第155話 問題山積


天馬ペガサスか。迷宮では見ない魔物だな」


 シュンは、創作魔法の手を休めて女悪魔を見た。


「妾の世界でも伝承で語られる程度じゃ」


「他の世界からの侵入者か?」


「さあのぅ・・ところで、これは何じゃ?」


 リールが、シュンの前に浮かんだ創作魔法陣を覗き込んだ。爪楊枝くらいの小さな金属針である。


「罠に使う小道具だ」


 シュンは魔法陣に視線を戻した。


「罠? この小さな針が?」


「刺さった生き物のMPを吸う」


 針単体としてだけでなく、やじりや長槍に取り付けても面白いだろう。


「・・ほう?」


「引き抜くとぜる。引き抜かなくても、MP10000ポイントを吸ったらぜる」


 シュンは説明をしながら魔法陣に魔力を注ぎ始めた。


「主殿がぜると言うからには、結構な爆発なのじゃな?」


 リールがじわりと魔法陣から距離を取りながら訊いた。


「ユナの衝撃手榴弾と同程度だな。強い魔物には効果が薄いが、人には十分な効果だろう」


「・・う、うむ。それは効くじゃろうな」


 リールは、少し離れたところで座っているユアとユナを見た。机の上に、紙を拡げて何やら熱心に描いている。


「お主達も忙しそうじゃな?」


 リールは双子の描いている絵を覗き込んだ。


「・・なんじゃ、これは?」


「リアル迷路を作る」


「夢がかなう」


 2人が笑みを浮かべる。


「そんなものを作ってどうしようというのじゃ?」


「迷子量産」


「帰るまでが遠足」


 ユアとユナが、ぐっと拳を握って見せる。


「そのような面倒な事をせずとも、侵入者なんぞ自慢の魔法で消し飛ばせば良かろう?」


 リールが怪訝そうな顔で訊いた。


「数奇をこらす」


「風雅の極致」


「・・しかし、これを誰が造るのじゃ?」


「アイドンノゥ」


「ウィドンノゥ」


 ユアとユナが互いに顔を見合わせて小首を傾げた。

 シータラインとベータラインの間をびっしりと埋め尽くす規模の巨大な迷路である。紙の上では、細緻な図案というだけだが、これを実地で建造するとなると・・。


「リールは石人形ゴレムを操れない?」


「土魔法は使えない?」


 2人が期待のこもった視線を向けたが、リールは小さく首を振った。


「妾の得意は呪術や死霊術じゃ。死体を操るくらいはやれるが効率は悪いのぅ」


「魔法陣しかないかぁ~」


「魔力注ぐしかないかぁ~」


「お主達、魔法陣を描けるのか? こんな広域に? 文字刻印の角度や縮尺が少しでも狂えばまともに発動せぬぞ?」


 魔法陣を使った魔法は、文字や模様はもちろん、その大きさや傾きなど細部にまで注意を払って描かないといけない。その上、普通の魔法と違い、発動に膨大な魔力を必要とする。


「失敗を知りたい」


「我らに失敗は無い」


 2人は自信満々である。


「さすがにそれは・・」


 言い過ぎじゃろう、と言いかけてリールは口をつぐんだ。この双子の描く地図は、信じられないほどに精密で狂いが無い。地図を生み出す特殊な魔法を使ったのではないかと疑ったほどだ。あるいは、この2人なら誇張ではないかもしれない。


「む・・?」


「むむ・・?」


 紙面を見つめたユアとユナが唸った。


「どうしたのじゃ?」


「ユナ、素晴らしい事を思い付いた!」


「ユア、これぞ天啓っ!」


 2人が熱い眼差しを交わして頷き合う。


「・・ユキシラ、あの2人が何やら言っておるぞ? 止めずとも良いのか?」


 リールが不安顔で戸口に侍している麗人に声をかけると、ユキシラが即座に首を振った。


「あの2人を制止できるのは、シュン様だけです」


「・・主殿」


 リールがシュンの横へ戻ってきた。

 その時、白翼の美少年が姿を現した。


『ご主人、女王様からお返事が届いたです!』


「ん? なんの返事だろう?」


 シュンには全く心当たりが無いのだが?


『コリンラウルという魔神についてお手紙を書いたのです』


「コリンラウル?」


『コリンラウルの魔血をのこした魔物です。イルフォニア神殿で、小さな女の子の姿だったです』


 カーミュが説明する。


「・・あぁ」


 シュンが小さく頷いた。そういえば、そんな魔物がいたかもしれない。


『コリンラウルは、こことは別の世界から来た迷い人なのです。死んでも血をのこして、また別の生き物に宿って蘇るです』


「血液のような形状の魔物なのか?」


『とても危険なのです。すぐに灼くです!』


 カーミュが勢い込んで言った。


「昨日の試食会・・カーミュは見ていなかったのか?」


 シュンがカーミュの顔を見た。


『えっ? どうしたです? 女王様のお返事が長かったので、読み解くのに時間がかかったです』


 そういえば、ここ数日、カーミュは姿を現していない。


「試食用に龍人の腸詰ソーセージを作った時に、その魔血の腸詰ソーセージも作ってみたんだが・・」


『・・ご主人?』


「いや、普通に美味しかったぞ?」


『ご主人・・』


 カーミュがヘナヘナと床上へ落下した。


『食べたのは、ご主人だけなのです?』


「そうだったな。みんな気味悪がって食べなかった」


『ちょっとるです!』


 カーミュがシュンの頭に飛び付いた。


『まりんも!』


 どこからともなく水霊獣が現れてカーミュと一緒にシュンの頭にしがみつく。


『脳は無事なのです! 次は心臓なのです!』


 カーミュが胸へ移動し、マリンも大急ぎでシュンの胸にしがみつく。


『心臓も問題無いのです。霊気に濁りは無いし・・リール、ご主人は大丈夫なのです?』


「憑魔のことなら心配いらぬぞ? 主殿に喰われて、それはもう賑やかに悲鳴をあげながら死んでいきおった。あれほど美味な負の感情は滅多に味わえぬ」


 リールが紅唇を綻ばせる。


『コリンラウルが死んだです? 死なない魔神が死んだのです? でも、本当にどこにも邪気が残って無いです。不思議なのです』


「龍人の血の腸詰も美味かったが、コリンラウルの魔血の方も美味かった。他に使い道が無いから食べてみたが、あれならまた狩っても良いな」


 シュンが腸詰めの味を思い出しながら呟く。ああいった物は新鮮な状態でなければ食べられない。狩人冥利に尽きるというものだ。


『・・ご主人』


 白翼の美少年が肩を落としながら苦笑を漏らした。


『か~みゅ、もうおしまい~?』


 シュンの胸元にしがみついたまま、マリンがカーミュを見上げた。


 そこへ、


「ボッスゥ~」


「ボッスゥ~」


 ユアとユナが、下心いっぱいの笑みを浮かべつつ近づいて来た。


「どうした?」


「お願いがござる!」


「お頼み申す!」


 2人が胸元で手を合わせて芝居がかったお辞儀をする。


「狭いでござる!」


「足りないでござる!」


 顔を上げた2人がいきなり騒ぎ始めた。


「何が?」


 シュンが戸惑った顔で2人を見る。


「敷地でござる!」


「圧倒的に不足!」


「シータラインとベータラインの間は、かなりの広さだと思うが・・」


「もっと大きな迷路を作りたい」


「世界の果てまで作りたい」


 双子が泣き真似を始めた。そんなものを作ってどうしようというのか? 疑問しか浮かばないのだが・・。


「しかし・・ベータラインに壁は必要だぞ?」


「ベータからアルファまで迷路にする!」


「世界最強の迷路を築く!」


 拳を突き上げて宣言するユアとユナをまじまじと見つめてから、シュンは白翼の美少年に顔を向けた。


「・・カーミュ」


『はいです?』


 カーミュが首を傾げた。


「2人の頭を診てくれ」


『はいです!』


『まりんもぉ!』


 カーミュとマリンがユアとユナの頭に飛び付いた。


「主殿も大変だのぅ」


 リールが笑みを浮かべて呟いた時、今度は扉が叩かれて、アオイとロシータが部屋に入ってきた。


「学園創立と神殿建立について案を纏めて参りました」


「ロッシ、ボスを説得して欲しい!」


「アオっち、ボスを口説いて欲しい!」


 ユアとユナが頭にカーミュとマリンを纏わり付かせたまま2人に飛び付いた。


「・・主殿も大変だのぅ」


 リールが苦笑しつつ小さく頭を振った。後ろでユキシラが笑いを噛み殺しつつ、通話中の通話器をシュンに手渡した。


「ケイナ殿です」


『シュンさん、今話せるかしら? ケイナですけど』


「どうした?」


『スコットが配管に聖銀ミスリルを使いたいってゴネてるの。高価だからやめろって言ってるんだけど・・』


 町中の配管を腐蝕しない聖銀ミスリルで作るべきだと主張しているらしい。


「上下水とも、聖銀ミスリル製の配管にしてくれ」


 シュンが言った。


『えっ!? 盗難されちゃうわよ?』


 ケイナの声が慌てる。


「盗難対策は別の話だ。聖銀ミスリル製なら腐蝕せず、破損しても時間で復元する」


『町中の配管よ? すごい量が必要になるけど?』


「必要な全量を用意する。水回りの衛生管理は最重要事項だ。一切の妥協なく作らせてくれ」


『わ、分かったわ!』


「ディーンに頼んだ望遠鏡はどうなっている?」


『昨日まで発狂したみたいに唸ってたけど、今は嘘みたいに元気になって作業に没頭してるわ』


 ケイナが笑った。


「不足する材料があれば言ってくれ。大抵の品は在庫がある」


『了解です。当面は、聖銀ミスリルの依頼になると思うわ』


「分かった」


 シュンはユキシラに通話器を返した。すかさず、待ち構えていた4人が『学園創立』『神殿建立』『迷路パーク』と題された冊子や巻紙を差し出した。


「まあ・・迷路から見るか」


 シュンは苦笑しつつ、大きな巻いた紙を受け取った。ユアとユナが満足げに頷く。


「主殿、何か手伝おう。得意とは言わぬが、魔石や魔導具の扱いなら多少はやれるぞ?」


 リールが申し出た。


「そうだな。確か、結界を張れたな?」


「うむ。中位のものじゃが・・」


「迷宮の1階から出た場所を結界で囲み直してくれ」


 魔法の結界は侵入者を感知する役に立つ。


「旧迷宮都市との境界じゃな?」


「そうだ」


容易たやすい事じゃ。すぐにやって来ようぞ」


 リールが外へ出て行った。


「ユキシラ、聖銀ミスリルの備蓄はどの程度だ?」


 シュンは通話器を手にしたユキシラを見た。


「8万トンほどです」


「ロシータ、アレクに言って、96階の銀鉱亀を狩らせてくれ」


「畏まりました」


 ロシータが"竜の巣"のアレクに宛ててメールを書き始める。

 96階にだけポップする銀鉱亀は5つある胆嚢の一つが聖銀になっていて、普通に討伐しても高確率で聖銀ミスリル鉱をドロップする。非常に硬く、魔法抵抗力も高いため、斃すのは簡単ではない。


「お宿の者も向かわせましょうか?」


 アオイが訊くが、シュンは首を振った。


「お宿には、引き続き町の警備状況を試してもらいたい。石人形ゴレム妖鬼石像ガーゴイルの動きが気になる。事後に駆けつけるようでは遅いからな」


「分かりました」


 アオイが頷いた。

 人が居ない場所、目の届かない場所で起きるだろう違反行為を取り締まるために、小型の石人形ゴレム妖鬼石像ガーゴイルを大量に作っていた。

 今、仮想の模型町に石人形ゴレム妖鬼石像ガーゴイルを配置し、トップレギオンに犯人役をやらせて対応能力を確かめているところだ。


「・・ここが繋がっている」


 シュンは、微細に描き込まれた迷路の一箇所を指差した。どう進んでも行き止まりになってしまうようだった。


「むっ!?」


「むむっ!?」


 ユアとユナが図面の上に身を乗り出して、それぞれ指で迷路をなぞり始める。しばらくして、へへへ・・と笑いながら頭を掻いた。


「失敗、失敗」


「少々お待ちを」


 速やかに撤退した2人を見送り、シュンはロシータの神殿建立案、そして学園創立案に眼を通す。まだ素案段階だが、どちらも出来が良い。これなら2人に差配を任せても、大丈夫そうだ。


「学園内には練武場を。神殿内には決闘場所を設けたい。他は、これに書かれた内容で良い。予算に限度は設けない。全て"ネームド"が負担するから遠慮なくやってくれ。今から正式に、ロシータは神殿建立、アオイには学園創立の責任者を引き受けてもらいたい。よろしく頼む」


 シュンは2人に頭を下げた。


「必ずやご期待に応えてみせます」


「最善を尽くします」


 ロシータとアオイが揃って頭を下げた。





=====

9月28日、誤記修正。

、、(誤)ー 、(正)


角度やの(誤)ー 角度や(正)

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