第158話 古古イェシが無い!

 大量に捕縛した天馬ペガサス騎士達は、アルダナ公国という国の騎士だという。あえて尋問の形を取らず、ロシータ、アオイ、ケイナが事情を聴き取った。ユアとユナの神聖魔法に度肝を抜かれたのか、声を荒げたり暴れたりする者はおらず、全員が大人しく対話に応じたそうだ。


「リールさんに殺された3人の騎士は、騎士団長と副団長達だったそうです」


 アオイが言った。


「・・小さな国なのか?」


 シュンは壁に貼られた地図を見た。


「規模としては小さいようですが・・この世界にある国ではありません」


「なぜ?」


「本人達がそう申しておりますし、あの者達が語る国名、地名は地図に載っておりません」


 アオイやロシータが集めた大陸各地の地図上に、アルダナ公国は存在しないのだと言う。もちろん、遙かに遠い国だという可能性はあるが、当の女騎士達は城から半日足らずしか移動していないと言い張っているそうだ。


「転移か?」


 どうやって別の世界から紛れ込んだのか? 何らかの魔導具を所持しているのだろうか?


「そうかもしれませんが、当人達が意図したものでは無いようです」


「リールを攻撃した理由は?」


 リールは、不意討ちで背に矢を受けたと言っていた。わざと受けたような口ぶりではあったが・・。


「ミンシェアの王都・・あの辺りに、天馬ペガサス騎士のアルダナ公国の城があるはずだったと言っています。リールさんは、騎士達が護るべき領空に無断で侵入した・・そう判断したようです」


 天馬ペガサス騎士の一団は、公国の城から5キロほど離れた地点で天馬ペガサスの翼を休めていたらしい。リールに討たれた3人の騎士は、公国の城に報告へ行く途中だったそうだ。

 異変に気付いた天馬ペガサス騎士達は混乱しながらも、ミンシェア王都一帯を飛んで公国を探したが、見知らぬ武装の死体があるばかりで、アルダナ公国の痕跡は発見できなかったらしい。


「なぜ、この迷宮へ来た?」


「リールさんの龍の足跡を辿って着いたと申しております」


「なるほど・・一応、筋は通るか」


 天馬ペガサス騎士団は、ロシータから迷宮領域の説明を聴き、シータエリアの外側、隣接する土地を仮の野営地としたいと申し入れて来たそうだ。


「いかが致しましょう?」


「迷宮領域外の事に口を出すつもりは無いが・・必要最小限の支援はしよう」


 周辺は巨龍が焼き払い、小動物の一匹もいない文字通りの焼け野原だ。騎士600名の食糧を確保するのは難しいし、天馬ペガサス600頭分の餌を手に入れるのは困難を極めるだろう。


「ところで、天馬ペガサスは何を食べるのかな?」


 シュンは首を傾げた。


「私も気になって訊いたのですが、穀物を好むらしいのです。それも、聖水に浸した物しか口にしないのだとか」


「穀物・・?」


 シュンは、ユアとユナを見た。


「まさかの?」


「イェシの実?」


 イェシとは、ニホンで言うところの米という粒状の穀物だ。ユアとユナは魂の栄養素だと言って、過剰なくらい大切にしていた。


「イェシとは限らないだろう。とにかく、18階へ行って、何種類か穀物を仕入れて来てくれ」


「了解です」


「行ってきます」


 2人が無表情に立ち上がった。


「古い物で良い。イェシの実も忘れずに持って来てくれ」


 シュンは念を押した。新イェシの備蓄はあるが、できれば古いものが良い。


「・・やむなし」


「・・断腸」


 ユアとユナがとぼとぼと重い足取りで出て行く。

 イェシの実は、今ではエスクード全体での需要が増え、竜が居なくなった18階は広大な田園地帯となっていた。某聖女達が何かにつけて大地を祝福するため、豊作続きになってしまい大量のイェシの実が余っている。18階では家畜の飼料に混ぜているくらいだ。天馬に与えたところで、備蓄した膨大なイェシの実に影響は無いのだが・・。


「反抗の意思が無いことを示すために、複数名を人質として迷宮側へ差し出すと申しております。いかが致しましょう?」


 ロシータがシュンを見つめる。


「アリテシア教に入信するなら信者として受け入れよう」


 女騎士達の宗教を知らないが、宗教改宗する覚悟があるのなら住人として受け入れる。そういう決まりだ。


「畏まりました。伝えておきます」


 ロシータが笑みを浮かべて一礼した。


 流入する人間を入信させ、神殿町の学園で教育、選別をして迷宮へ入る者を決める。

 街では、滅んだ迷宮都市と同様に、迷宮内の素材を取引できる市場を設ける。

 迷宮直前の初めの村は、殺されてしまった前の住人達に代わって、18階の獣人を雇って交代制で村人役をやってもらう。

 やや形は変えているが、神様が作った仕組みを踏襲し、シュンなりに考えた仕組みを構築しているのだ。神様の力が無くても神殿町が護られるように、そして迷宮が存続できるように・・。


「神殿の建立を優先させております。本殿は今月中に、奥殿は2ヶ月後には完成する予定です。学園の設計自体は終わっておりますから、半年後には全施設が使える状況になるでしょう」


 アオイが報告書の束をめくりながら言った。

 町の造成、建築を行っているのは、女悪魔リールが使役している死人達だ。すべて、迷宮に攻め込んで来た騎士や探索者の成れの果てである。少し臭うが、休むこと無く黙々と作業をする頼もしい作業員達だった。


「カリナ、迷宮内に異変は?」


 シュンは姿を消して潜んでいる羽根妖精ピクシーに声をかけた。

 この場の全員が存在を把握しているのだ。わざわざ姿を消す必要は無いのだが、当人曰く、隠れ潜むことが趣味なのだそうだ。以前は、15階以下だけを担当していた羽根妖精ピクシーだが、今は迷宮全体の情報を取り纏めてシュンに報告をする任に就いていた。

 なぜか黒衣に身を包んだ羽根妖精ピクシーが宙空に姿を現した。


「御報告するほどの異変はありません。多少の混乱はあったようですが、探索者達は外で起きている異変に興味が薄いようです。魔憑きの者は現れず、不正な転移による侵入もありませんでした」


 カリナが小さな書き付けを手に報告する。


「そういえば、回収した転移門の魔導具をムジェリに調べてもらっていたな?」


 シュンはユアとユナに声をかけてしまってから、苦笑を漏らした。つい先ほど2人を18階へ行かせたばかりだ。


「少し、休憩されますか?」


 サヤリが微笑を浮かべて訊ねる。


「そうだな。いや・・天馬ペガサス騎士の代表に会ってみよう」


 そう言ってから、シュンは少し口を噤んで考え込んだ。


「どうかされました?」


 アオイが訊ねる。


天馬ペガサス騎士が別の世界から紛れ込んだと仮定して、言葉は通じるのか?」


「それについては私達も不思議に思っておりました。言葉だけでなく、魔法の体系なども似通っておりますし、装備品の素材なども珍しいものではありませんでした」


 ロシータが言うには、体の構造も全く相違が無いらしい。全員が神聖魔法を使える上に、身体が頑強で筋力はかなり強い。単純な身体能力だけなら、レベル90の探索者を超えそうだと、"狐のお宿"のタチヒコが分析していた。


「向こうの世界にも、レベルという尺度があるのか?」


 "レベル"というのは、シュンのような原住民にとっては、迷宮に入って初めて知った単語である。神様によって付与された能力だろうと思っていたのだが?


「あるようです。天馬ペガサス騎士になった時に女神が現れて"レベル"を与えられたと申しておりました」


「女神だと?」


 シュンの顔が曇った。"女神"という響きに良い印象が無いのだ。


「白い8枚の翼を持った女神だと申しておりました」


「白い翼?」


 シュンの知る女神とは違うようだった。

 しかし、"レベル"を女神に与えられたのなら、その女神を信仰しているのだろう。


「改宗は難しいかもしれないな」


「その場合はいかが致します?」


「取り引きに応じるなら、当面の生活支援を行おう」


 シュンはロシータを見た。


「何をさせましょう?」


「シータエリア上空の警備だ」


「畏まりました」


 ロシータが低頭した。

 その時、会議室の扉が開いて、ユアとユナが入って来た。


「ボス、古イェシをゲットした」


「聖水浸けは現地でやる」


 決して晴れやかとは言えない顔で、2人がシュンの横に腰を下ろす。


「古古イェシが無かった」


「牛が食べた」


「・・そうか」


 シュンは頷いた。





10月2日、一部修正。

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