第261話 大盤振る舞い


「凄いね! お父さんね!」


「凄いね! 嬉しいね! お母さんね!」


「凄いね! 弟ね!」


「妹も居るね!」


 迷宮のムジェリ達が喜びのあまり狂喜乱舞して跳ね転げている。

 どうやら、巨大マージャがお父さんとお母さんらしい。


「ムーちゃん、良かったね!」


「ムーちゃん、良かったね!」


 ユアとユナも一緒になって楽しそうに跳ねていた。


 悪魔という悪魔を平らげて満足したマージャ達は、今はチョコレートパーティの真っ只中である。


「なんね! これ凄いね!」


「美味しいね!」


「素晴らしい食べ物ね!」


「最高ね! もう、ここに住むね!」


「もう、帰らないね!」


 何をどうやって移動してきたのか、迷宮内のムジェリの隠れ里に、あの巨大な紅色マージャと水色マージャが、ちゃんと入って来ていた。


 巨大マージャも小さなチョコレートを食べただけで満足して体色を変えて光ながら騒いでいる。


 なお、ムジェリの里を訪れているのは、ユアとユナだけである。


 ユキシラは、観測棟で事後の様子を監視中。

 

 アオイ達"狐のお宿"は、破壊光で灼き払われた周辺地域の実地調査。


 ロシータは、"竜の巣"を連れてシータエリア外縁の見廻り。


 天馬騎士は、天馬に跨がって周辺空域の警戒と避難民の捜索。


 リールは、巨大マージャを見るなり気絶してホームで昏睡中。


 シュンは、魔界を消し去るために越界中。


「ここに、こんなにマージャ・・ムジェリが居るなんて知りませんでした」


 しみじみとした溜め息をついたのは、機神ミスティスである。ただし、今の中身はグラーレだ。

 カーミュの尽力により死の国の女王から許可を取り付けて、グラーレの霊体はシュンの元に残される事になった。その容れ物として、機神ミスティスが選ばれたのだ。


 機神グラーレは、ユアとユナの推薦で"ガジェット・マイスター"の新しいメンバーとして登録されている。


「ムーちゃんは、友達なのだよ」


「ムーちゃんは、永遠の友なのだよ」


 ユアとユナが胸を張った。


「ユアは永遠の友達!」


「ユナは永遠の友達!」


 職人ムジェリ達が唱和するように言って駆けつけ、丸い手を突き出して2人と拳を合わせる。


「本当みたいですね。こうして見ていても信じられません。マー・・ムジェリが人間と信頼関係を築いているなんて。私の思念を取り込んだ影響なのでしょうか。嘘というものに非常に敏感な種族になったので・・」


 グラーレが首を振った。


「ムーちゃんは嘘を吐かない」


「ムーちゃんは嘘が嫌い」


 ユアとユナが言った。


「そうですね。マージャ・・ムジェリは決して嘘を吐かない」


 グラーレが頷いた。


「ボッスは嘘を吐かない」


「ボッスは嘘が嫌い」


 ユアとユナが自慢げに言う。


「そうね! ボスさんは嘘を吐かないね!」


「そうね! ボスさんは嘘が嫌いね!」


 商工ムジェリと職人ムジェリが押し合いし合い前に出ながら、ユアとユナから冷たいチョコレートの小箱を受け取った。


「でも、どうしてムーちゃんだけ?」


「どうやって世界を渡って来た?」


 どうして、マージャの元を離れて迷宮に隠れ里を作っていたのだろう? 神様絡みだとは思うが・・。


「私は死んでいたのでよく知りませんが・・おそらく、当時、私の世界へ入り込んでいたこちらの神が連れ帰ったのではありませんか?」


 グラーレが自信なさそうに言った。


「・・誘拐?」


「・・ムーさらい?」


「あぁ、いや・・そういう無理なことでは無いでしょう。マージャは、相手が誰であれ大暴れしますよ。きっと、何らかの友好的な取り引きがあったのではありませんか?」


 嫌なことをされて温和おとなしくしている種族では無い。神であろうと、取り扱いを間違えれば喰われてしまう、極めて危険な生き物なのだ。


「ムーちゃん、ここの神様に連れて来られたの?」


「ムーちゃん、ここの神様にさらわれたの?」


 ユアとユナが黒服ムジェリに訊ねた。


「違うね。神様に雇われたね」


「神様の迷宮でお仕事ね」


「とても居心地が良いね」


「迷宮って、この迷宮でしょ?」


「ムーちゃん、何のお仕事をしてるの?」


 2人が首を傾げる。


「魔物ね」


「いっぱい魔物を生み出す仕掛けね」


「どんどんポップさせるね」


「魔素をぐるぐる巡らせるね」


「野生の魔物とは違うね」


「ドロップ品も添付するね」


「迷宮産の魔物は死んでも迷宮に還るね」


「時々、魔物を食べるね」


 ムジェリ達が、マージャと入り交じってチョコレートを手に跳ねている。


「おおお、凄いお仕事だ」


「ムーちゃん、本当に凄いねぇ」


 ユアとユナが素直に感心して唸った。


「凄いのはボスね」


「魔神を狩るね」


「悪魔を狩るね」


「神を狩るね」


「龍人を狩るね」


「龍人、美味しいね! いっぱいくれたね!」


「とても優しいね!」


 マージャ達が加わった。


「うむ! ボッスは凄いのである」


「うむ! ボッスは優しいのである」


 ユアとユナが両腰に手を当てて鼻高々に威張った。


 その時、


『食事に行こう』


 唐突に、2人の"護耳の神珠"からシュンの声が聞こえてきた。

 どうやら"向こうの世界"でのお仕事は終わったらしい。詳しい工程は聴いていないが、"悪魔"の世界は消滅したに違いない。


「ボッスが帰って来た!」


「お迎えに行かなきゃ! これ、みんなで食べてね!」


 ユアとユナが、ポイポイ・ステッキから高級チョコレート詰め合わせBOXを大量に取り出して並べた。

 普段のユアとユナを知っている者なら、目を疑いそうになるほどの気前の良さだ。


 ムジェリとマージャが、喜びのあまり狂乱状態に陥ったのは言うまでも無い。


「リターン、エスクード!」


「リターン、エスクード!」


 ユアとユナが、意味も無く右手の人差し指を突き上げてポーズを決める。

 即座に、2人が転移光に包まれて消えていった。


あるじが戻られたのか。私も挨拶をしておかねば・・リターン、エスクード?」


 2人の真似をして、グラーレも右手をあげて声に出してみる。


 しかし、何も起こらなかった。


「どうしたね?」


「何してるね?」


「遅刻ね?」


「遅刻は駄目ね?」


「時間は守るね?」


 ムジェリ達が、心配そうにグラーレを取り囲んだ。


「いや・・はて? これは、どうしたものかな?」


 グラーレが困ったように自分の体を見回した。元は、機神ミスティスの身体だ。どことなく少女っぽい造形をしているが、すべてが作り物である。かつてグラーレがやっていたように、神力を巡らせる感覚が掴めないのだ。


「エスクードに送るね」


「2人はホームね」


「頑張るね」


 商工ムジェリと職人ムジェリが、グラーレの背中を優しく叩いた。


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