第49話 18階の集落

「町でゴザル」


「そうでゴザルな」


 ユアとユナが何とも言えない表情で町並を眺めていた。


 青い空の下、荷車に揺られている。そう、迷宮の中なのに空があった。外と同じく太陽が照りつけている。

 御者は細身の蜥蜴人、いているのは大きな蜥蜴だった。なので馬車とは呼べず、蜥蜴車とでも呼ぶべきなのだろうか。話を聞くと、ちゃんと夜もあり、季節の変化もあるらしい。雨の日もあれば、雪の日もあるのだとか。


(さすが、神様の迷宮だな)


 この18階には人が住む集落が3つもあるらしく、シュン達が最初に辿り着いたのは牧場が主体の小さな村だった。広大な土地に点々と家がある8戸ほどの村で、旅人が立ち寄って滞在させて貰うには不向きな感じだった。とりあえず、最寄りの家に挨拶してみようと歩いている途中で、毛のやたら長い山羊の乳を買い付けに来ていた蜥蜴人に声をかけられ、少し離れた場所に町があると教えられ・・。その蜥蜴人の荷車に乗せて貰って、こうして隣町まで来たところだ。


 ここは、少し大きな町だった。

 牧場のような防塁では無く、本格的な城壁に囲まれていて、城壁上には見張りの兵士達の姿があった。ただ、シュン達のような人間とは少し姿の違う、犬や猫の頭をした人達だった。


「ここは、何ランド?」


「不思議の国?」


「外で見る獣人とはまるで違う。これも迷宮人なのか?」


 危険感知には反応が無いので、敵意は向けられていないようだが好奇の視線はあちこちから向けられる。迷宮の中にこんな町があるとは思わなかった。


「ここは、アジャード。迷宮人とは違う、迷宮産の人間達が作った町だよ」


 御者をしている蜥蜴人が笑うように口を開いて言った。

 あの口でどうやって発音しているのか不思議だが、


「18階には他にも町があるのか?」


 シュンは通りの左右に並んだ建物を見ながら訊いた。


「あるよ。ここから7日ほどの場所に、洞窟人と異邦の人が集まって作った町がある」


「ここ・・アジャードの町とも交流が?」


「最近はあまり盛んじゃ無いねぇ。食べ物とか違うし、見ての通り着る物が・・形からして違う。素材のやり取りはあるんだけど、あっちは外の世界と取引をやっているからねぇ」


「なるほど・・この町には俺達でも食べられるような料理を出す店はあるだろうか?」


 シュンは訊いてみた。この町に泊まってみるつもりになっている。


「魔物の肉になるけど?」


「問題無い」


「苦いのは嫌」


「硬すぎると無理」


「・・牙が無いからね。そうなると、ミートンさんの所かな。割とった物を作るから、何かあるだろう」


 蜥蜴人が揺れる荷車の上で、指さして教えてくれたのは、道にあふれるほどの客で賑わっている食堂の横、円柱状の塔のような形をした小さな建物だった。


「灯台?」


「光る?」


「灯台?何だいそれは?」


 蜥蜴人が双子を振り返って訊いた。


「船を護る塔」


「光で報せる」


「ふうん、護りの塔かな? 外には変わった物があるんだねぇ。ああ見えて、奥に長いから狭くは無いよ」


 蜥蜴人が笑ったようだった。


「ありがとう。行ってみるよ」


 シュンはポイポイ・ステッキの中から、傷薬を取り出して差し出した。


「自分で作った傷薬だ。効きは良いと思う」


「おお、あんた薬師様だったのかい? こりゃあ、なんだか有り難いねぇ」


 蜥蜴人が薬瓶を受け取って牙が並んだ口をゆるめた。


 シュンは双子を連れて、食堂の喧噪を眺めながら塔のような建物の前に立ち、扉を軽く叩いてみた。


「ワンが多い」


「ニャンもいる」


 食堂の客を見ながら双子が囁き合っている。

 その時、


「はいよっ・・と? どちらさんだい?」


 扉から顔を覗かせたのは、ワンでもニャンでも無く、鳥顔の男だった。


「こちらなら、俺達みたいなのでも食べられる食事があると聴いて来た」


「食事・・ああ、牙無しさんか。美味しいのは、隣の店なんだけど、ちょっとみきるのは辛いか。うちのは穀物が中心になるから若い人には物足りないかもよ?」


「ぜひ、食べてみたい。対価は・・貨幣では無いかな?」


「この辺は物とかで交換だからね」


「傷薬や毒消しはどうだろう?」


「おっ、薬師さんかい? それなら、傷薬を3本貰おうかな。代わりに3人前の食事を用意するよ」


「よろしく頼む」


 シュンは笑顔で頷いて、傷薬の瓶を3本取り出して渡した。


「薬師さんは珍しいなぁ。あ・・隣の食堂の女将おかみさんが切り傷こしらえてたから、治してやって貰えないかな? 料理は直ぐには出来ないし」


「良いけど・・でも、どの人だろう? ちょっと見分けが・・」


 シュンが賑やかな食堂を見回すと、鳥顔の男が外に出て来た。


「誰か、女将おかみさんを呼んできてくれ。この人、薬師さんなんだ」


「おおっ!?」


「そりゃあ良い!」


「おい、女将おかみっ!」


女将おかみさんっ!」


 分厚い肉に噛みついていた犬顔の男達が奥に向けて声を張り上げた。伝言ゲームのように、食卓から食卓へと叫び声が連鎖して、賑やかな騒動になった。


「なんだい、やかましいね!」


 虎のような顔をした大柄な女性が外に出て来た。なるほど、右腕の肘の辺りに包帯を巻いている。


「この人、薬師さんだってさ。治療して貰いなよ」


「へぇ!? 珍しいね?」


 虎顔を近づけて、まじまじと見つめてくる。猛獣さながらの迫力だ。


「刃物で切った傷かな?」


 シュンは薬瓶を取り出しながら訊いた。


「いや、爪さ。夢見が悪くってね」


 女将おかみが包帯を手早く外して腕を見せた。獣毛に覆われた腕に、かなり深い裂傷があった。血が滲み、少し化膿した箇所もある。


「なるほど、これだと治りが悪い」


 シュンは薬瓶の蓋を開け、中身を女将おかみの腕の傷へかけていった。


「ぅわ・・なんだい、しょわしょわして、こそばゆいよ!」


 虎顔の女将おかみがくすぐったそうに声をあげる。


「でも、治っただろう?」


 シュンは笑顔で訊ねた。


「え?・・あ、あれ?・・傷が消えちまったよ?」


 虎顔の女将おかみが呆然と呟いた。

 途端、見守っていた客達が喝采の声をあげて大騒ぎになった。


「なんてこったい! 凄いじゃないか、あんた!」


 虎顔の女将おかみが、興奮した様子で、どしどしとシュンの肩を叩いた。

 シュンは、ちらと左手甲のステータスへ眼を向けたが、HPは減っていなかった。身体の能力値が上がったお陰かも知れない。


「大丈夫そうかな」


「ああ、もう、どこを怪我したんだか分からなくなっちまったよ!」


 虎顔をしかめるようにして女将が笑った。


「良かった。食事代くらいにはなるだろう?」


 シュンは、様子を見ていた鳥顔の男を振り返った。


「すぐに準備する! その辺で待っててくれ!」


 鳥顔の男が塔の中へ駆け込んで行った。


 それからは、双子が言うところのワンやらニャンやらが肉塊を持って押し掛け、噛み切れ無いと言えば細かく切って皿に積み上げ、煮込んで柔らかくした肉など次々に出された。


 そうこうしている内に、鳥顔の男が料理を盆に載せて持って来た。


「米っ!?」


「ライスっ!?」


 双子が声を上げた。


「イェシという穀物をいたものだ。これだけじゃ味気ないが、おかずは足りているようだからね」


 鳥顔の男が言った。


「素晴らしい!」


「夢が叶った!」


 双子が拝むようにして、真っ白なイェシをスプーンすくって口へ入れる。

 みるみる眼が大きく見開かれ、悦びに頬を染めて、互いをパタパタと叩き合い、煮込み肉を摘まみ、白いイェシを頬張り・・。


「喜んで貰えたみたいだね?」


「ああ、ありがとう。これって、市場で手に入るのかな?」


 シュンは礼を言いつつ訊いてみた。


「裏のイックの店で扱ってるよ。あいつの従兄弟が町の外で作ってるんだ」


「そうか。後で行ってみよう。そうだ・・女将おかみさん、腸詰めソーセージの燻製なんかはある?」


 虎顔の女将おかみに訊いてみる。


「あるとも。まだ仕込み前で、塩が足りてないんだけど・・」


「むしろ、まだ塩が効いてないくらいのが良いな」


「それだったら、たっぷりあるさ」


「さっきの傷薬10本分で交換できる量が欲しい」


 シュンが言うと、女将おかみが眼を丸くした。


「あははは・・それじゃ店が傾いちまう! まあ、そうだね。その樽で2つ分でどうだい?」


「じゃあ、それで」


 シュンは薬瓶を10本取り出して女将の前に並べた。


「これ、効果に期限はあるかい?何日かで腐っちまうとか?」


「3年は大丈夫だけど、それを過ぎると効きが落ちていく」


「そんなに保つのかい!? 凄いんだね」


 女将が10本の薬瓶を前掛けに包みながら喜色を浮かべて奥へと駆けて行った。


 食堂では、燻製スモーク前の腸詰めソーセージを1樽、燻製スモーク後の腸詰めソーセージを1樽、さらに果実水を1樽貰った。その後で、鳥顔の男が言っていたイックの店へ行って、イェシの実を根こそぎ手に入れた。鳥人族にしか需要が無いらしく、そんなに沢山は作っていないらしい。

 双子があまりに熱心だったので、少し無理を言ってイェシの苗まで貰った。


 他にも、


「麦味噌!?」


「醤油!?」


「梅干し!?」


「餡子!?」


「黒砂糖!?」


「黒酢!?」


「芋焼酎!?」



 双子の興奮はなかなかしずまらなかった。

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