第161話 使徒


 少年神は純白の外套を羽織り、手に錫杖を握っていた。外套の下は、黒い半ズボンに白いシャツ、襟に水玉柄の蝶ネクタイを着けている。


『いやぁ~、結局、こうなっちゃったかぁ~』


 頭を掻き掻き、少年神がシュンの近くへと寄ってくる。シュンは両腕でユアとユナを抱き寄せたままの姿勢で、少年神を見上げた。




・・神々を恨め! 醜く争う神の失態をわらえ! 全ては神々の過ちが招いた災禍なり・・




『これが主神様。神界の争乱を龍神が訴えたもんだからブチ切れちゃって・・面倒なことになったなぁ』


 少年神がぶつぶつと言っている。


「これは、何を言っているのです?」


 恨むなら神を恨め・・そう言っているように聞こえるのだが?


『まあ、ぶっちゃけると、これから起きる災害は全部神の責任だからね、恨むなら神を恨みなさいよ・・ってことだね』


「災害?」


 シュンは周囲へ視線を巡らせた。

 ユキシラ、ロシータ、アオイ・・それぞれ緊張した表情で立ち尽くしていた。どうやら、シュン以外の人間は動けなくなっているらしい。


『争乱中の神々が創った世界それぞれに、破壊の種子を蒔くのさ』


「・・破壊の種子?」


『本当の意味での魔物・・怪物かな。主神が創った魔王とその眷属が世界に送り込まれるんだ』


「魔王ですか」


 おとぎ話に出て来る悪役の代名詞である。主神が生み出した生き物だとは知らなかった。


『主神がいた魔王の種が芽吹いて、生物の駆逐を始めちゃう・・世界から生き物が消え去るまで襲って来る』


「強いのですか?」


『そりゃあ強いさ。おまけに、別の生き物を殺すことでどんどん強くなっていくからね』


 少年神が腕組みをして宙を漂う。


「数はどの程度でしょう?」


『最初は9体』


 思ったよりも少ない。


「レベルで言うと、どのくらいですか?」


『産まれたての魔王でレベル100程度かな? 過去にはレベル8000まで育った個体も居たみたい』


「・・8000」


 シュンは眉間に皺を寄せた。"産まれた"瞬間に潰して回った方が良さそうだ。




・・抗ってみせよ・・神のみ子達よ・・我が試練を乗り越えてみせよ・・




み子?」


『まあ、聴いてよ』




・・今宵、破壊の種子が世界へ降り注ぐ・・破壊の子は生きとし生けるものを糧にして育ち、やがて真なる神へ昇華する・・その時、世界は滅びを迎えるであろう・・




・・神々を恨め! 醜く争う神を呪え! 全ては神々が招いた災禍である・・




・・試練を乗り越えたならば、千年の安寧を約束しよう・・




・・世界の混沌の果てに、絶望の生を求めるもよし・・諦めて滅びるもよし・・




『そういうわけで、放っておくとちょっと大変な事になるわけさ』


 少年神が両手を鳥のように羽ばたかせて宙を舞った。

 ちょっとどころか、このまま放置しておけば、魔王という生き物が世界を滅ぼしてしまうと主神が言っていた。


「上層階の争いは終わったのですか?」


にらめっこ状態で膠着中~、主神の登場で水入りだね』


 少年神が飛び回りながら言った。


「中層も?」


『まあ・・似たような感じぃ~』


「神様の世界も?」


 シュンはじっと少年神の顔を見つめた。迷宮だけで無く、神界でも騒動が起きていたはずだが・・。


『人間社会で言うところの裁判みたいなのがあってね。お互いに代表者を出して決闘をやったんだよ。まあ・・そっちも引き分けになっちゃってさぁ』


 少年神が顔をしかめて嘆息した。


「相手は龍神ですか?」


『うん、そう』


「・・下層はどうなるのでしょう?」


 外が大変な事になるのは何となく分かったが、迷宮内はどうなるのだろうか? 魔王というのは、迷宮にも攻めて来るのか?


『主神様の裁定で、下層は現界・・この地上世界の一部として取り扱われることに決まりました』


 少年神が頭の後ろで手を組みながら宙を漂う。


『主神様がボク達の言い分を聞いている内に面倒になったんでしょ。罰として、神々が創った別々の世界それぞれを魔王に襲わせるって言いだしちゃったんだ』


 少年神がどこか遠い眼差しをしながら言った。


「・・魔王がレベル8000相当に育つまで、どのくらいの期間がかかりますか?」


『まあ、9年とか?』


「9年ですか」


 9年という歳月が長いのか短いのか判断がつかないが・・。あまり時間を与えるべきでは無いだろう。


『これは試練さ。不可避の災害じゃない』


「逃れる道があると?」


『主神様が三界から使徒を選べぇ・・って言ってたでしょ?』


 少年神が苦笑した。


「そうでしたか?」


『別々に存在している世界を一つにするんだってさ?』


「・・はい?」


『主神様がね、別れて競い合うような状態がけしからんって怒ってね。主神様が用意する世界の器に、全部の世界を放り込んで1つにしてしまうんだって』


「よく分かりませんが・・?」


 シュンは首を傾げた。世界の器とは何だ? 世界を放り込む? いったい何を言っているのだろう?


『別々になっているから喧嘩をするんだろって事で、全部の世界を1つにまとめちゃうらしいよ?』


 少年神が肩を竦めて手を広げる。

 沢山ある別の世界・・リールやアルダナ公国の"世界"を一つに纏めるということだろうか。そんな事が可能なのか?


「・・どうなるのでしょう?」


『さあ・・なってみないと分からないけどね。ただ、これにはちょっと問題があってさ』


 すでに十分に問題だらけのような気がするが、まだ問題があるらしい。


『主神様の用意した容器・・世界の容れ物って言えば良いのかな? その中に存在できる世界は3つまでなんだ。3つ以外は消滅してしまう』


「世界の容れ物・・3つの世界ですか」


 シュンは眉間に皺を寄せたまま考え込んだ。


『どの世界が主神様の世界で存続できるのか・・それを決めるのが使徒による代表戦ってこと』


「使徒・・」


『異なる世界・・その現界の中から使徒を選んで、世界を賭けた決闘をさせるんだよ。使徒が負けた世界は消滅し、使徒が勝った世界は存続する。使徒を選出しなかったり使徒同士が決闘を行わない場合は、そのうち魔王がやって来て滅ぼしちゃう』


 神様が胡座あぐらを組んで宙空に座り直した。


『主神様の決定には逆らえません。良いも悪いも無い。もう、やるしかない』


「その使徒というのは・・」


『"ネームド"さ』


 少年神が笑みを浮かべた。







=====

10月4日、誤記修正。

言いも悪いも(誤)ー 良いも悪いも(正)

魔神(誤)ー 魔王(正)

それぞれを魔王を(誤)ー それぞれを魔王に(正)

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