第264話 押して、押す!



 キュイィィィィィィィィーーーー・・・・



 広々とした空間に、高周波音が鳴り響いた。

 直後、アルマドラ・ナイトの手から白銀の破壊光を纏った槍が投げ放たれて、行く手に立ち塞がっていた戦乙女達が砕け散り、消滅していった。


 投げたのは、ブラージュが使っていた"ラウクレア"という槍である。

 今はシュンの持ち物だ。


『シュンさん、こんなに派手に音を立てて良いの? 見つかると、マーブル主神が危なくなるんじゃない?』


 声を掛けたのは、真っ白なルドラ・ナイトだった。

 ユアナ専用のルドラ・ナイトである。


『神界に召喚された時点で気付かれている。隠れて進むだけ無駄だ。最短距離を最速で行く』


 アルマドラ・ナイトが左手を前へ差し伸ばすと、先ほど投げた槍が手の中に現れた。


 シュンの言葉通り、アルマドラ・ナイトと白いルドラ・ナイトは、神界の壁を撃ち抜き、隔絶した空間を渡り、正しく一直線に主宮めがけて突き進んでいた。


 壁という壁、床、天井・・行く手を遮る神界の建物を全て打ち壊し、マーブル主神の幻体と会話してから、わずか数分で神界の最奥部に位置する主宮に迫っている。



 ヒュイィィィィィィィィーーーー・・・・



 アルマドラ・ナイトの右手で、"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"が震動を始めた。

 すぐさま、アルマドラ・ナイトが"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を振り抜いた。

 黄金色の破壊光が、前方を広範囲に灼き払い、打ち壊し、消滅させていく。


 壁が消え、床が消え、柱も、螺旋の階段も全てが消滅して消し飛ぶ中、主宮らしき玉ネギのような形をした構造物だけが辛うじて残っていた。


『玉ネギですね』


 ユアナのルドラ・ナイトが呟きを漏らした。


『玉ネギだな』


 シュンのアルマドラ・ナイトも呟いた。


 やや縦に長い、透き通った玉ネギだ。

 闇色に見えているのは、周囲が闇に包まれたからだろう。

 高速で近付いて行くと、アルマドラ・ナイトやルドラ・ナイトの何十倍もある巨大な"玉ネギ"だった。


 おもむろに、シュンのアルマドラ・ナイトが"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"で、"玉ネギ"に斬りつけた。



 ダギィィィィーーン・・



 重たい衝撃音が鳴って、"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"が跳ね返されていた。


『硬いが・・』


 "玉ネギ"の表面に少し傷が入っていた。問題無く破壊可能だ。



 ダギィィィィーーン・・



 ダギィィィィーーン・・



 ダギィィィィーーン・・



 ダギィィィィーーン・・



 アルマドラ・ナイトが繰り返し"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"で斬りつけて、傷を深くしていく。



 キュイィィィィィィィィーーーー・・・・



 アルマドラ・ナイトの左手で、槍が白銀に輝きながら高らかに鳴り始めた。


『千枚徹し・・』


 高周波音に紛れてシュンの呟きが漏れる。

 直後、白銀に輝く槍"ラウクレア"が"玉ネギ"表面に刻まれた傷を正確に貫き徹した。穂先が内部へ入ったところで、破壊光が撃ち放たれる。



 ズウゥゥゥゥン・・



 重々しく籠もった破壊音が巨大な"玉ネギ"の中で響いた。穿孔を中心に無数の亀裂が走る。


『歌え・・テロスローサ』


 アルマドラ・ナイトが、"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を大上段に振りかぶった。



 ヒュイィィィィィィィィーーーー・・・・



 闇色の空間の中、"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"が黄金光を噴き上げて高周波音を高らかに響かせる。


 アルマドラ・ナイトは大きく踏み込みながら"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を振り下ろした。

 派手派手しい破砕音と共に、巨大な"玉ネギ"が打ち壊されて半壊した。

 飛び散った破片が光の粒となって消滅していく。


『テンタクル・ウィップ』


 アルマドラ・ナイトから黒い触手が生え伸びて、"玉ネギ"の中へと侵入すると、たちまち1人の少年を巻き取って引き摺り出した。


 マーブル主神だった。

 ぼろぼろに焼け焦げて、白目を剥いてぐったりと伸びている。


『カーミュ』


『灼くです!』


 シュンの呼び掛けに、白翼の美少年が姿を現し、大きく息を吸い込むと、テンタクル・ウィップで手足を捉えられたマーブル主神めがけて白炎を噴射した。



 ギャアァァァァァーーーー・・



 マーブル主神が悲鳴をあげて眼を覚ました。



『な、なに? なんなの?』


 泣きそうな顔で周囲をきょろきょろと見回し、眼前に迫っているアルマドラ・ナイトに気が付いて、蒼白になる。


『ちょ、ちょっと・・?』


『これで、何日保ちます?』


『え?・・え、あ・・ああ! これなら・・5、6日くらい大丈夫だ。なんか、ゾウノードの力が弱くなってる? どうしたの、これ? なんか、何度も何度も、死にそうになったんだけど?』


『ご無事で何よりです』


 シュンはアルマドラ・ナイトを送還しながら、マーブル主神の手足からテンタクル・ウィップを解いた。

 後ろで、白いルドラ・ナイトも姿を消して、ユアナが現れる。


『ええと? なんか、もう・・ボロッボロなんだけど? それに、周りの空間そのものが消滅してる? どうなってんの?』


 マーブル主神が見るも無惨な"元"主宮を見ながら言った。


「他に入る方法がありませんでした」


『まあ、そうか・・神籍の者だって入れない場所だったし・・って言うか、よく場所が分かったね?』


 主宮は、主神しか出入りが出来ない場所なのだ。神々ですら、正確な場所を知らされていない。


「月神の脳から知識を得ました」


『・・お、おぅ』


 マーブル主神が仰け反った。


「ゾウノードの支配の仕組みについては、グラーレから情報を得ています。"白の秘紋"についても・・発動させるために主神様のお命を対価とすることも知っています」


 シュンは、淡々とした口調で言った。


『うわぁ・・もう、ダダ漏れじゃん。神々だって知らない秘事なんだよ?』


「世界の神々は・・もう、主神様と輪廻の女神様だけです」


『ちぇっ・・結局、異界の連中の思惑通りってことか』


 マーブル主神が口を尖らせて舌打ちをする。


「いいえ。そうはなりません」


『そうなの?』


「私が使徒である限り。そうはなりません」


 シュンは、きっぱりと断言した。


『君って、本当によく分からないよね? 君だったら、ボクなんか居なくたって何だって出来るでしょ? 知識も力も神を超えちゃってるよね?』


 マーブル主神が不思議な生き物を見るようにシュンを眺めた。


「主神様」


『はい?』


「私は、主神様が創った迷宮が好きなのです」


『う、うん・・』


「そして、主神様のことも嫌いではありません」


『いや・・そこは好きだって言って欲しかったなぁ』


 マーブル主神が頭を掻いた。

 その襟首を左手で掴み、右手にユアナを抱き寄せると、


「跳びます」


 シュンは短く伝えて、瞬間移動をした。

 破壊消滅させていた主宮の空間が、徐々に再生をして元の形に戻り始めている。



『えっ! 神様っ!』


 大きな声をあげたのは、輪廻の女神である。


 シュンが瞬間移動をした先は、マーブル主神の工作室だった。


「女神様、後ろから主神様を抱きしめて下さい。しっかりと掴んで、転移などで逃さないようにお願いします。中のゾウノードはまだ生きています」


 シュンに言われて、


『・・分かったわ! 任せなさい!』


『はっ?』


 輪廻の女神とマーブル主神がそれぞれ声をあげた。


『ちょ、ちょっ・・あ、闇ちゃん・・』


 輪廻の女神が、慌てるマーブル主神の体を背後から抱きしめ、さらに黒衣に纏わり付いている闇を拡げて包み込む。


「よくぞ、こんな短時間で御体を取り戻した。だが・・まだ中に潜んでおるようだぞ? これだけ根を張られると、迂闊に手出しが出来ぬが・・」


 オグノーズホーンが、マーブル主神の体を見つめながら言った。


「自分の宿主を護るために、ゾウノードは大きく力を失っています。その上、主宮ごと予備の霊体を失いましたから、主神様の中に潜り込んだゾウノードの霊体に逃げ場はありません」


 シュンは、輪廻の女神に拘束されたマーブル主神の前に立った。

 強引な主宮の破壊には、ゾウノードの予備命の消滅、そして寄生しているマーブル主神を護るために力を消耗させる狙いがあった。

 多少、やり過ぎた感はあったが、グラーレの情報通り、ゾウノードは主神に匹敵する力を得ていたようだ。加減していたとはいえ、アルマドラ・ナイトの破壊光に耐えきった力は見事だった。最悪、ユアナに蘇生させるつもりだったが・・。


『ええと・・これ、どうなっちゃうの?』


 黒衣にくるまれ、顔だけを覗かせた状態で、マーブル主神が不安そうに訊ねる。


「これから、中に入り込んでいるゾウノードの霊を除去します」


『い、いや・・だから、どうやって?』


「カーミュ」


『はいです~』


 シュンに呼ばれて、白翼の美少年が姿を現した。その手に杖を握っている。


「女神様、これより主神様の中のゾウノードを仕留めて参ります。ゾウノードは、未だ主神様の御体を支配していますから、中で何かが起これば、御体が暴れるでしょう」


『こうしていれば良いのですね?』


 幸せそうに頬を染めて、輪廻の女神がマーブル主神を抱きしめる。


『ちょ、それって、痛いんじゃない? 何するの?』


 マーブル主神が不安を口にした。


「あるいは、苦しむ素振りや・・泣いて懇願をする演技を行う可能性があります。なにしろ、狡猾な奴ですので」


『なるほど、騙されないようにしないといけませんね』


『えっ? えっ? なに? 泣くって? 苦しむとか・・何なの?』


「真の主神様であれば、輪廻の女神様の腕の中から逃れ出ようとするはずがありません。くれぐれも、騙されないよう、お願い致します」


『絶対に離しません。任せなさい!』


『ちょ・・あれ? ちょっと・・カーミュ君、その杖って死国の・・』


 黒衣から顔だけ出したマーブル主神が、恐怖に引きらせた顔を左右に振って逃れようとする。


『痛くないのです~』


 マーブル主神の顔の前に近寄ったカーミュが、口元に笑みを浮かべつつ硬そうな杖を高々と振り上げた。


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