困ってたんだと思うの」


「・・それは分かるが、あまり騒ぎになるのはな」


「大丈夫ですよ。ねぇ?」


 ユアナがドレスの少女の脇腹をつつく。


「え、ええ、ゴメンなさいね。ちょっと興奮しちゃって。うるさくするつもりは無かったのよ?」


「なら良いが・・」


「正直、諦めてたのよ。自分でもパーティ集めて採りに行ったんだけど、全然手に入らなくてさ・・難しいのは嫌ってほど思い知ってたから」


 ドレスの少女が申し訳なさそうに言いながら頭を掻く。


「必要なら、また依頼を出してくれ。まだ在庫がある」


 シュンはポイポイ・ステッキの中身を表示させて見ながら言った。


「・・お幾つ、お持ちなのでありましょうか?」


 ドレスの少女が震えを帯びた声で訊ねた。


「この品なら、どれも800前後余ってるな」


「はっぴゃぁーー」


 金切り声を上げそうになった少女の口をユアナが押さえた。


「館内ではお静かに」


「・・はい、すいません」


 ドレスの少女が謝る。

 そこへ、金髪の背の高い少年を連れて受付の女が戻って来た。


「レンズが手に入るって?」


「ああ・・大きさを教えて貰えれば加工して渡す」


 シュンが言うと、


「これなんだが・・」


 金髪の少年が折り畳んだ紙を拡げて見せた。


「20センチ、17センチ、14センチ、10センチか」


 シュンは魔物の目玉から抜いた水晶体を8枚取り出すと、水魔法で皿状の水膜を作って浮かべた。


(圧着・・)


 2枚の水晶体を1枚に合わせて分厚くする。


(回転・・切断)


 縁に刃物を当てる感じで、真円に削っていった。


(20、17、14、10・・ぴったりだな)


 寸分狂わぬ寸法に削ると、


(硬化・・抗菌・・防腐・・防曇)


 次々に付与して加工していく。


(研磨・・)


 四つの水皿の上で、見事な形状のレンズが生み出され、磨かれて透き通っていく様子を、ユアナを含む全員が呆然とした面持ちで見守っていた。


「・・うん、どうだろう?」


 シュンは依頼主らしい金髪の少年を見た。

 呆然と眼を見張っていた少年が、我に返った様子で慌てて水膜の上からレンズを手に取っていく。


「す・・凄い、こんな・・完全な円だ、なんて厚みだ」


 金髪の少年が館内の明かりでレンズを透かし見ながら呻くように呟いている。


「依頼達成で良いかな?」


 シュンは受付の女に訊いた。


「えっ? ええ、もちろん! 手続きしなきゃ・・ちょっとお待ち下さいね」


 受付の女が大慌てで受付机めがけて走り去る。金髪の少年が興奮顔でシュンの手を握ってきた。


「凄いよ! もう何て言えば良いんだ・・僕の最大の賛辞を君に贈りたい!」


「希望通りなら良かった。大きさに問題があるようなら調整する。まだ町に居るから、いつでも言ってくれ」


 シュンは感激で顔を紅潮させた金髪の少年を宥めるように言い聞かせた。


「そうだね、さっそく組み付けてみるよ! とにかく、ありがとう! これ以上の品なんて絶対に手に入らない!」


 金髪の少年がレンズを大切そうに布に包んで抱え持ち、何度も振り返って礼を言いながら館から出て行った。


「やれやれ・・」


 シュンは小さく溜め息をついた。


「あのっ、パーティ名を教えて頂けますか? 台帳に記載する必要があるので・・」


 受付の女が帳簿を片手に戻って来た。後ろを台車に麻袋を載せ、別の少女が押して来る。


「"ネームド"だ」


「"ネームド"ですね。リーダーの御名前を伺っても?」


「シュン」


「シュン様・・パーティで得意にされている事やレギオン参加の可否は?」


 受付の女が訊いてくる。


「得意は、素材の採取や加工。レギオンには、しばらく参加しない」


「参加の実績はおありですか?」


「レギオン・チーフを1度経験した」


 後にも先にも、あの一回だけだが・・。


「その時のパーティの数は?」


「うち以外に6パーティ」


「1つで良いので、その時に一緒だったパーティ名とリーダーの名前を」


「"アイアン・フィスト"・・アキラだったかな?」


 ユアナに確認する。


「ええ、そうです。硬派パーティ」


 ユアナが微笑した。


「メンバーの名前も教えて下さい」


「ユア、ユナの2人だ」


「他の・・残りの方は?」


 受付の女がシュンの眼を見た。


「最初から3人だ。始まりの村から3人だけで上って来た」


「まあっ!?・・そんな事が?」


「余った3人でパーティを組んだ。なんだかんだで、上手く行っている・・と思う」


「完璧に上手く行っています。これ以上はありません」


 ユアナが誇らしげに胸を張る。

 受付の女が台帳を閉じて姿勢を正した。やや畏まった表情でシュンを見つめる。


「最後に、そちらの石碑で罪状の確認をさせて下さい」


「分かった」


 シュンは指さされた石碑に近付いて手を触れた。

 分かりきった事だが真っ白である。犯罪値はゼロだ。


「もう良いか?」


「は、はいっ、すいません! お時間を取らせまして」


「依頼達成の証紙は無いのか?」


 迷宮外の協会なら証紙と代金が渡されるのだが・・。


「あっ、そうでした! すぐに持って参ります!」


「・・やれやれ」


 随分と不慣れな受付だ。新人かもしれない。


「う~ん・・ねぇ、リーダーさん?」


 ずっと黙って立っていたドレスの少女がシュンの上着の肘を引いた。


「どうした?」


「うちのパーティとレギオンを組んで欲しいんだけど?」


「レギオンを?」


「うちは職人が集まったパーティでね、後衛職・・・魔法や工作が得意の連中ばっかりなんだ。もうそろそろ例のイベントじゃない?正直、ちょっと自信が無くって・・」


「例のイベント?」


「迷宮戦っていうイベントよ。知らない? 迷宮人との戦争イベント。2年に1度、異邦人と迷宮人の戦争があってね。強制参加なんだ」


「迷宮人との戦争」


 シュンは眉をしかめた。


「神様主催の強制参加イベだから、どうしようもないのよ」


「それは、異邦人だけか? 原住民はどうなる?」


「えっ? えっと・・所属しているパーティの人数比率で・・異邦人が過半数なら異邦人扱いになるわ」


「なるほど・・なら、"ネームド"は異邦人側か」


 シュンは頷いた。


「えっ? えっ!?」


「うちの人は原住民ですの」


 ユアナが、おほほ・・と微笑んだ。

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