第245話 海の剣山


『こちらシータ外縁観測班、"P号"第五百番、霊気推進器の分離を確認』


『回収班、了解』


 天馬ペガサス騎士達のやり取りが手元の通話器から聞こえる。


 観測棟の最上階で、ユキシラは画面に囲まれるようにして各地の映像へ眼を向けている。その画面群の一つで、災害が起こっていた。


 人為の災害である。


 海溝の奥底、いったいどれほどの深度にあるのか・・。地上で住み暮らす人間達が到底辿り着けない深い海の底に、神々の隠遁地があった。

 海中にありながら、まるで地上であるかのような白亜の石館が並び、色とりどりの花が咲き乱れた庭園がある。それらを、眼には見えない神力の壁が覆って、海水の侵入を阻んでいた。

 神界で暮らした事がある神なら、そこかしこに神界を模した造りを感じることだろう。

 神力の護壁に囲まれた海底の小神界・・とでも称するべきか。


 どのような災害が地上で吹き荒れようとも、深い海の底までは影響が及ばない。直接的な攻撃は極めて困難である上に、そもそも所在を発見することすら難しかった。


 無論、全てが過去の話だ。

 "ネームド"・・主神の使徒に、神々の常識は通用しなかった。


 遙かな高高度から落下してきた"P号"が海水を蒸発させながら海底へと突き進む。

 1本だけなら、ちょっとした隕石が降った程度だ。

 だが、放たれた"P号"はすでに五百番を数える。

 間を置かずに連続して落下してくる巨大な杭は、凄まじい高熱を帯び、海水を蒸発させながら、海底へと落下する。

 数本こそ、わずかな海水の抵抗で勢いを減じていたが・・。


 間断なく降り注ぐ"P号"は、深海の底まで干上がらせ、丸出しになった"小神界"に容赦無く突き刺さった。


「ん・・?」


 画面を見ていたユキシラは通話器へ手を伸ばした。


「シュン様」


『どうした?』


「何かが、海底の施設から逃走しました」


 ユキシラの眼が捕捉したのは、熱に歪み爆砕されたちりが舞う中を移動する"何か"だ。

 魔法か何かによるものか、姿そのものは消えているが、噴き上がったちりが、わずかに不自然な揺らぎ方をした。


『何だ?』


「姿を消していて形は不明瞭です。それぞれ三方へ散りました」


『追えるな?』


「はっ」


『今、何番だ?』


「・・今、五百八番が射出されました」


 画面の一つで、軌道を離れた"P号"が推進光を輝かせながら青空へと上昇していく。


『例の勇者達に動きは?』


「500名ほどの小集団を3つ形成。町を放棄して移動を開始しました」


『リールの小悪魔インプは町か?』


「遺棄された町を探索中」


『リールに町の探索を依頼。ユキシラは勇者の動向を追ってくれ』


「畏まりました」


 ユキシラは通話器の操作盤を弄って、通話相手を切り替えた。


「リール殿」


『どうした?』


 即座に、リールが応える。


 どうやら近くにユアとユナが居るらしく、千本ノック~だの、灰燼かいじんせ~だの、賑やかな声が聞こえていた。


「勇者と使徒の一団が移動を開始しました」


『ふむ・・そのようじゃな』


 リールの小悪魔インプは、与えられた命令に従って、必要な監視行動を自律して行っている。リールは必要に応じて視覚や聴覚を共有しているだけで、常時感覚を繋げているわけではない。


「町をより詳しく探索して貰えないでしょうか。千匹程度ですが、魔王種が接近しているようです」


 ユキシラが操る観測器は、高高度から地上を見下ろしている。物陰や家屋の中までは見えないのだ。


『引き受けよう』


 リールの声に笑いが含まれる。


「海底の神々はどうです?」


『近寄った小悪魔インプが熱で消滅してしもうた。今、代わりを派遣したところじゃ』


「これで全滅という事は無いでしょうが・・」


『隠れ続けることは出来ぬ。じきに出て来る』


「はい」


『・・勇者が遺棄した町じゃが、老人や怪我人が残されておるな』


 リールが呟いた。


「同行させる余裕を失ったか・・あるいは激しい戦いを予想したか」


わらわから主殿あるじどのに伝えておこう』


「お任せします」


 ユキシラは、町が映っている画面を一瞥してから、海底から脱け出て移動する"見えない何か"を映した画面へ眼を向けた。


 すでに、それぞれを観測器が追っている。

 ムジェリ特製の世界観測器は、全部で90基。すべてが正常に機能し、鮮明な映像を届けていた。

 ユキシラが被っている兜によって、全90基が自由に位置を変え、撮影の角度、拡大縮小なども思い通りになる。

 シュンが、ユキシラの眼を活かすために、ムジェリと打合せをしながら組み上げたユキシラ専用の観測器だった。


「さすがの速さ・・」


 ユキシラが口元に笑みを浮かべた。


 シュンの指示だろう。勇者の一団が遺棄した町に天馬ペガサス騎士団が到着し、残された老人や怪我人の救助を始めていた。


『ユキシラ』


 シュンの声が通話器から響いた。


「はっ」


 ユキシラは周囲の画面に視線をはしらせながら応じた。


『真珠色の龍人は映らないか?』


 報告にあったブラージュという龍人のことらしい。


「見当たりません」


『勇者の一団は、魔王討伐の旅に出たそうだ』


「・・は?」


 思わず、声が漏れた。

 一瞬、よく意味が分からなかったのだ。


『町でてた老人と怪我人に、そう伝えたそうだ。それを聴いた老人達は喜んで見送ったらしいな』


 シュンの淡々とした声が観測室に響く。どうやらシュンは、勇者の一行にブラージュという龍人が合流するのではないかと考えていたらしい。


「勇者達が向かっている方面に、魔王種はおりません」


 ユキシラは地形図へ眼を向けた。各地に埋設した魔王種用の探知器から情報が集められている。地形図上に点滅する赤点が魔王種を表しているのだが・・。


 勇者の一団は、主神迷宮の方へと移動している。

 当然、迷宮の周囲には魔王種は存在しない。片っ端から駆除されるため、主神迷宮には寄り付かないのだ。


『こちらを攻撃する気になったか・・あるいは逃げ込むつもりか』


「しかし、先日接触した天馬ペガサス騎士には何も・・」


 ユキシラは眉をひそめた。

 天馬ペガサス騎士団は、迷宮を守護している部隊の中では、最も平和的な解決を図ろうとする。探索者達からは"迷宮の良心"などと言われている部隊だ。

 女性ばかりの騎士団であり、規律正しく、物腰は柔らかい。

 ただし、だからと言って甘く見て対応を誤ると、大変な惨事が見舞うことになる。


「まもなく、天馬ペガサス騎士の警戒線を越えます」


 ユキシラは、映像で勇者の一団を見ながら呟いた。

 あの先には、天馬騎士団用の砦が設置され、旧アルダナ公国の前公主ジータレイドと天馬ペガサス騎士団長ルクーネ率いる天馬ペガサス騎士団の本隊が待機している。


『ジータレイドには、勇者と使徒を捕縛するよう伝えた』


「畏まりました」


 ユキシラは、通話器を切り替えて、天馬ペガサス騎士団のルクーネを呼び出した。


『こちら、北西砦』


「そちらへ向かった集団は囮です。勇者と使徒、他4名が、大きく北側へ迂回中」


 画面に、勇者の少年、使徒の女、大剣を持った少年が1人、術師らしい少女3人が映し出されていた。走って移動しているが、並の馬よりは速そうだ。


『了解』


「このまま行かせると、リール殿の警戒網に入ってしまいます」


『ふふふ・・それでは捕縛になりません。急ぎます』


 ルクーネが小さく笑いながら通話を切った。


「"P号"六百番、発射完了」


 ユキシラは、全通話器へ向けて報告した。






=====

12月27日、誤記修正。

柔ら無い(誤)ー 柔らかい(正)

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