第38話 侵入者


「よく分からないが、つまり、童女を相手に性交を強要していると、そう言いたいのか?」


 決して小さく無いシュンの声に、宿を出立しようと集まっていた者達が受付の方を振り返った。


「こ、声をあげるな馬鹿っ!」


 受付の男が慌てている。


「その人、眼がキモい」


「その人、顔がキモい」


 ユアとユナが受付の男を指差す。


「いや、ただ、そういう事になってないか心配しただけで・・」


「顔がイヤラシイ」


「眼がヘンタイ」


 慌てる受付の男を双子が指差す。


「まず、この双子は童女じゃない。俺と同じ歳だ。まあ、数ヶ月の差はあるかもしれないが、大きくは違わない」


「・・えっ?」


 受付の男が固まった。


「16歳ナリ」


「結婚もできるナリ」


 双子が威張る。


「う、嘘だろ?」


「侮辱」


「屈辱」


 双子が手で顔を覆って座り込んだ。泣き真似である。

 その時、


「何があったの?」


 部屋の確認に行っていた女が階段を下りて来た。


「変態野郎!」


「妄想野郎!」


 双子が大声で受付の男を罵った。


「・・本当に、何があったの?」


 冷え冷えとした声音で、女が受付の男を見た。


「聞いて欲しい」


「助けて欲しい」


 双子が女に縋りつく。


(やれやれ・・)


 シュンは置き物に徹して無言を貫く事にした。

 しばらく、糾弾と断罪、謝罪と言い訳それぞれが混線して飛び交い、受付の男が多勢に無勢で追い詰められ、吊るし上げられて罵声を浴びせられ・・・宿の受付前は騒然となった。


「ボス、応答セヨ~」


「ボス、帰還セヨ~」


 双子に上着の裾を引かれて、シュンは眼を開いた。


「終わったか?」


「謝罪を受け入れた」


「お金で解決」


「そうか、では出発しよう」


 シュンは、なるべく受付を見ないようにして玄関へ向かった。今日で8階と9階の地図を完成させてしまいたい。


「待って。連れが迷惑をかけて御免なさい」


 女が追いかけてきた。


「この2人が謝罪を受け入れたのなら、俺の方は問題無い」


「・・かなり失礼な事を言ったと聞いたわ」


「大丈夫だ。それより・・凄い顔で睨んでいるが・・まだ誤解が続いているのか?」


 シュンは、受付に居る男を見て言った。


「ああ、あれは気にしないで。自称、女の味方だから。気をつけないと粘着されるわよ?」


「恐怖」


「ホラー」


「はは・・あれでも、元は同じパーティのメンバーでね。私とあいつ、あともう1人を残してパーティメンバーが死んじゃって。こうして、宿番をやってるのよ」


「失礼した」


「謝罪する」


 双子が言った。


「良いって。もう10年も前の事だから。忘れる事は出来ないけどね。何とか乗り越えた気はする」


 女が苦く笑った。


「こういう世界・・テレビゲームにあるんでしょう? 私はやった事が無くて、色々分からない事だらけで苦労したんだ。途中までは何とかなってたんだけどね」


「何階まで行った?」


「11階。あの転移門に辿り着くまでに大勢が死んで、その中にパーティの3人も・・ね」


 10階の砦戦で多くの命が失われたらしい。迷宮人から狙撃を受けながら、あの魔物砦を突破するのは困難だ。突破して転移門を抜けたものの、心が折れたのだろう。


「復帰する気は無いのか?」


「それ、何度も訊かれたけどね。レベル上げが上手く行って外に出たって、何かして食べて行かなきゃならないし、それなら迷宮で宿屋をやってたって同じだから」


「そうか」


 シュンは双子を見た。


「行こうか?」


「ラジャー」


「アイアイサー」


「・・またおいでよ。死ぬんじゃ無いよ」


 女が言った。双子に対してかなり同情的になっているらしい。


「あんた、名前は?」


「パメラ」


「俺はシュン、こっちは・・」


「ユア」


「ユナ」


 双子がそれぞれ手を挙げる。


「・・また寄るよ」


 シュンはパメラに言って宿を出た。


「ニホン人じゃ無い」


「色々負けた」


「異邦人も色々だな。確かに・・安定した職があるなら、迷宮で生きていっても良いのか」


「ちょっと暗い」


「太陽の光と違う」


 双子が天井を見上げた。この町は、迷宮内にしては明る過ぎるくらいの光が降り注いでいる。時間で暗くなり、夜の演出もある。慣れると住めるのかもしれないが、今はそんな気持ちにはなれない。やはり、陽の光が欲しい。


 パンが焼ける匂いに誘われて町の通りを歩いて行くと、焼いたパンに野菜や腸詰ソーセージを挟んで売っていた。


「弁当代わりにしたい。30個焼いてくれ」


「はいよ! メンバーの分だな、時間かかるから座って待っててくれ」


 そう言って、禿頭に布切れを巻いた大男が茹でていた腸詰ソーセージを網の上に並べ始めた。


「ボス、ポイポイは見せない方が良い」


「ボス、網袋ある」


 双子がささやく。ポイポイ・ステッキの存在をあまり知られない方が良いと言っている。あまり数が出回る品では無いし、双子が言う通りだろう。


「8階、9階の地図作りをしながら、練度上げを行おうと思う」


「異議無し」


「賛成する」


 双子が手帳に描いた地図を見直す。相変わらずの秀逸な出来映えだ。すでに8階の途中までは描けている。

 シュンは、双子の地図作成能力は、特異な能力だと思っていた。これほど細緻に縮尺を整えて描くためには、測量器具を持ち込んで測量を行っていかなければいけない。しかし、太陽も星も無い迷宮内で、それを行うのは困難を極めるだろう。


 この双子は、何の器具も使わずに、驚くほど正確に地図を描き上げてしまう。これほど迷宮攻略の助けになる能力は無いだろう。


「リビング・ナイトの強さが増してきているな。召喚した奴にも、経験値とかあるのか?」


「剣が強くなった」


「鎧が硬くなった」


「楯を使った立ち回りも上手くなってきたし、HPも増えたような・・・あいつも立派なメンバーだな」


 リビング・ナイトの動きが洗練され、剣や楯の扱いがどんどん上手くなっている。以前は、体当たりのような戦い方しか出来なかったが、近頃は斬る突く薙ぎ払うだけでなく、受け流したり、楯で牽制したり・・動きが多彩になっていた。


「うん、頼もしい」


「うん、頼りになる」


「雷魔法に弱いのは相変わらずだけどな」


 火や風といった魔法には強いのだが、雷系の魔法を浴びるとすぐに動けなくなる。


「仕方無い」


「誰でも弱点ある」


 双子が擁護する。


「召喚して維持しておくためのMPも少なくなった」


「ボスは召喚士サモナー?」


狙撃手スナイパーなのに召喚士サモナー?」


「俺は猟師だ」


「・・ボケ?」


「・・受け狙い?」


「何を言っている?」


 シュンは首を傾げた。


「知ってた」


「真面目にボケる」


 双子が互いに顔を見合わせて、クスクスと笑う。


「テンタクル・ウィップで仕留めると、きちんと魔物を解体できるから、狩猟をやっている気分になれる。ドロップ品だけというのは面白く無い」


「それはボスだけ」


「血みどろNG」


「だが、採れる素材は面白い」


「・・錬金?」


「・・調合?」


「作れる物は何でもだ。炉が無いから鍛冶は難しいが、他の品はだいたい手に入るからな」


 牙、角、骨や筋、毒腺、目玉、舌、甲殻、皮、毛、虫、草、茸、木の実、魔石・・金属片は手に入るし、鉱石も採れる。


 必要な道具類は、町の"元"探索者達が造って売っている。中には何に使うのか分からない道具類もあるが、町には探索を断念した人間だけでなく、はなから迷宮で暮らすと決めている者も多く住んでいた。


 シュンは、そういう生き方もあると思っている。

 宿の女も言っていたが、外に出ても何かで稼いで食べていかなければいけない。ここのような町に居場所が見つかれば、わざわざ迷宮から出ようとしなくて良いだろう。

 こうした暮らしに満足できない人間は上層階を目指せば良いのだ。


「ボス、焼けた」


「ボス、お弁当」


 双子が屋台を指さした。具が落ちないように一つ一つを紙で丁寧に巻いてくれている。双子が端から大きな網袋に入れていった。


「油紙を使ったから1本3デン貰って良いかい?」


「もちろん」


「無問題」


 双子が気前よく頷いて支払いをする。

 ずっしりと重くなった網袋を肩に背負い、シュンは路地へと入りながら、ポイポイ・ステッキで収納した。


「・・これは?」


 シュンは足を止めた。同時に、VSSを取り出している。


「敵?」


「強盗?」


 双子がそっと身を寄せて周囲へ視線を巡らせ、防御魔法を掛けていく。


「護耳、護目、楯」


「ハイサー」


「アイアイサー」


 双子が即座に反応して装備した。"ディガンドの爪"に身を隠し、路地の左右へ眼を向ける。


「・・ここの屋根の高さでユアのXMを炸裂させたい」


「可能」


「ディメンション・ムーブ」


 双子が頷き合い、"ディガンドの爪"の陰で、ユアがXMを取り出してピンを抜くなり、建物の屋根を見上げた。


 直後、XMが屋根の高さへ出現していた。


「ついて来い」


 双子に声を掛けて、シュンは建物の壁を蹴って斜め上へ、さらに上の窓枠に指を掛けて身体を跳ね上げる。


 派手な炸裂音と閃光が弾ける中、VSSを構えたシュンが屋根の上に着地していた。

 即座に、連続して引き金を絞る。


 そこに居たのは、肌の色が特徴的な迷宮人だった。


(8人・・)


 眼を眩ませて立ちすくんだ迷宮人めがけて、VSSを撃ち、テンタクル・ウィップで殴り倒す。


「いいぞ!」


 双子に声をかけた。背中に黒い小翼を生やした双子が屋根の上まで到着したのだ。


「セイクリッドォーー」


「ハウッリングゥーーー」


 双子の気合い声と共に、白銀の奔流が屋根上に転がった迷宮人達を襲った。


 その間、シュンは他に迷宮人が来ていないか視線を巡らせていた。


(・・おまえか)


 VSSの照準器越しに、見覚えのある美麗な迷宮人を見つけて、わずかに眉根を寄せる。


 向こうも、シュンを見つけていた。

 互いに狙撃銃を構え、引き金を絞っていた。


 シュンが放った銃弾は狙い違わず、美麗な迷宮人の肩口を撃ち抜いた。一方で、シュンを狙った銃弾は虚しく屋根を穿うがっただけだ。


 "霧隠れ"・・迷宮人が来ていると知った瞬間に、シュンと双子に水魔法の"霧隠れ"を掛けている。相手は微妙に位置を誤認識させられる。


(悪いな・・今日は仕留めるぞ)


 シュンは立て続けに引き金を引いた。

 美麗な狙撃手が遠い屋根の上で跳ね転がる。ほぼ瀕死だ。

 後は、双子の聖法術で・・。


(ぁ・・)


 楯を構えていた別の迷宮人が、シュンが撃ち倒した美麗な狙撃手めがけて剣を振り下ろした。


(馬鹿な・・)


 美麗な狙撃手が灰になって消えて行く。聖術によるとどめを回避された。

 舌打ちをしながら、シュンはVSSで楯役の男を狙い撃った。楯に1発、2発目はわずかに覗いた頭部を捉えた。

 って姿勢を乱したところへ、連続して撃ち込むと、屋根から転がり落ちて行った。


「ボス、コイン集めた」


「討伐メダル」


 双子が8枚の円形のメダルを集めてきた。片面が白、もう片面は黒色をしている。指触りは石のような感触だった。


「迷宮人だぁっ!」


「入られてるぞぉ!」


 町の方々で声があがり始めた。


「落ちた奴を仕留めに行こう。もう、町の人間に倒されたかもしれないが・・」


「ラジャー」


「アイアイサー」


 パタパタと黒い小さな翼を動かしながら双子が敬礼した。

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