第267話 ゴーストの囁き


 闇の黒衣に包まれたマーブル主神が、苦悶の形相で身じろぎをし、何かを叫びたそうに口を開けたり、イヤイヤをするように首を振ったり・・。



 ギャァァァァァーー・・



 最後は、恐怖に顔を歪めて絶叫を放ち、ビクンビクン・・と痙攣してから動かなくなった。


『オグ爺、神様が・・』


 輪廻の女神が不安そうに、オグノーズホーンに声を掛ける。


「・・霊域の内で、何やら暴れていたようだが、どうやら仕留めたようだ。ただ・・」


 オグノーズホーンがわずかに言い淀んだ。


『ただ、何? オグ爺?』


「主殿の霊魂が苦しみ始めている・・いや、すぐに癒やしの力が・・ふうむ?」


 オグノーズホーンが首を傾げた。


『オグ爺っ!』


「・・主殿の霊魂が受けた傷を、シュンが治療している最中といったところか」


『大丈夫なの? ねぇ?』


 輪廻の女神が、苦悶の形相のまま動かなくなったマーブル主神を痛ましげに見つめた。


「傷の数・・範囲が広い。シュンの治療が間に合っておらんようだ」


『そんな! それじゃあ・・どうなるの? どうしたら? 何か方法は無いの?』


「落ち着け。核は無傷で護られている。傷み始めているのは、霊魂の外殻部分だ」


 オグノーズホーンが、ちらとユアナの方を見た。


「戻らぬか?」


「・・まだです」


 ユアナは小さく首を振った。

 ユアナの膝の上に頭を乗せたまま、シュンの体は動く気配が無い。


 戦いそのものについては、シュンが負けることは無い。それがどんなに厳しい戦いであっても、どんなに長い戦いでも、必ず勝ちを拾う。シュン自身は無事で戻る。

 ただ、マーブル主神の霊魂が無事に助かるかどうかについては、ちょっと自信が無い。


『オグ爺、得意の霊法で何とかならないの?』


「外からでは手出しができん。下手に霊圧を歪めれば、中で何が起こるか分からんぞ?」


『・・あぁ、神様』


 輪廻の女神が悲痛な顔で、マーブル主神を掻き抱いたまま俯いて肩を震わせた。


 その時、


『ヒャッハァーー・・』


 マーブル主神が奇怪な叫び声を放った。



****



 ヒャッハァーー・・



 大勢の男達による奇声が響き渡った。

 同時に、無数の幽霊ゴーストが出現して、周囲を飛び交い始める。


「散布して回れ」


 シュンの周囲に、無数の水瓶が出現して並ぶ。

 水瓶の中身は、霊毒を中和し、傷ついた霊魂を治癒する秘薬だ。


 男達の幽霊が霧が流れるように水瓶を巻き上げて一斉に闇の中へと散って行く。



 ヒャッハァーー・・



 シュンは、次の一団をび出した。


 "ゴーストフィーバー"という技だった。


 致死性の絶叫をあげるゴーストが大量に飛び回って、効果範囲内の相手を即死させる技だが、水瓶のような"物"を運搬させることもできる。

 魔神討伐のイベント報酬として与えられた"技の書"で覚えたものだ。


 苦悶に顔を歪めた無数の幽霊が、新たに並べられた秘薬入りの水瓶を抱えて飛び去っていく。


 ゾウノードの残した霊毒を一つ一つ見つけ出して回る時間が無い。ならば、霊魂全体を秘薬漬けにしてしまえ・・という作戦だった。


『変なお化けなのです』


 カーミュが呆れた顔で眺めている。



 ヒャッハァーー・・



 また、幽霊の一団が喚び出された。


『ひゃっはぁーー』


 マリンが奇声を真似して跳び回る。


『真似しちゃダメなのです。よくない声なのです』


『ごしゅじん、だめなの~?』


 カーミュに説教をされて、マリンがシュンの襟元へ巻き付いてきた。


「そうだな。あれの真似は止めた方が良い」


 シュンは苦笑しながら頷いた。


『そっかぁ~』


「それより、そろそろゾウノードの霊体を探してくれ」


『ぞうのーど? たいほぉ~?』


「逮捕だ」


『やるぅ~』


 マリンが勇んでシュンから離れると闇中を駆け上がる。


『ごようだ! ごようだ!』


 マリンが楽しそうに長い尻尾を振りながら、水霊糸を方々へ伸ばして駆け去って行った。



 ヒャッハァーー・・



 秘薬の水瓶を並べつつ、次のゴーストを喚び出した。


「どうだ?」


 シュンは、カーミュを見た。マーブル主神の霊魂の状態を訊いたのだ。


『かなり押し戻したです。ただ、霊体が毒で溶けちゃって減ってるです』


「多少の事は仕方が無い。どの程度の変調が起こる?」


『う~ん、性格が少し変わるくらいなのです。薬が効いているから霊魂は健康なままなのです』


 カーミュが言った。


「・・今更だが、この"ゴーストフィーバー"はマーブル主神に悪い影響を与えないか?」


 何度も喚び出しているため、凄まじい数の幽霊が絶叫しながら飛び交っている。


『間が抜けていても神様なのです。幽霊ゴーストなんかに影響されないです』


「そうか」


 シュンが頷いた。

 その時、遠くからマリンの得意気な声が聞こえてきた。


「見つけたらしいな」


 シュンは口元に笑みを浮かべた。


『逮捕したです』


 カーミュもくすくすと笑った。


『でも、ゾウノードの霊体をどうするです?』


 ゾウノードが"予備"として準備しながら使うことが出来なかった霊の分体である。放って置いても消えて無くなるのだが・・。


「外から持ち込まれた霊体なのだろう?」


『そうなのです』


「霊毒で減ったマーブル主神の霊魂に足し合わせて、元の大きさに戻せないか?」


 霊魂に穴が掘られたなら穴を、亀裂が入ったのなら亀裂を、ゾウノードが遺した霊体で埋められないかと考えたのだ。元はゾウノードの分体だが、本体が消滅した今は、ただの残り香の様なものだった。補修資材の代わりになれば・・。


『・・すごいです! カーミュなら出来るのです! 気が付かなかったのです!』


 カーミュが興奮顔でシュンを見た。


「影響は?」


『ちょっとぼんやりするです。でも、すぐに元に戻るです』


 カーミュが満面の笑顔で言った。


「しかし・・多いな」


『ゾウノードは心配性だったのです。いっぱい分体を作っていたです』


 シュンとカーミュが見上げる先を、


『かくほぉ~』


 誇らしげな声と共に、マリンが霊糸で簀巻きにした霊体を8個も引き摺って駆け戻って来た。






=======

1月18日、誤記修正。

ゴーストライダー(誤)ー ゴーストフィーバー(正)

※技の成長回を削除したことを忘却しておりました。

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