第159話 取り引き
どうせ穏やかには終わらないだろうと、ある程度の
「我々は風の女神様の他にも、大地の女神様、大海の女神様など、多くの神を信仰しております。この地の神を崇めることに、さほど抵抗は御座いません」
女騎士達を代表し、前公主だという女が答えた。
前公主だという女はジータレイド・ラース・アルダナと名乗った。40代半ばくらいだろう、好奇心で輝いている翡翠色の瞳が彼女の気性の明るさを物語っている。
ジータレイドの話では、アルダナ公国では国教と定めた宗教などは無く、個々人それぞれ、自分が気に入った神に祈りを捧げるらしく、
アルダナ公国は、古い岩を崇めたり、大樹を崇めたり・・様々な土着の信仰を許容する国だったらしい。
「ロシータ、神殿町に厩舎はあったかな?」
迷宮を取り巻く環境を整えることだけを考えていたため、シュンは外の人間が連れてくる馬という存在を完全に失念していた。
「隊商の出入りも想定し、大型の厩舎を建設してあります。ただ、
ロシータがシュンの前に紙を拡げた。神殿町の中でも、出入りの商人を泊めることを想定した旅館や倉庫、厩舎などを集めた区域が描かれている。
「・・良い出来だ」
素直な感想である。
「ここから、この広場前までの8棟は完成しております。やや狭いですが個室で660室、8棟全てに専用の厩舎と倉庫が御座います」
ロシータが紙面を指で押さえながら各棟の概要を説明した。
「湯殿は?」
シュンの問いかけにロシータが頷いた。
「設備は全て設置完了しております」
試運転も無事に終わり、カーテンや夜具などの搬入も完了したらしい。
「見たところ、着の身着のままといった様子だが、収納の魔法や魔導具があるのか?」
シュンが問いかけると、ジータレイドという女が頷いて、腰の革ベルトに吊した小さな革鞄に手で触れた。
「各人、それぞれが収納小鞄を所持しています。中身を
「着替えなどの用意が必要かどうかの確認だ。当面の衣類や食糧は支援するつもりでいる。所持品は武器を含め、そちらの自由にしてくれて良い。食事は・・俺達と同じ物で良いのかな?」
「おそらく大丈夫でしょう。むしろ、同じ食べ物を頂きたいと思います。何か知らない食べ物など目にしないと・・正直、あの迷宮を目にしなければ、ここが別の世界だと実感が出来なかったでしょうね」
ジータレイドがシュンを正面に見つめて言った。
「そちらの世界にも迷宮があるのか?」
「あります。女神の創った迷宮が・・ただし、我らの世界の迷宮は地の底を目指すもの。こちらのように天に向けて
ジータレイドの世界にある迷宮は、地下深くへ潜って行くものらしい。
「地の底・・何階層ある?」
「我らが確認できているのは86階層。それより以深は未踏のはずです」
ジータレイドが女騎士達を振り返った。すぐに、女騎士達が頷いて見せる。
「ロシータ、地下へ潜る迷宮が大陸にあるか?」
シュンはロシータを見た。
「周辺3国はもちろん、入手可能な大陸図の中に存在しません。もちろん、規模の小さい迷宮は複数存在するそうですが・・」
「北に山岳タイプの迷宮がいくつかあるようですが、どこも30階層程度だと聴いています」
アオイが捕捉した。
「やはり・・違う場所なのですね」
ジータレイドが唇を噛んだ。
「次に神様と会った時に、そちらの世界について質問しておこう」
シュンは机上の図面に視線を向けながら言うと、すぐに顔をあげてジータレイドを見た。
「そちらの世界に、龍人は居るのか?」
「龍・・神人という存在についての伝承ならありますが、実際にこの目で見たことはありません」
ジータレイドが首を傾げつつ、背後に並ぶ女騎士達を振り返った。
「我らも、目にしたことはございません」
騎士達も首を振った。
「何色だ?」
「・・あくまでも公国に伝わる伝承の中ですが、青々と輝く御姿だと語られております」
騎士の1人が答えた。
「青か」
シュンは小さく頷いて、再び机上の図面に視線を戻した。
リールの世界では「白」、ジータレイドの世界では「青」・・。
「赤」を狩った。「黒」とは引き分けた。「白」の幼い奴には逃げられた。
他に何色の龍人が居るのか?
今なら「黒」を狩れる。
「白」の成体とは遭遇していないので分からない。
ただ、「白」と「黒」は他色より格上のような話だった。ならば、「青」は狩れる獲物ということになる。
「訊きたいことがある」
「馬は何を食べる?」
ユアとユナがジータレイドに訊いた。どうやら質問する機会を窺っていたらしい。
「天馬は、聖水でふやかしたマナリという穀物を与えて育てるのですが・・こちらにある物かどうかは存じ上げません」
ジータレイドの背後に立っていた女騎士が答えた。
「・・これ?」
ユアが机上に紙を敷いて、一握りの茶色い穀物を盛った。リグルという穀物で、異邦人達は麦と呼んでいる物だ。
「違いますね」
「・・これ?」
続いて、ユナが赤みがかった穀物を出した。リーツという穀物で、異邦人達は大豆と呼んでいる。
「違いますね」
「・・これ?」
今度はユアの番だ。黄色い粒を盛った。
「違います」
「・・これ?」
ユナが出したのは薄い緑色をした細長い粒状の物だった。
「違います」
女騎士が申し訳無さそうに首を振る。
「むぅ・・」
「むぅ・・」
ユアとユナが腕組みをして低く唸った。
どうやら、2人にとっては最悪の方向へ進みつつあるようだった。
「ワキビやロッタロはどうだ?」
シュンは2人に助け船を出した。
ユアとユナがそれぞれ、灰色と白い穀物を取り出して盛る。いずれも脱穀が済んだものだ。
「申し訳御座いません」
女騎士が俯いた。
「こちらの世界に無い物を求めても仕方がありません。これらの穀物をお預かりして、天馬に与えてみるしかないでしょう」
ジータレイドが女騎士達に言った。女騎士達も異を唱えずに頷いた。
シュンは、ユアとユナを見た。
腕組みをして唸っている2人が、シュンの視線を感じてちらっと見上げると、小さく舌を出して笑顔を見せた。
「高級食材を出す」
「魂の食糧である」
ユアとユナが、机上にイェシの実を積んだ。
もちろん、古イェシである。
脱穀済みの物と未脱穀の物が並んだ。
途端、女騎士達が小さく歓声を上げた。ジータレイドも安堵の笑みを浮かべている。
「ビンゴかぁ~」
「だよねぇ~」
ユアとユナが机に手をついて
「稀少な物なのですか? 入手が困難なようでしたら・・」
ジータレイドが気を遣って声を掛けるが、シュンは軽く手をあげて
「ロシータから説明があったように、この迷宮を狙って周辺の国から軍勢が押し寄せた。3日以内に撤退するよう勧告した後、龍を派遣して3国の王都を破壊したが、あれで諦めたとは考え難い。何らかの手段を講じ、迷宮への侵攻を行ってくる事が予想される」
「我らにその軍勢と戦えと?」
ジータレイドが訊ねた。
「討伐は俺の任だ。おまえ達には、迷宮周辺の索敵を通常任務とし、必要に応じて降伏勧告等を行う使者を頼みたい」
翼のある馬なら、通常の馬のように砦や関所などを無視して往き来できるだろう。レベル90相当なら少々の罠なら力づくで破れる筈だ。
「お引き受けしましょう。戦力として投入される事も
ジータレイドがユアとユナを見て苦笑した。
「我らの力量でお役に立てるかどうか、少々不安に思っていたところです」
「あくまで、イェシの実を用意する対価としての提示だ。こちらは、おまえ達の従属を希望していない。町での規則については守ってもらうが・・現状、他に誰も居ないから問題は起きないだろう」
シュンは微かに笑みを浮かべて、ユアとユナに視線を向けた。
「アルダナのジータレイドに、天馬に必要なイェシの実を提供し続けることを約束しようと思う。異論は無いか?」
「・・アイアイ」
「・・ラジャー」
ユアとユナが、両手で顔を覆って肩を震わせ、嗚咽をこらえる演技を始める。実に往生際が悪い。
「ロシータ、契約を頼む」
「畏まりました」
ロシータが微笑を浮かべて低頭した。
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