第262話 宣告
ユアナは、ちらと
何だかシュンの様子がおかしい。
心ここにあらずといった様子で何かを考え続けている。
ムジェリの里から転移で戻りエスクードでシュンと落ち合ってから、久しぶりにユアナの姿になって、2人で神殿町の通りを歩いていた。
通りの方々から掛けられる挨拶の声に、にこやかに会釈を返しつつも、ユアナはシュンの様子が気になって気が気でない。
シュンの様子がおかしい。
考え込むこと自体は珍しく無い。
ただ、いつも恐ろしく短い時間で考えを纏める。ほぼ1分以内。そしてすぐに説明がある。
そのシュンが、エスクードで出迎えてから、ここまで10分近くも考え続けて結論が出せない出来事とは何だろう?
何か大変な事が起きる予兆のような気がする。
「あっ! シュン君じゃない!」
不意に大きな声を掛けたのは、冒険者協会のキャミである。玄関扉前で掃き掃除をやっていたところらしい。
冒険者協会は、どっしりとした武骨な造りの平屋で、素材取り引き用の掲示板、一般用の連絡掲示板、素材の見本置き場・・と、奥行きがかなり広い。裏手には解体場所と保管倉庫を兼ねた5階建ての石館が聳えていた。
キャミは、すでに学園を卒業して、正式に冒険者協会の事務長になっていた。代表は、エラード。ミト爺も健在だ。
「キャミさん、お久しぶりです」
気がつかない様子のシュンに代わって、ユアナが丁寧に頭を下げた。
「あらぁ~、シュン君は何やら考え中?」
キャミが面白がって近付いて来た。
「そうなんです。さっきからずっと・・こんな感じです」
ユアナは、シュンを見ながら言った。
「ふう~ん、どうしたんだろうね?」
キャミがシュンの目の前で、ひらひらと手を振ってみる。
「・・キャミさん?」
「あ、気が付いた」
キャミがひらりと距離を取って、ユアナの後ろへ身を入れた。
「ここは?・・ああ、ちょっと考え事をしていた」
シュンが眼が覚めたような顔で、辺りを見回しながら呟いた。
「シュンさん、考え事をするならどこか静かな場所に行く?」
ユアナは気遣わしげにシュンを見ながら訊ねた。
「・・そうだな」
「じゃあ、うちの応接を使って。用意しただけで、誰も使ってないのよ」
キャミが冒険者協会を指差した。
「良いか?」
シュンがユアナを見る。
「うん、ミリアムには連絡しておくから」
元々、2人はミリアムが神殿町に開いた小料理屋で食事をするつもりで来ている。
「うふふ・・ではでは、手狭では御座いますが、冒険者協会へようこそ~」
笑顔のキャミに案内されて、シュンとユアナは人が
途端、掲示板を眺めていた探索者達がぎょっと眼を剥いて立ち竦む。何人かは、すぐにその場で挨拶をしてきた。
シュンが軽く黙礼を返す横で、ユアナが愛想良くお辞儀をしつつ進む。
「すっかり、人気者だねぇ」
キャミが嬉しそうに言いながら、2人を応接室へ案内した。
「ユアちゃん、ユナちゃんが教皇だからって理由で、迷宮の探索者達が、アリテシア教に入信するって神殿に押し掛けているみたいよ?」
「あぁぁぁ・・何というか、ちょっとやり過ぎちゃったかも」
ユアナは両手で顔を覆った。
「いやぁ、格好良かったよ! でっかい悪魔を次々にぶちのめして・・見ていて、胸がスカッとしたもん」
キャミがお茶の準備をしながら笑う。
「・・世界のことなんだが」
ユアナと並んで長椅子に座るなり、シュンが口を開いた。
「へっ?」
いきなり難しそうな話である。
ユアナは、戸惑い顔のままキャミを見た。
「では、ごゆっくり~」
キャミが茶器をテーブルに並べ、そそくさと応接室から逃げて行った。湯飲みは3つ用意してあったのだが・・。
「え・・と?」
ユアナは、困り顔のまま隣に座っているシュンを見た。
「マージャが住んでいた世界には、俺ほどの力を持つ存在は居ないそうだ。神にも悪魔にも・・」
マージャの村を訪れた時に宴の最中に、巨大マージャから告げられたのだ。
神にも悪魔にも、シュンほどの力を持った者は居ない。おまけに、シュンにはまだまだ強さを増す余地が残っている。欲すれば、もっともっと強くなると。
「ゾウノードとミザリデルンという異界の神、終末をもたらすという神具など幾つか問題を残しているが・・近々見つけ出して処理をする」
「うん、シュンさんなら・・」
ユアナは頷いた。
「それで、今回の騒動は終わる」
「うん」
「俺は・・」
と、シュンがユアナを見て何かを言いかけた。
その口を
「シュンさん?」
「・・おまえ達は、俺が怖くないか?」
「えっ?」
いきなり問いかけたシュンを見て、ユアナは眼を大きく見開いた。
「どうだ?」
「う~ん、真面目な話ですよね?」
ユアナはちらっとシュンの表情を確認した。
「そうだ」
シュンが頷いて見せる。
「じゃあ、真面目に答えます。怒っちゃ嫌ですよ?」
「大丈夫だ」
「本気で怖いと思ったことはありません。だって、シュンさんは根っこのところで優しいし・・」
ユアナは、シュンの眼を真っ直ぐに見つめ返した。
「その気になれば、数秒で世界を消し去る怪物だぞ? 俺が霊虫のようなものに取り憑かれていたらどうする? 俺の・・本当の意思に関係無く、周囲の人間を殺し始めたら?」
「その時には、もう世界が滅んじゃうから、どうするも、こうするもありません。どかぁ~んと散っちゃいます」
ユアナは両手を大きく振り上げるようして言った。
「・・おまえ達なら、俺を殺せる。殺して止めることができる」
「無理です」
「いや・・俺は、おまえ達が振り上げた拳を避けることをしない。どんな攻撃も全て甘んじて受ける。そして、俺の拳がおまえ達に向けられることは無い」
シュンが静かに宣言する。
「・・極論モンスターが出ましたね?」
「なんだそれは?」
「ふふふ、伊達に長く一緒に居ませんよ? シュンさん、何か不安になることがありました? それか、不安になることを思い付いた?」
ユアナは、じっとシュンの双眸を覗き込みながら訊ねた。
「不安・・か。そうだな・・迷いがある。迷いが不安を生んでいるのか?」
シュンが小さく首を傾げながら呟いた。
「私は・・私達は、毎日が楽しいですよ?」
「・・そうなのか?」
「そりゃぁ、怖い時はありますし、死んじゃうかもって思った事は何度もありますし・・痛いし、熱いし、疲れるし、滅茶苦茶大変ですけどね?」
「そうだろう」
「でも、そんなのまるっと纏めて、ポイッ・・です」
ユアナは、手元に浮かべた小さな魔法陣を、紙でも丸めるかのようにして天井めがけて放った。
ふわりと放られた魔法陣が、ポンッ・・ポンッと小気味良い音を鳴らしながら、色とりどりの花びらを大量に散らしてから消えていった。
「幻影・・とは少し違うか」
天井から降って来る綺麗な花びらを見上げながら、シュンが呟いた。
「"聖女の祝福"って名前の術で幸運値を上げる効果があるそうです。本当は銀色をした光の粒を
ユアナは両手で花びらを受けながら立ち上がった。それから、大きく深呼吸をすると、美しく整った顔に決意を
「痛いだ
ユアナは、左手を腰に、右手で勢い良くシュンを指差した。
「シュンさん! 貴方を失うことです! シュンさんと会えなくなるなら、ユアとユナは死にます! シュンさんと一緒に居られないなら、ユアとユナは死にます! これは決定事項です! 何を考えているのか知らないけど、ちゃんとユアとユナを連れて行って! シュンさんの隣に一緒に居させて! シュンさんが私達の全てなの! シュンさんが大好きなの! シュンさんが私達の世界なの!」
ユアナは、あらん限りの勇気を振り絞って言い放つと、倒れ込むようにしてシュンに抱きついた。
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