第137話 異界の神殿


 巨亀の解体を終えた"ネームド"は、"異界の門"の向こう側へと踏み込んでいた。


 "異界の門"の向こう側は、巨大な石造りの建物の中である。恐らくは巨大亀が居たのだろう円形の広大な台座を、真上から見下ろせる半球状の天井近くに、"門"の出入り口が設置されていた。


わらわの世界とは違うようじゃ」


 女悪魔リールががらんと何も無い建物中を見回しつつ黒翼を広げて舞っている。


 シュンはアルマドラ・ナイトを召喚して肩に乗り、ユアとユナも自分では飛ばず肩甲に並んで座っていた。


『高い場所なのです』


 白翼の美少年カーミュが先行して漂いながら言った。


「高い場所?」


 シュンは改めて巨大な建造物の中を見回した。

 円形の台座がある部分を、上下二階層の回廊が囲んでいた。回廊部分は、人が歩くための廊下にしては幅が広く天井高がある。


『この建物が高い場所にあるです』


「・・そうなのか。出入り口は見当たらないようだが、あの回廊のどこかにあるのか?」


 シュンはユアとユナとアルマドラ・ナイトの肩に乗ったまま、建物の散策を始めた。


「主殿、"異界の門"の発動原理が分からぬ。あまり遠くへ行くのは危険じゃ」


 女悪魔リールが天井の"異界の門"付近に浮いたまま、不安そうに声をかけてきた。


「分かった」


 返事を返しつつ、シュン達は回廊に階段を見つけて、1階から2階へと上った。1階部分と造りは変わらないが、2階には回廊に沿って部屋があった。


「ここには、大きな人が住んでいた」


「間違いない」


 2人が見上げた扉は、把手とってまで2メートル近い高さがあった。

 アルマドラ・ナイトに指示して扉の把手とってを動かすと、巨大な扉が音も無く開いていった。


 瞬間、シュンは水楯を多重展張した。最近は、一枚ずつ重ねるまでもなく、同時に数十枚を展張できるようになっている。


「危険感知だ。油断するな」


「アイアイ」


「ラジャー」


 ユアとユナが防御魔法をかけ始める。


「ユキシラ、そちらの様子はどうだ?」


 シュンは"護耳の神珠"で呼びかけた。ユキシラを、"異界の門"の向こう側に残して来たのだ。


『サヤリです。今のところ接近してくる者などおりません。念の為、門周辺を幻術で覆っています』


 現在は、サヤリになっているらしい。


「分かった」


 シュンは開いた扉の内へ視線を向けると、大扉が閉じないようアルマドラ・ナイトに押さえさせ、そのまま待機を命じた。瞬間移動が使えるため、扉が閉まっていても問題無いと思うが、何らかの障害が起きる可能性はある。


 シュンとユア、ユナは警戒しながら扉から続く廊下を進んで行った。少し歩くと、広々とした大部屋になり、中央奥の方に座っているらしい人影が見えてきた。人影は椅子に座ったまま、シュン達が居る通路側を向いているようだが反応した様子はない。


「テンタクル・ウィップ」


 まだ遠いが、シュンは黒い触手を伸ばして人影に巻きつかせた。身の丈は5メートル近いが、痩せ細った体躯だった。テンタクル・ウィップを巻きつけた手も足も骨と皮しかない。


 近づいてみると、祭壇のような雰囲気の壇上に巨大な椅子がしつらえてあり、青みがかった長い髪をした女が座っていた。これが人間であれば、30代半ばくらいか。窶れて頬が痩けているが、まだ十分に美しいと言える容貌だった。

 女は雪色に輝く長衣の腹部を黒い槍に貫かれて椅子の背に縫い刺しになっている。衣服を湿らせた銀色をした液体が血液なのだろうか?


「密室殺人」


「犯人はこの中にいる」


 ユアとユナがMP5を構えて周囲を見回した。静まり返った広間に生き物の姿は見当たらない。扉が自由に開くので、密室では無さそうだ・・と思いつつ、シュンは巨人の女を貫いた黒い槍に眼をらした。


「不気味な槍だな」


 槍の素材は黒々とした何かの金属で、銀色の筋が葉脈のように浮き上がって表面を覆い、ゆっくりと息づくように明滅を繰り返していた。


「ん?」


 シュンは黒い槍に眼を凝らした。


「ボス?」


「危険感知?」


「それだ」


 シュンは黒い槍を指差した。同時にテンタクル・ウィップを3本伸ばして黒い槍に巻きつかせた。


「気配を感じる」


「ボス、もしかして、巨人が生きてる?」


「槍を抜いたら生き返る?」


 2人のMP5が巨人の女へ向けられる。


「さあな・・抜いてみるか」


 そう考えたシュンだったが、力を込める寸前で思いとどまった。黒槍の穂先には無数の鉤爪かぎづめのような返しが付いている。これだけ深々と刺さっていれば傷口の肉ごとえぐらないと抜き取れないだろう。乱暴なことをして余計に損壊させては後の処置に困る。


「ボス?」


「どうかした?」


 ユアとユナが怪訝そうにシュンを見た。


「槍穂の返しが多い。背側に抜こう」


 シュンは巨人の女が座っている椅子を横から見える位置へと移動すると、椅子の背もたれから突き出ている槍穂へテンタクル・ウィップを巻き付け、力を込めて鋭く引いた。


「・・変だな?」


 シュンは動きを止めて眼を凝らした。

 微動だにしなかった。

 抜けないまでも、少しズレるか、きしみ音の一つくらいは鳴りそうなものだが・・。


「椅子が硬い?」


「撃ってみる?」


「・・悪いが、斬らせて貰うぞ」


 シュンは、女巨人に声をかけつつ、"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を取り出した。


「金剛力」


 身体強化を行いながら、"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"をゆっくりと振りかぶる。

 ユアとユナが周囲へ警戒の視線を向けつつ、少し後ろへ下がった。

 瞬間、シュンが消えて、女巨人の頭上へ姿を現した。


「おぉぉぉぉーーーっ!」


 シュンにしては珍しく大きな雄叫びをあげた。

 途端、項垂うなだれていた女巨人の頭部が動いて真上を見上げるや、鋭い牙の並んだ大口を開け、首を蛇のように伸ばしてシュンにみついてきた。


「はずれ!」


「残念っ!」


 ユアとユナがにやりと笑った。


 首を長々と伸ばしてみついた先にシュンはいなかった。



 ギィアァッ・・



 長い首の先にある口から苦鳴が漏れた。

 椅子の肘掛けに乗ったシュンが、"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を腹部へ突き入れている。そのまま、宙返りをするように後方へ回転して、下から上へ、胸部から首にかけて斬り裂いていた。


 続いて、前後左右に連続して瞬間移動を繰り返して姿を明滅させたシュンが、女巨人が動きを追えていないことを確かめてから、真上に出現して斬り下ろす。そのまま、シュンは金剛力の効果が続く限り連続して斬り続けた。

 しばらくして、シュンが動きを止めた時には、女巨人が銀色の粒子となって崩れ始めていた。


「カーミュ?」


『ずっと前に魂が死んでいたです。今、体が死んだです』


 白翼の美少年が顔をしかめながら言った。その時、



 ドシィィィーーン・・・



 酷く重々しい音をたてて、黒槍が床に転がり落ちた。テンタクル・ウィップを巻き付けていたのだが、3本では支えきれない重さだったのだ。


「この槍を知っているか?」


 シュンはテンタクル・ウィップを12本巻き付けて黒槍を宙に持ち上げた。


『初めて見たです。禍々まがまがしいのです』


「呪具の類か?」


『それと同類なのです』


 白翼の美少年カーミュが指さしたのは、シュンが握っている"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"だった。


「得体の知れない武器ということか」


 シュンは少し考えてから、ポイポイ・ステッキで収納した。さらに、椅子の上に遺された魂石も収納する。


 その時、危急を告げる声が響いた。

 女悪魔リールの声だ。

 そうと気付くなり、シュンはユアとユナを両脇に抱えて瞬間移動した。

 移動した先は、女悪魔リールが待っている"異界の門"だ。


「主殿、門が閉じそうじゃ!」


 いきなり出現したシュン達を見て、女悪魔が安堵の表情を浮かべて寄って来た。


「向こうへ戻ろう」


 アルマドラ・ナイトを送還し、シュン達は"異界の門"を潜った。


「シュン様!」


 門の向こう側では、サヤリが思い詰めたような顔で待っていた。安堵の表情を浮かべて駆け寄って来る。


「もう少し探索したかったが・・」


 シュンが振り返った時、おぼろげに視界を歪めていた"異界の門"が大気に溶けるようにして消えていった。


「謎だらけだな」


 シュンは小さく息をついた。結局、"異界の門"を設置した者については不明のままだ。


「大亀とろくろ首を斃した」


「黒い槍をゲットした」


 双子が手帳に書き記している。


「カーミュ、あそこがどこか分かるか?」


『異界はいっぱいあるです。どれがどれだか分からないです』


 白翼の美少年が申し訳なさそうに項垂うなだれる。


「気にするな。分かったところで、どうしようもない。ただ、地名・・名称くらいは知っておきたいと思っただけだ」


 シュンは笑顔で言った。


わらわ使い魔インプを遊ばせておる故、もう少し情報が得られるはずじゃ」


 女悪魔リールが胸元に球形の魔法陣を浮かべながら言った。


「"異界の門"は閉じたぞ?」


わらわ使い魔インプは、距離も時空も関係ないのじゃ。どこの世界におろうと情報は届く。ただ、界が違うと魔力を補充できぬゆえ、10日足らずで土塊つちくれに戻ってしまうが・・」


 女悪魔リールが微かに紅唇を綻ばせた。


「これで悪魔の侵入経路は塞がったのか?」


 シュンの問いかけに、女悪魔リールが頷いた。


「そのはずじゃ。迷宮内には他に"穴"は見つかっておらぬ」


「よし・・次は1階へ行って罠の設置だ。外からの侵入経路を罠でふさぐ」


「アイアイ」


「ラジャー」


 ユアとユナが敬礼をした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る