第244話 10日間戦争、開戦!
神界の主神、正体不明の怪老オグノーズホーン、そして闇の精霊でありながら神格を得た輪廻の女神・・。
警戒すべき強大な存在を、10日間だけとはいえ、世界から切り離すことが出来たのは大きな成果だったと言えるだろう。
霊魂を霊虫に喰われた神や使徒、龍人ノイジールを犠牲にした形だが、10日間の猶予を得るための対価としては安い。
『だが、使徒が残った』
指摘をしたのは、異界の神だった。
声は、大人の女の物だったが、やや幼さの残る美しい顔立ちの少女だった。よく見ると、顔や腕など、皮膚の表面に直線的な継ぎ目のようなものがある。双の瞳も真円を描いて中心から幾重もの円が刻まれている。瞳孔は淡く赤光を放っていた。
首から下は、白く光沢のある身体にぴったりと貼り付いた衣服を着ているが、露骨に分かる体の線に女性の柔らかさは皆無だった。それらしい凹凸はあるのだが、硬質な造作物なのだ。
異界で機人と呼ばれる種族だったと言っているが、それがどういった存在なのかは分からない。こちらの神々には異界の知識を持っている者が居なかった。
今の女性の姿自体、乗り換えが可能な作り物なのだそうだ。
『あの使徒は手強い。だが、3日持ち堪えれば世界は変転する。我らの悲願は達成される』
そう言ったのは、太陽神だった。黄金色の美しい髪と、真っ赤な瞳をした美麗な容貌の青年神である。
『ついに、アスト様の新たな世界が生まれるのですね』
祈るように胸の前で手を合わせたのは、白金髪をした見るからに儚げな容姿の女神だった。かつて、光の乙女と呼ばれていた女神である。
『光の世界と機人の世界。2つの世界が誕生する』
アストと呼ばれた太陽神が異界の神を見た。
『使徒は危険だ。我の基準では、最上位の危険値を計測している』
異界神が瞳だけを動かして太陽神を見る。
『ミスティス殿の機械兵でも防ぎ切れぬと?』
『不可能』
『ふむ・・やはり難敵だな。あの道化に、オグノーズホーン、闇の化け物まで切り離したというのに・・彼奴は本当に人間か?』
太陽神が顔をしかめた。
『我の世界の主神からの連絡が途絶えて2日経つ。霊魂の操主が滅せられたとなれば、木偶となっている神々の動きが鈍り始める』
『猶予は?』
『深度による。支配の浅い者なら20日程度で覚める。深奥まで支配が進んだ者は生ける屍だ。もう二度と自らの意思は蘇らん』
異界神が答えた。
『10日の間は戦力になるのだな?』
『戦力としての期待値は下がるが』
『問題無い』
太陽神が微笑した。
その時、異界神が頭を動かして上方を見た。
『どうされた?』
『この地を見られた』
異界神の双眸で、小さな光が無数に明滅し、全身を淡い赤光が包み込んでいく。
『・・まさか?』
太陽神が腰の剣に手をやりながら周囲へ視線を配った。
『距離は遠い。だが、この地の上を視線が過った』
『視線? あの使徒か?』
『違う。だが・・何者かの視線が通過した』
『奴の他にも油断ならぬ者が居るということか』
『アスト様・・』
光の女神が不安そうに寄り添う。
『案ずるなトノセ。この地が発見されることは想定の内だ。相応の準備は整えてある』
太陽神が、光の女神の肩を優しく抱いて微笑んで見せた。
『それにしても、たかが使徒風情に、これほどの怖れを抱かされるとは・・道化め、良い手駒を揃えている』
『あのお調子者が主神などと・・神界の威は地に堕ちました』
光の女神が眉を顰めて吐き捨てた。
『あれは、前の主神に取り入るのが上手かったからな。凶神による主神双滅・・あれの邪魔をしたのも、例の使徒だったか。どこまでも祟る奴よな』
『計画の通りなら、道化も滅んでいたはずでした』
『そうだな・・』
太陽神が頷いた時、異界神が踵を返して歩き始めた。
『何処へ行かれる?』
『我の船へ』
異界神が首から上だけを回転させて、赤光の灯った双眸で太陽神を見る。
『使徒の迷宮へ?』
太陽神の問いかけに、異界神がゆっくりと首を振った。
『勝率が悪すぎる』
『ならば、何処へ?』
『位置を変え続けることで延命を図る』
異界神がくるりと首を回して顔を前へ向けた。
『この地より安全な場所など無いと思うがね?』
太陽神が苦笑する。
『留まることで危険値が増大する』
『だが動けば発見されるだろう?』
『我らを囮に、逃げ出すおつもりですか?』
光の女神が声を荒げた。
『先ほど、アスト殿がここより安全な場所は無いと発言したようだが?』
『それは・・』
『良いのだ、トノセ。互いの行動を制限しない・・そういう約定なのだから』
『ですけど・・』
『動かすのは、我の船だけだ』
そう言って、異界神が歩き始めた。
『操魂の神々は残して行ってくれたまえ』
太陽神が、立ち去る異界神の背へ声を掛けながら笑みを浮かべた。
その頃、遙かな遠方に聳える巨大迷宮の車両基地から、天空を目掛けて巨大な"杭"が打ち上げられていた。
シュオォォォォォーー・・
"P号"と名付けられた巨杭が、霊気推進光に押されて遙かな高空へと飛び去って行った。黒々とした
続けて、次の"P号"が打ち上げられた。『弐番』の文字が描かれた
シュオォォォォォーー・・
さらに、続けて"P号"が飛び出して高空へと飛翔して消える。
わずかな間を置いて、次の"P号"が霊気推進光を帯びて打ち上げられる。
シュオォォォォォーー・・
シュオォォォォォーー・・
シュオォォォォォーー・・
シュオォォォォォーー・・
太陽神と光の女神が知らぬ所で、"P号"の連続射出が開始された。
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