第24話 迷宮の町


 迷宮の入口になっている円柱の広場は、1階層の広大な広間の中央に位置していた。50キロ以上歩いても端が見えてこない。

 床は総て石板が敷き詰められ、割れても欠けても時間で修復していく。天井は目視出来ない。照準器を覗いても見えない。薄闇に包まれた空間で、完全な闇では無いが、文字を読むには苦労する薄暗さだった。


 妙な石像が点々とあちらこちらに置かれていて、金属の箱のような乗り物の残骸も幾つか点在している。


「・・これは、本当に果てしないな」


 シュンは呆れ顔で苦笑した。真っ直ぐに歩いていれば、壁に行き着くだろう。壁沿いに歩けば全体が把握出来るだろう。そう思って歩いていたのだが・・。


「飢え死ぬ」


「食糧難民」


 双子が石床に座り込んだ。


「襲って来たパーティは餓えているようには見えなかった」


 これといって荷物は無かったようだから、そう時間が掛からない場所に、1階にあるという迷宮の町があるものだと考えたのだ。


「これは、トリック」


「これは、マジック」


「とりっ?・・まじっく?」


「謎解きが必要」


「謎解き必須」


「・・謎・・そうだな」


 シュンは静まり返った周囲をゆっくりと見回した。


「石像」


「箱」


 双子が言う。


「確かに、その2つしか見かけない。謎があるとしたら、そのどちらか・・と、この石床か」


 シュンは足下へ視線を落とした。


「それは盲点」


「あるかも」


 双子がペチペチと石床を叩く。


「まずは石像と箱から調べよう」


 シュン達は少し離れた場所にある石像の近くへ移動した。


「・・・すまん」


 シュンは素直に謝罪した。


「拙者も不覚でゴザった」


「すまんでゴザル」


 双子が肩を落とした。


 すべて、石像に書いてあった。



***


 ようこそ、迷宮へ。


 この石像が見つめる方向へ進んでね。


 大きな箱に登ると次に目指す石像の位置が分かるよ。


 順番に石像を辿って歩いてみよう。


***



「行こうか」


「はいでゴザル」


「いくでゴザル」


 3人は何とも言えない顔で、高さ3メートルほどの石像を見上げ、目らしき物が向いている方向へと歩き出した。


「あの箱か・・」


 すぐに金属の箱が見えてきた。

 上に登ると、上板に矢印が刻んである。


「向こうらしい」


 石床で待っている双子に方向を報せ、また3人でトボトボと歩いて行く。50キロを歩いた後だけに、足取りは軽いとは言えない。


 石像を見つけ、そして台座に行き着き、また石像へ向かう。これを何度か繰り返していると、


「あ・・」


「い?」


「う?」


 3人はびくりと足を止めた。

 行く手に、足を破壊されて転がった石像が見えてきた。


「因果応報?」


「自業自得?」


 双子が悲しげに呻く。石像が床に倒れ伏していて、どちらを向いていたのか分からない。


「・・いや、これは」


 シュンは石像を注視した。


「これは非道い」


 思わず呟いた。足が粉砕された石像だったが、文字が彫られた腹部は無事だったのだ。


「町に転移」


「ようこそ」


 双子が代わって読み上げてくれた。


「転移の魔導具を爆破してしまったか」


 シュンは石像をしばらく見つめてから、その視線を石像が建っていた石床へ向けた。


「あの辺りだけ、石像の破片が無い」


 爆破で飛び散った石像の破片が落ちていない床がある。


「踏んでみよう。ああ・・念の為、手を繋いでおこうか」


「ラジャー」


「アイサー」


 シュンの右手をユアが、左手をユナが握る。


「行くぞ」


 声を掛けて、3人揃って踏み出した。



***


開拓者の町


***



 視界正面に文字が浮かんだかと思うと、3人は一瞬にして、眩い光に包まれていた。


 思わずVSSを取り出して警戒しようとして、


「・・?」


 シュンは空振りした動作のまま息を呑んだ。VSSが手元に出て来なかった。


「ボス、XM出ない」


「ボス、MK出ない」


 双子も戸惑っている。


(町・・日差し!?)


 シュンは周囲へ警戒した眼差しを差し向けながら、頭上を見上げて呆然となった。


 頭上に青空が広がっていた。

 それどころか、太陽が燦然と輝いている。

 3人が立っているのは、円形に煉瓦が並べられた円台だった。道の左右に、煉瓦造りの建物がいくつか並んでいる。通りが一本だけの小さな町だった。


「やあ、君達、旅人だね?」


 声を掛けてきたのは、甲冑を着込んだ骸骨だった。

 そう、骸骨だった。


「・・迷宮の探索に来た」


 シュンは、目玉の無い髑髏の眼窩を見つめた。


「ずいぶんと遅かったね。今年はもう来ないかと思ったよ」


 どうやって音声を出しているのか、甲冑姿の骸骨が流暢に喋る。


「ここは?」


「迷宮の最下層の町さ」


「最下層・・すると迷宮は上へ登っていく構造なのか?」


「初めは下からだ。地下10層まで潜ると地下踏破の紋章を与えられるんだ。その紋章が無いと、迷宮の2階層へは入れないよ」


「そういう決まり事があるのか」


 シュンは、ふと気が付いて黙り込んでいる双子を見た。シュンの上着の裾を握って身を隠すようにしている。

 爆弾を出せない状況が不安なのだろう。


「町で準備を整えたいんだが、まず・・宿はあるだろうか?」


「もちろんあるさ。と言っても一軒だけだけどね。向かって右側、3階建ての一番大きな建物が旅人用の宿屋だよ」


 甲冑姿の骸骨が指さした建物は、煉瓦造りのどっしりした一階と、木組み漆喰塗りの2階、3階が合わさった立派な建物だった。


「食堂もありそうだ」


「あるさ。まあ、味は分かりかねるが・・この通り、食事が要らない体でね」


 甲冑姿の骸骨がケタケタと笑って見せる。


「空腹が満たせれば良い・・そう言えば、この町は銃が出せないんだな?」


「殺傷が禁止された空間だからね。腰の短刀だって抜けないよ?」


「これか・・?」


 シュンは後ろ腰の短刀を鞘から抜こうとしたが、骸骨が言う通り、びくともしなかった。


「なるほど、安心だな」


「素手の喧嘩も、相手に一定以上のダメージを与えた時点で意識を失うよ? ダメージは即座に回復するから、喧嘩に意味は無いね」


「そうか。他に、旅人は居ないのか?」


「まだ地下へ潜っているパーティが残っていたかな? 低層に出掛けて行って夜には戻って来るみたいだ」


「地下には魔物が居るんだろう?」


「そりゃあ居るさ。だって迷宮だもの」


 甲冑姿の骸骨が、ケタケタと笑う。


「注意事項や助言はあるか?」


「そうだね・・地下1階と2階は閉所が多いな。出てくる魔物は、小鬼ゴブリン小粘体スライムだから脅威度としては低い。それでも囲まれて袋叩きにされて全滅したパーティがあるからね」


小鬼ゴブリン小粘体スライム、狭い場所での戦闘か」


 シュンは状況を想い描きながら頷いた。


「苔や草があるけど、ほとんどが毒を持っているから口にしない方が良い」


「分かった」


「この道を抜けた先に噴水の広場があって、迷宮の2階層行きの転移門と、地下1階行きの転移門が並んでいる。どちらも使用料は1回50デンだ」


 転移門の使用は有料になるらしい。


「・・魔物の素材はこの町で換金できるのか?」


 財布は潤っているが、一応訊いておく。


「できるさ。それに、魔物によってはお金をドロップする奴も居るよ」


「そうか。それなら大丈夫そうだ」


 お金を落とす魔物が居るらしい。魔物同士でお金を使った取引でもやっているのだろうか?


「ところで、君達は3人だけなのかい?」


 甲冑姿の骸骨が、頭を斜めに傾けた。


「そうだ」


「そうか。町の外では、旅人同士でも殺し合いになることがあるそうだ。気を付けるんだよ?」


「そうだな。なんとか生き残れるように努力してみるよ」


 シュンは頷いた。

 すでに洗礼を浴びたところだ。今思い返せば、狙撃をしてきたパーティは迷宮に入ったばかりの新人を狙って張り込んでいたのだろう。異邦人では無い、シュンのような原住民を斃すために・・。


「気を付けて・・良い旅を」


 甲冑姿の骸骨が手をあげた。


「ありがとう」


 シュンは笑顔で手をあげて宿に向かって歩き出した。後ろに隠れるようにしていた双子が大急ぎで頭を下げて、ついて来る。


 宿の扉は厚板の立派な物だった。引き開けても、軋み音が鳴らない。


「いらっしゃいませ!」


 涼やかな声と共に、背中に羽根の生えた小さな人影が飛んで来た。


(骸骨の次は、妖精さんピクシーか)


 内心で苦笑しながら、


「・・泊まりたい。部屋は空いているか?」


「はい、空いてますよ。部屋はお1つ? 2人部屋に寝台を1つ運びましょうか?」


 羽根妖精ピクシーが、双子をちらと見て言った。


「いや、3人とも同い年だ。1人部屋を1つ、2人部屋を1つでお願いしたい」


「分かりました」


 羽根妖精ピクシーが宿の奥へと飛び去って行き、もう1人、別の妖精ピクシーを連れて戻って来た。


「お部屋にご案内します」


 羽根妖精ピクシーに案内されて階段を上ると、シュンも双子達も3階の部屋に通された。配慮なのか、通路を挟んで向かいの部屋だった。


「宿内での規則は机の引き出しをご覧下さい。食事の時間なども書いてあります。この町にある店についても案内がありますのでご覧下さい」


「鍵が無いようだが?」


「ただ今、登録しますので指をここに・・」


 羽根妖精に促されて取っ手の下にある金属板に指を触れると、蜘蛛の巣のように淡い光が扉に拡がって行った。


「はい、これでお客様の他は扉を開けることが出来ません」


「便利だな」


 シュンは素直に感心した。ちらと通路越しに見ると、双子達も同じように鍵の設定をして貰っていた。


「宿のどこかに、何か時間が分かる物は無いかな?」


 羽根妖精ピクシーに訊ねると、


「寝台の枕元に時計がございます」


「時計があるのか!?」


 貴族しか所有していないような貴重な物が、寝台の枕元に無造作に置かれていた。小脇に抱えられそうな箱型の時計だった。


「この町で売っているのか?」


 まさかとは思いながら試しに訊いてみる。


「はい、ございますよ」


 羽根妖精ピクシーが笑顔で頷いた。


「・・凄いな」


 シュンは時計へ目を向けつつ、ちらと双子の方を見た。あちらも扉を半開きにこちらを見ている。


「まだ陽が高いし、3時間ほど休もう」


 シュンが言うと、


「アイアイサー」


「ラジャー」


 双子が笑顔で敬礼した。

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