第2話 色白な暗殺者


「寄らないで下さい」


 シュンは無感情に吐き捨てた。


 起き上がってから何事も無かったかのように、列に戻って並んでいる。殴られた顔は腫れ上がっていた。明日には片目が塞がっているかもしれない。

 シュンの中で、ノイブルというパーティはゴミ認定されていた。視界の中にも置きたく無いのだ。


「その・・とにかく謝罪する。この通りだ・・申し訳なかった」


 カイという魔導服の女が頭を下げた。

 ちらとシュンの表情を見て、エラードが軽く肩をすくめながら歩き去って行った。

 

 結局、素材の買い取りの順番になるまで、シュンはノイブルの連中には目も向けなかった。


「いらっしゃい。久しぶりだね、シュン君」


 まだ年若い猫族の女性がカウンター越しに笑顔を見せた。


「どうも、キャミさん、ご無沙汰してます」


 シュンは丁寧にお辞儀をした。


「ふふっ、なんだか男前が上がっちゃったねぇ・・それで、買い取りだよね?」


「はい」


 シュンは外套の内ポケットに手を入れて、小さな牙と、やや大ぶりな牙を取り出した。

 ちらちらと遠目に眺めていた他の冒険者はもちろん、何とか謝罪を受け入れて貰おうと近くに居たノイブルの面々が何だろうと見守っている。


「いつもの、犬鬼コボルトの牙に・・こっちのは大鬼オーガかな? 何本あるんだい?」


犬鬼コボルトの牙が68本、大鬼オーガの牙が14本です」


「毎度、大量持ち込みありがとうございま~す。なんだけど、ぶっちゃけ商人ギルトならもっと高く買ってくれるよ?」


「いや、あそこはうるさいから」


「あはは、そうだったね。じゃ、うちで買い取らせてもらうね。他にはあるかい?」


小鬼ゴブリンの装身具が幾つかと、魔石と魔血玉です」


「分かった。じゃあ、裏手の素材置き場で出してくれる?あ・・身証の板はこちらで預かるよ。お金は身証に登録でしょ?」


 身証というのは、現代で言うところの運転免許証と預金カードが一緒になったような魔法の道具である。


「はい」


 シュンは漆黒色の手の平サイズの板を取り出して手渡した。


「黒板・・それも第九階梯? それが・・どうやって大鬼オーガの牙なんて」


 呟いたのは、後方で覗き見ていた野次馬達だ。

 大鬼オーガというのは、50人くらいの冒険者が協力しながら狩る獲物だった。とても、一人で狩れるような獲物では無い。

 戸惑う視線の中、シュンはカウンター脇の扉から素材置き場へ入って、顔なじみの鑑定役の老人を前に、持参の素材を積み上げた。


「ふん、ひょろひょろのくせに生き延びとるの」


 老人がにやりと相好を崩した。


「逃げ足だけは鍛えていますから」


 シュンも小さく笑った。


「狼牙が混じっとるな・・これは、犬鬼コボルトの亜種じゃな」


「そう言えば、ねずみ色した奴が混じっていました」


「そうじゃろう。大鬼オーガの方も、亜種混じりか?」


「毛色の違う奴でしたけど、あれが亜種でしょうか?」


「どんな奴だ?」


「薄い茶色・・白い縞毛が入っていましたね」


「そりゃあ、王かもしれんな」


「王ですか? むしろ、他より一回り小柄だったかも・・」


ボウガンで殺ったのか?」


「はい」


 シュンは、細工を重ねた何種類かの弩弓ボウガンを使う。狩りには、弓やボウガンなど飛び道具を好んで使っていた。


「強い毒を使ったので肉や内臓は捨てました。魔血蟲ヨウビルが多かったので、毛皮は洗浄中です」


大鬼オーガの肉など食えたもんじゃねぇが、胃袋だけは良い値がつくんだがの」


「すいません」


 シュンは頭を掻いた。


「なに、大鬼オーガを狩れるだけでも立派なもんじゃ。ただ・・命は惜しめよ?」


 じろりと老眼鏡の縁の上から見つめられ、


「はい」


 シュンは素直に頷いた。


 ざっと単価と個数の確認をして、シュンは素材買い取り所から出た。

 そこに、ノイブルの面々が待っていた。いつの間にか、残りの8人ほどのメンバーが集まっている。


(くそっ・・)


 心底嫌そうに顔をしかめながら、シュンはわざわざ遠回りをして協会ギルドの2階にある事務局へ向かった。

 カイとコウという有名な二人の冒険者と、確かシリカと呼ばれていた聖衣姿の女が並んで立っている。エラードに教育された若者は見当たらない。


「おう、終わったか?」


 階段を上ろうとしたところで、2階の扉を開けてエラードが下りてきた。


「入金待ちです」


「事務局に来るってことは、面白いのが混じってたか?」


「ミトさんが報告しておけって・・これらしいです」


 シュンは、鑑定の老人から手渡された紙を差し出した。


「・・なるほどな」


 エラードは紙面から顔をあげて、やや熱の籠もった双眸でシュンを見た。


「こいつを狩ったのは、いつ頃だ?」


「どっちです?」


大鬼オーガだ」


「9日前の午前零時過ぎです」


「ふむ・・金毛か?」


「いいえ、薄茶に白縞でした」


メスか・・それで繋がった」


「じゃ、おれはこれで」


「まあ、待て・・」


 子供の頭くらい握りつぶせそうな腕が伸びて、シュンの肩を掴む。


「・・嫌ですよ?」


「分かっとる。一緒にやれとは言わんから、話だけでも聴いておけ」


 苦笑しながらエラードがシュンの背を叩いた。

 盛大にせ返るシュンを片手一本で吊り下げるようにして、エラードは階下で待っていたノイブルの3人の前に近づいて行った。


メスはこいつが狩った。9日前だ」


「な・・どうやって、女王を・・?」


「冒険者が手の内をペラペラ喋るかよ。鑑定は、うちのミト爺だ。間違いねぇだろうよ」


「その・・彼はどこのパーティなんだ?」


「パーティには入ってねぇな。こいつは"宵闇の使徒"だ」


「あ・・暗殺者なの!?」


 シリカという聖衣の女が声をあげた。たちまち、協会内の冒険者達の視線が集まってくる。


「おう・・てめぇも、あの若造と一緒に並んで寝たいか?」


 エラードが眉間に皺を寄せて睨み付けた。


「待って・・」


「待ってくれ、エラード。この通り、謝る!」


 カイとコウが慌てて頭を下げた。


「どこで何を習おうと、どんな技能を身につけて居ようと、ここで登録した以上は冒険者だ。ちゃんと町の約束事を守って、ちゃんと列を乱さず並んで、礼節守ってるじゃねぇかよ? おめぇの所の餓鬼より、よっぽど真人間だぜぇ?」


「いや、すまなかった。身内が恥を晒すばかりで申し訳ない」


「シリカ、宵闇の使徒は暗殺者じゃない。そういう技術を学んだ者達の総称だ。ボダーナの教会に行けばわずかなお布施で誰でも技術を習えるんだよ」


「・・申し訳ありません」


 納得のいかない顔のまま、聖衣の女が謝罪を口にした。

 

 その間ずっと、シュンは襟首を掴まれたまま、他人事のような顔で床のシミを数えていた。


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