第108話 お沙汰
『そのくらいにしてくれる?』
制止の声をかけたのは、水玉柄の半ズボンをはいた神様である。
『とっ、止めないで下さい!』
柳眉を逆立て、火を噴きそうな形相で
兜は吹っ飛び、きつく束ねていた髪は解け、主に顔面を中心に治癒光が淡く灯っている。
HPが減った訳では無い。命の危険は無い。
だが、
それを行った
『だいたい、何を勝手に戦ってんの? ボク、74階での戦闘を評価して、75階での評価試験はクリア扱いだって言ったよね?
少年神がふわふわ浮かんで、
『・・いえ、そのような事は・・我々は神域の守護者に過ぎません』
『じゃあ、なんで言いつけを守らないの? どうして、勝手に違うことしちゃうわけ?』
『・・申し訳ございません』
『
『申し訳ありません!』
『謝ればいいってもんじゃないでしょ? 規則破っても謝れば
宙に浮かんだまま、少年神が冷たく見下ろしている。
『そ・・それは、その・・浅慮でございました』
『浅慮も短慮も無いでしょ? ボクがお願いした事を真っ向から無視して、逆らってんだよね? 何様なの? どんだけ偉いつもり?』
少年神が不愉快そうに眼を怒らせている。
『お
『君、姉妹が居たよねぇ~? みんな元気にしてるのぉ~?』
『・・お
キン・・
小さく澄んだ音が鳴った。
少年神と戦乙女が顔を向けた先で、シュンがHP回復薬の空瓶を捨てていた。捨てられた空瓶が小さな光粒となって消えていく。
まだ封印の空間内である。ポイポイ・ステッキに収納した薬瓶を取り出せるはずが無い。だからこそ、傷だらけになりながら回復が追い付かず、
「ベストのポケットに薬を入れてある」
"ネームド"のタクティカル・ベストのポケットは収納鞄と同様に、同一種類なら99個まで物が入るのだ。沢山ついているポケットには、それぞれHP回復薬、MP回復薬、SP回復薬、解毒薬、解呪薬・・と上級薬が詰まっていた。ミリアムに作って貰った携帯食も入っている。タクティカル・ベストは、ムジェリ特製だ。神様から貰った神具では無い。
「次に備えて、武器を入れておかないと駄目だな」
シュンは嘆息混じりに呟いた。とんだ判断ミスだ。テンタクル・ウィップと"
『悪かったね。うちのお馬鹿さんが迷惑かけちゃった』
少年神がシュンの近くへ漂って来た。
「・・私は76階へ行けるのですね?」
シュンは念を押して
『もちろんだよ。最初から許可してあったんだから。お馬鹿さんが勝手なことをしちゃったから・・ああ、そうだ。なんなら、こいつを始末して君の経験値にしちゃう?』
「・・私の職業候補に違和感を感じたのですが、何かの細工がしてありましたか?」
そういう事なら、妙な職業候補が並んでいた理由が
少年神が
『どうなんだい?』
『・・申し訳ございません』
どうやら黒だ。
『まったく・・本当に悪かったね。お詫びに職業の選び直しをさせてあげるよ』
「ありがとうございます」
シュンは丁寧に頭を下げた。
『しかし、
少年神が珍しく眼を怒らせている。
「迷宮の魔物とは違うのですか?」
シュンは
『
「しかし、番人にしては・・」
タクティカル・グローブがあったとはいえ、主力の武器が使えないシュンを仕留めきれずに苦戦していたようだ。こんな程度で神域の番人が務まるのだろうか?
『この空間は、ボクが与えた技能や魔法を封じるからね。
「なるほど、
シュンは小さく頷いた。
『それでも、身体能力の差で斃せると思っていたんだろうけど、
神様がシュンを見る。望みはあるかと問いかける目付きである。
「
『そんなもので良いのかい?』
「斃しても得られる経験値は
些末な経験値などより、新しい魔法や武技を会得できる方がありがたい。
『ふむ、そうだね。君が望むならそうするか。
神様が虚空を眺めるようして、ぶつぶつと呟きながら浮かび上がる。
シュンは視線を感じて、床に
綺麗に整った
シュンは無言のまま神様へ視線を戻した。
『う~ん、色々あるけど、どんな感じのが欲しい?』
「希望としては、狙った部位だけに命中する高威力のものです。広範囲を攻撃できる魔法は所持していますから」
『ふむふむ、はっきりしてるね。単体攻撃ね・・範囲を絞ったやつね』
しばらく何かを見つめていた神様だったが、やがて小さく頷いてシュンを見た。
『"
「ありがとうございます」
シュンは素直に礼を言った。思いがけず新しい力を手に入れたようだ。
『さて・・職業の再選択をやろうか』
「神様」
『うん?』
「再選択は、そこの
『へぇ? どうして?』
「不正をやった当人が謝罪の上、きちんとやり直すのが筋でしょう?」
『あははは・・そりゃそうだ! 確かに、君が言う通りだね!』
シュンの説明を聴くなり、少年神がはしゃいだ声をあげて笑いだした。
『いやぁ、本当に君って面白いよ! うん、実に面白い!』
ひとしきり大笑いをやってから、神様が
『良かったね! 君に
『は、はいっ!』
『正直、係累まとめて処分しようかと思ったけど、どうやらイレギュラー君はそんな事を望んでいないらしい。彼に
腕組みをしたまま、ふわふわと宙を漂いながら少年神が告げる。
『はっ! 感謝いたします!』
『じゃ、またね。イレギュラー君・・ボクは双子ちゃんのところへ行って事の顛末を説明してくるよ』
「よろしくお願いします」
シュンは、にこやかに手を振っている少年神に向けて低頭した。
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