第287話 試合の準備
ドォォォ~ン・・
ドォォォ~ン・・
ドォォォ~ン・・
真っ白な砂の海に重々しい太鼓の音が鳴り、地響きと共に広大な円形闘技場が砂中から出現した。
かつて、イルフォニア神殿があった場所だ。
真っ平らに整地された広大な大地が白砂に覆われ、円形の闘技場が現れたのだった。
『・・派手だね』
マーブル主神は沈んだ声で感想を呟いた。
普段なら、こういうお祭り騒ぎは大好きだし、大はしゃぎをするところだが・・。
『これが死の国の神前試合の闘技場ですか? 初めて見ました』
輪廻の女神が物珍しげに周囲を見回した。
後方で、オグノーズホーンが闘技場全体を見回し、張られた防護結界の範囲を確かめている。
『ボクも3度目さ。こんなの滅多に見られないよ』
『・・神様、お加減が?』
輪廻の女神が隣からマーブル主神の顔を覗き込んだ。
『あ・・うん、いや、大丈夫さ。ただその・・大丈夫かな?』
マーブル主神は不安げに言った。
『大丈夫です。何があっても闇が御守り致します』
『う、うん・・でも、何かあったら終わってると思うんだけど』
『その時は闇も一緒です。ご安心下さい』
輪廻の女神が優しく微笑んだ。
『・・ははは、ボクって、こういうの弱いんだよ。闇ちゃんみたいに覚悟が決まらないっていうか』
マーブル主神は自嘲気味に呟いた。
もちろん、マーブル主神の不安は、自分の命が賭けられているからではない。そこはもう終わった。レベル900を超えた"ネームド"が戦いを行うこと自体を恐怖しているのだ。
今、"ネームド"達は、力の加減を覚えるために、魔神の世界へと渡って訓練をしている。だが、そんな付け焼き刃でどうこうできる問題では無いだろう。
何かの弾みで、元の力を発揮すれば・・。
『大丈夫です。使徒シュンがそう申したではありませんか』
輪廻の女神に背を摩られて、マーブル主神は青ざめた顔を上げた。
心配で、何度もシュンに連絡を入れているのだ。その度に、大丈夫だと返事を貰ってはいるのだが、マーブル主神の不安は一向に払拭されないままだった。
『・・闇ちゃん』
マーブル主神は縋るように輪廻の女神を見た。
『使徒シュンは嘘を吐きません。あの者が大丈夫だと申したのですから。それに、あのレベルのままで困るのは、使徒シュン自身ですよ?』
『う、うん・・そうだね。あれじゃ、まともに生活が出来ないから、彼なら何か工夫するよね』
マーブル主神は頷いた。
レベル900超えは、マーブル主神にとっても誤算だったが、シュンにとっても誤算だったに違いない。必ず、何らかの手段を講じてくる。
「主殿・・」
短く声を掛けて、オグノーズホーンがマーブル主神の側へ寄った。
『オグ爺?』
何があったのか訊ねようとして、マーブル主神は口を噤んだ。
観覧席の下の段から、筋骨逞しい青年とすらりと背丈のある美しい女が近付いて来ていた。
青年は額の中央に角があり、薄い水色の肌をしている。女の方は、褐色の肌に銀色の長い髪、豊麗な肢体を黒い長衣に包んでいた。
『死の国の大物が揃ってお出ましか』
マーブル主神は、やや緊張した面持ちで見つめた。
端正な顔立ちの青年が、マーブル主神が座っている場所より下方に並んだ座席の近くで足を止めた。
『現界の主神殿、死の国のバローサ・ジーラと申します』
深々と
『同じく、死の国のデミア・デイルです』
黒衣の美女が優雅に身を折った。
『・・死鬼兵が攻めて来た時以来だね』
マーブル主神は、死の国の大将軍と女王の腹心を等分に見ながら声を掛けた。古来から変わらぬ両雄である。その名は、遙かな太古より神界に知れ渡っていた。
『奥方様でしょうか? なるほど、陛下が仰った通り・・お美しい』
大将軍バローサが輪廻の女神を見て改めて一礼をした。
『女王様はいらっしゃるのですか?』
輪廻の女神が穏やかに微笑を返しながら訊ねた。
『はい。試合開始までには、お越しになるでしょう』
デミアが艶然と微笑みながら、オグノーズホーンを見た。
『賢者殿、お噂は兼々伺っております。こうしてお目にかかる日が来ようとは思いませんでした』
「儂の方こそ・・デミア殿の勇名は、儂が生まれた世界にも知れ渡っておりましたぞ」
オグノーズホーンが礼を返す。
『あ~・・ちょっと訊きたいんだけど?』
マーブル主神は、デミアに声を掛けた。
『この会場の結界ってどうなってるの? 念入りに張ってくれてるんだよね?』
『ええ、死の国の術者達が幾重にも巡らせております。ただ・・そちらの使徒殿が本気で暴れると保ちません』
デミアが答えた。
『それ、まずいんじゃない? 嫌だよ? 死の国の女王に怪我をさせたり・・それで責任取れって言われても困るんだけど?』
『ふふふ・・それはお互いに同じ状況でしょう。この結界を破られた場合は、我らで女王陛下を・・賢者殿と奥方が御身を御守りする事になります』
デミアが微笑み、
「その通りですな」
オグノーズホーンが頷いた。
『ふ~ん・・それで? ボクは賭け物になってるんだけど、どこに居れば良いんだい?』
マーブル主神は皮肉げに笑って見せた。
『会場内であれば、御自由になさって構いません。御自由にお寛ぎ下さい』
バローサ大将軍が即答した。
『えっ? 良いのかい?』
まさかの回答に、マーブル主神は眼を剥いた。
『カーミュの宿主・・使徒殿が敗れることはありません。従って、御身に賭け物としての拘束は不要なのです』
『へっ? あ、ああ・・そう?』
賭けの対象が自由にして良いとは・・。
『この決闘の場は、女王陛下がカーミュの宿主殿に助力をするために設けたものです。あるいは、宵闇の側はわずかに希望を抱いているかもしれませんが、御身の使徒からすれば格好の狩り場・・日々の狩りと変わりますまい』
バローサ大将軍が笑顔で言った。
『そうなの?』
『いつまでも戦乱が終わらぬようでは現界の復興が遅くなるばかり。女王陛下が、そろそろ幕引きをしてはどうかと・・そう仰るものですから』
バローサ大将軍が苦笑を漏らした。
『現界の主神殿が引き受けて下さらない場合には、我らの片方が賭け物となるよう申し渡されておりました』
『げぇ・・そうなの? なに? こっちは、焦って大騒ぎだったんだけど?』
マーブル主神は思わず声をあげた。
どういうわけか、死の国の方は使徒シュンに全幅の信頼を寄せているらしい。
『おや? そうだったのですか?』
デミアが意外そうに言って首を傾げ、戸惑った様子でバローサ大将軍と視線を交わす。
『何をどうしたところで、カーミュの宿主殿に敗北は有り得ない。我らはそう確信しておりましたが・・不安になる要素があった事に気が付きませんでした。お詫び申し上げる』
バローサ大将軍が申し訳なさそうに言った。
『え・・ええと、いや・・うん、まあ』
マーブル主神は
『宵闇の女神は、古来より戦場に立っていた大神です。並の神々が太刀打ち出来る存在ではありませんが・・それでも、カーミュの宿主であるシュン殿には敵いません。この度の試合は、茶番に等しいものと理解しておりました』
デミアが淡々と語った。
『あぁ・・うん、うちの闇ちゃんとオグ爺もそう言うんだけど、ほら・・やっぱり心配じゃん? アルマドラ・ナイトとか使えないんでしょ?』
マーブル主神は腕組みをした。
『甲胄人形の使用を控えて頂くよう申し入れたのは、単に我らが結界強度に不安を覚えたからです。しかし、あの甲胄人形を使わずとも、問題が無いだけの力の差が存在していると認識しておりましたので、恥を忍んで甲胄人形を使わぬよう申し入れをさせて頂きました』
『・・そうなの? なんだかシュン君って、すっごい高評価じゃん?』
マーブル主神の額に汗が滲んだ。
これはもしかすると、何もする必要が無かったのではないか? レベルアップなどしなくても、シュンが余裕で勝っていたのでは? 不安に駆られて、とんでもない過ちを犯してしまったのでは?
マーブル主神の胸中を、果てしない後悔の念が渦巻いていた。
『ご気分が優れないようですね?』
デミアが、マーブル主神の表情に気が付いて、傍らの輪廻の女神を見た。
『少し休ませて頂きましょう』
輪廻の女神がマーブル主神の背へ手を添える。
『う、うん・・そうだね。いや、平気だけど、ほら・・ちょっと考える事が多くってさ』
マーブル主神は、顔を両手で覆って大きな溜め息を漏らした。
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