第266話 リンケージ


「これが内部世界か」


 シュンは、周囲を見回した。カーミュの説明によれば、ここはマーブル主神の"内部世界"・・霊魂の揺り籠のような場所らしい。


『ここは、魂の寝台なのです。でも・・何だか、ゴチャゴチャしてるです』


 カーミュが呟いた。


 何のための道具か分からない、大小様々な道具が足元に散らかっていた。

 壁や天井は無いらしく、真っ暗な闇の中に、玩具箱を引っくり返したような惨状の一本道が浮かんでいる。


『ここは、迷路みたいになっているです』


「迷路か?」


 見たところ、ひたすら真っ直ぐ伸びる一本道だったが・・。


『たぶん、ゾウノードが迷い道を創ったです。この迷い道を突破すれば、霊魂の中核がある霊界に入るです』


「・・なるほど」


 シュンは頷いた。

 マーブル迷宮を囲むシータエリアのようなものだろう。ゾウノードによる備えらしい。


『ご主人の予想通り、敵に入り込まれたです。間抜けなのです』


 カーミュが容赦無い。ただし、シュンが予想したのは、マーブル主神がうっかりして霊虫に寄生される事だった。まさか異世界の神に直接かれるとは・・。


『でも、ご主人のおかげで完全じゃないのです。霊魂の中核部分が護られているです。それに、ご主人の攻撃から身体を守るために、ゾウノードはかなり消耗したです』


「ここで、"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を使うとどうなる?」


『霊魂が壊れて、死の国へ行くです』


「・・なるほど。厄介な戦いになりそうだな」


 迂闊うかつに暴れると、マーブル主神が危ないらしい。加減をしながらの戦いは、よほどの力量差が無ければ厳しい。

 ゾウノードという神はどの程度の力を持っているのだろうか? ゾウノードについては、グラーレに訊いて対策を考えて来た。しかし、グラーレから得た情報は、あくまでもグラーレが生きていた時のものだ。


『カーミュとマリンがいるです。大丈夫なのです』


『なのです~』


 カーミュに名を呼ばれ、真っ白な精霊獣が姿を現してシュンの襟首に尾を巻き付けた。


「カーミュの炎はどうだ? 主神の霊魂を傷つけずに敵を・・ゾウノードだけを攻撃できるか?」


『とても難しいのです。でも方法はあるです』


 確実とは言えないそうだが、マーブル主神の霊魂を傷めずに、"異物"だけを取り除く手段はあるらしい。


『でも・・ちょっぴり傷をつけるくらいは良いのです。ご主人の薬はちゃんと効くです』


 カーミュが微笑む。


「そうか」


 シュンは頷いた。


「しかし・・」


 延々と道の様子が変わらない。

 ガラクタが床に埋まったり、転がったり・・。


「ここは・・少し違和感があるな」


 シュンは足元へ眼を向けた。


『ご主人?』


「少しの傷なら問題無いか?」


 訊ねたシュンの右手に、"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"が握られている。


『・・たぶん、大丈夫なのです』


 カーミュが自信なさげに呟いた。


「よし・・」


 シュンは、"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を高々と振りかぶった。



 キュイィィィィィィィィーーーー・・・・



 高周波音と共に、"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"が輝き始める。


『やっちゃうです?』


 カーミュがどこか嬉しそうに訊ねた。

 直後、シュンは"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を振り下ろした。


 まさにその瞬間、足下から道が消え去り、周囲が闇に包まれていた。


『みつけたぁ~』


 マリンが小さく鳴いた。


「行け」


 シュンの号令を受けて、襟元から真っ白な精霊獣が飛び出した。


 闇の中を白い稲妻のように切り裂くマリンが、何かを追いかけて右に左に忙しく跳び、興奮して尾を振り立て、耳を後ろへ寝かせて走り回る。


「カーミュ?」


『一部なのです。でも本体に繋がっているです』


 カーミュが悪戯っぽく笑って見せた。


 無論、"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"による一撃は見せかけだ。だが、ゾウノードは本気で恐怖を覚えたらしい。

 惑わすための迷路を消して、攻撃を仕掛けてきたのだが・・。


「俺がマーブル主神を攻撃する筈が無いだろう?」


 シュンは苦笑した。

 それを聴いたカーミュは、小さく笑っただけで何も言わなかった。


『かくほぉ~』


 マリンの嬉しそうな声が聞こえてきた。

 途端、周囲を覆っていた闇が晴れて、広々とした広場になった。


「・・花か」


『お花畑なのです』


 シュンとカーミュは、色とりどりの花に覆われた広場に立っていた。


『ごしゅじん~』


 マリンが斜め上方から宙空を駆けて寄ってくる。

 後ろを、黒々とした人の形をした"モノ"が引き摺られて運ばれていた。


 それらしい造形をしているが、眼鼻口耳などは無い。人の影をそのまま立体に造形したかのような"モノ"だった。


『ゾウノードの影なのです』


「そうか」


 シュンは、左手からテンタクル・ウィップを生え伸ばして"影"の手足と胴体、そして首へと巻き付けた。


「言葉を話せるか?」


 シュンは問いかけた。


 しかし、当然と言うべきか、"影"は沈黙をしたまま身じろぎ一つしなかった。


「これは、ゾウノードなんだな?」


 シュンの問いかけに、


『はいです』


『はいです~』


 カーミュとマリンが答える。


 それを聴いて、シュンは"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を"影"の腹部へ突き入れた。


 激しく痙攣をして、ゾウノードの"影"が暴れようとする。


「言葉を話せるか?」


 シュンは、再び問いかけた。

 大剣に貫かれた"影"が狂ったように体を捩ろうとして暴れるが、テンタクル・ウィップに拘束されていて、どうやっても抜け出せない。


 シュンは、"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を少し下へと斬り下げた。


 また、"影"が暴れた。


 どうやら、"影"そのものが暴れているというより、どこかで苦しんでいる存在の"影"が、ここに映っているという感じがする。


 シュンの視線を受けて、カーミュが頷いた。


『その通りなのです。繋がっているけど、本体じゃ無いのです』


「そういう事か」


 これはあくまでも"影"であって本体では無い。ただ、本体に痛みが伝わる程度の繋がりはあるらしい。


 シュンは、"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を回した。

 今度は、下から上へ、"影"を斬り裂いて持ち上げていく。

 ひとしきり痙攣をして"影"が動かなくなった。


「静かで良い」


 シュンは、また"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"の向きを変えた。

 悪夢が始まった。

 無論、"影"の主にとっての悪夢だ。


 血が出るわけでも、悲鳴をあげるわけでも無い。

 ただの"影"人形である。


 必要だと思えば、相手が血肉の通った生き物であっても同じ事をやってのけるシュンである。ただの"影"であれば、なおのこと・・。

 容赦の無い責め苦が、"影"の主を襲い続けた。


『そろそろなのです。近くまで来ているです』


 カーミュがきょろきょろと周囲を見回し始めた。


『でるです~?』


 マリンがそわそわと右へ走り、左へ走って何かを待っている。


 シュンは、"影"に突き入れた"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"をぐりっと捻ると、一気に股間まで斬り下げた。


 途端、



 ぐぅあぁぁぁーー・・



 獣じみた苦鳴と共に、お花畑を突き破って地面から金髪の男が飛び出して来た。

 やや鬱屈うっくつした感じはするが、面貌が整っている若い容姿の男だった。着ている衣服は、頭巾の付いた導師服ローブのような物だ。


『き、貴様っ! 動くなっ! 動くと殺すぞ!』


 男は、マーブル主神を自分の前に立たせ、首に短刀を当てていた。


『霊魂で作った人形なのです』


 カーミュが囁いた。あれがマーブル主神の霊魂に繋がるものなら危害を加える事はできない・・という事なのだろう。


「おまえが、ゾウノードか?」


『そうだ!』


『分体なのです』


『たいほぉ~』


 マリンの水霊糸が短刀を持つ男の手に巻き付いた。

 シュンの"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"がゾウノードの分体の首をねた。


『馬鹿めっ! それは、主神の霊魂だ!』


 ゾウノードの分体が別の場所から生え出て嘲笑う。それを合図に、首をねられたゾウノードの分体が、マーブル主神の姿へと変じ始めた。


 しかし、


「いや、これはお前の霊体だ」


 シュンは、平然と言い放ち、"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"で斬りつけた。今度は、マーブル主神の姿からゾウノードの姿へと戻っていく。


『ぐっ・・お、おのれ! なぜだっ!』


 ゾウノードの分体が萎れて崩れる。


 シュンは、"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を"影"へ突き入れた。


「今は、これがお前だ」


 シュンの言葉と共に、影人形が声もなく痙攣する。


『馬鹿な・・どうして、この世界で・・ここは、私の霊域だぞっ!』


 どこからともなく響いた叫び声と共に、周囲の光景が一変して赤黒い血肉のような色合いの空間になった。


「違う。ここは、俺の霊域だ」


 シュンの呟きと共に、漆黒の闇に包まれる。


『ちっ、違う! 違う! 私の霊域だっ!』


 床から巨大なゾウノードが生え出て咆哮をあげながらシュンめがけて殴りかかる。


『本体なのです』


 耳元でカーミュの声が聞こえた。


「そうか」


 巨大になったゾウノードの額に、"呪怨の黒羽根"が刺さった。振り下ろした拳は、シュンによって軽々と受け止められている。


『は? こ、これ・・闇神の』


 ゾウノードが自分の眉間から黒羽根を抜いた。


「輪廻の女神様から頂いた品だ。よく効くだろう? これで・・もう、おまえは俺と戦い続けるしかない」


 シュンの双眸が炯々と光った。


『ふん! こんな物の効果は数十秒しか続かん!』


 ゾウノードが吐き捨てる。


「効果は永続する」


『馬鹿なことを』


「効果は永続する」


 シュンは繰り返し断言した。


『そんな魔導具があるものか!』


「効果は永続する」


『ば、馬鹿なことを・・そんな』


 揺るぎないシュンの眼光を前に、ゾウノードの語気が弱まった。


「効果は永続する」


『貴様は・・いったい何なのだ!』


「効果は永続する」


 シュンの声が響く。


『・・そんな、まさか?』


「効果は永続する」


『どうして、そんな・・有り得ない』


「効果は永続する」


 シュンの双眸が底光りをして、ゾウノードの眼を射貫いた。


 霊の世界は、いかに自我を強く保つか。

 どれだけ強く思い込めるか。

 精密に思い描けるか。

 想う力が強ければ、無を有にし、有を無に変える。


 無論、霊力の力関係が影響をするし、そもそも他者の霊魂の中で自我を保ち続けることは困難だ。まして、ここはゾウノードが根を張って支配下に置いている空間だった。本来ならば、ゾウノードにとって圧倒的に有利な状況なのだが・・。


 揺るがない。


 シュンの眼が、声が、想いが・・すべてが揺るぎない。

 ゾウノードの声を全く受け付け無いどころか、ゾウノードの霊場をあっさりとシュンの霊域に変えてしまう。


『そんなはずは・・ここは既に私の領域だ。私の構築した霊界なのだ。私の意思が絶対なのだ!』


 ゾウノードが譫言うわごとのように唸っている。


「ここは、初めから俺の狩り場だ。本来は霊虫を捕らえるはずの領域だったのだが・・」


 シュンのテンタクル・ウィップがゾウノードの四肢を拘束した。


『何故だ・・そもそも、どうして武器を使える? 霊界は・・私の霊界ではいかなる武器も禁じたはずだ』


「ここが、俺の領域だからだ。俺の狩り場だと言っただろう? おまえは武器を使えないが、俺は武器を使える」


 シュンはゆっくりと歩いて距離を取った。


『そんなはずは無い。ここは私の・・』


「ここは、俺が霊法で生み出した狩り場だ。おまえのような虫が入り込むことを予想し、主神の中へ仕掛けておいた罠だ」


 シュンは、"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を消してVSSを手に握った。


『・・み、認めぬ! そんな馬鹿な話があるか!』


「中核へ入れなかっただろう? あと少しの所で、堂々巡りをして辿り着けなかったはずだ」


 以前、神界を訪れた際に、主神の背に触れて霊虫用の罠を仕込んでおいたのだ。万が一、マーブル主神が霊虫に憑かれても、霊魂の核には辿り着けないように・・。元々は、オグノーズホーンから手解きを受けた霊法による"惑わし"の罠だった。シュンなりに罠として改良したものだ。


『・・まさか、そんな』


 ゾウノードが呆然と呟いた。思い当たる節があるのだ。


「霊虫が主神に入り込む可能性を考えた時に、主神の霊魂に仕込んでおいた。まさか、こうまで簡単に中核近くまで入られるとは思わなかったが・・」


『使徒風情が、神に・・それも主神の霊魂に手をつけるなどと、不敬ではないかっ! 許されぬことだ!』


「霊魂を救った後で謝罪する」


 シュンの呟きと共に、周囲全体が闇色に染まっていった。


『・・私を滅しても良いのか? 私が何の備えも無く、この場に現れたとでも思っているのか? 私は常に最悪を想定している! 私が滅びた時には霊魂の方々に仕込んだ霊毒が噴出するぞ? 霊魂をむしばむ死の毒だ! どんな解毒薬も、神聖術も効かぬ! おまえに主神を殺す覚悟があるのか? 世界が終わるのだぞ?』


 ゾウノードが叫ぶように言った。


「"ギリスの針毒"だろう?」


 シュンは、静かな面持ちのままVSSを構えた。


『なっ、なぜ、その名を・・』


「グラーレに聴いた」


『・・グラーレだと?』


 ゾウノードの眼が大きく見開かれる。ゾウノードとミザリデルンが、遙かな昔に葬り去り、その叡智を奪ったはずの神の名前だった。


「ミリオン・フィアー」


 シュンはVSSの引き金に指を掛けたまま、EX技を発動した。


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