第255話 壺の行方


 それは、シュンのアルマドラ・ナイトが異世界へ渡った直後の出来事だった。


 界を渡って高空に出現したアルマドラ・ナイトを囲み、全方位から凄まじい数の光弾が浴びせられた。


 正しく、集中砲火である。


 回避をする隙間が無い。無数の光弾を放ったのは、壺のような形をした浮動艇群だった。甲胄人形ドールの光弾とは比較にならない高威力の光砲弾の一斉砲撃。さらに、間断なく連続砲撃を加え続ける。


 さしものアルマドラ・ナイトも為す術無く、楯と大剣で上体を庇いながら被弾し続け、徐々にその漆黒の甲冑が破断し、溶解し・・脚部や腕が失われていった。



(あの壺を、10キロ以上離して配置したのは、瞬間移動対策か)


 遙かな高空から見下ろしながら、シュンはかたわらに浮かんだ白翼の美少年を見た。シュンは、すでにアルマドラ・ナイトを送還して生身で飛翔していた。襟元には、白毛の精霊獣が襟巻きのように巻き付いて甘えている。


「方向は分かるか?」


『あっちなのです』


 カーミュが"杖"を手に、斜め下方を指差した。


 砲撃で破壊されたアルマドラ・ナイトは分身体・・ユアとユナが言うところの"うつせみ"だった。

 すぐに、本物では無いことに気付いて、シュンを捜し始めるだろう。


 マーブル主神製の"探知ちゃん"を、ムジェリに頼んでカーミュ用の霊具に改変して貰い、銃器の"アタッチ"と同様、中に封じた霊体を入れ替えることで、探知する対象を変えることが出来るようになった。

 今は"白鎧の魔王"ではなく"異界の主神"が入っている。

 "同種の存在"もしくは"対極する存在"を探し出すことに優れた道具である。"異界の神"あるいは、"異界の主神"にとっての脅威を探知して反応していた。


 "脅威"の一つは、シュンである。

 おかげで、"異界の主神"の霊体が、シュンを指差し続けているそうだが・・。

 他にも、この世界に"脅威"と"同種"が存在しているらしい。


『同界の者が居ると言っているです』


 カーミュが"異界の主神"の霊体と交信しながら言った。


「神か?」


『ゾウノードという名前なのです』


「ゾウノード・・ブラージュが言っていた奴だな」


 シュンは、討伐対象を記した備忘録を開いた。

 ブラージュの話では、今回の争乱を仕組んだ首謀者という事だった。事実かどうかはともかく、仕留めておいた方が良い対象だろう。


「ミザリデルンという奴は居ないのか?」


 他でもない、"異界の主神"が口にした機械の神の名である。機神ミスティスとは別の存在のはずだ。


『ミザリデルンは、この世界に居ないと言っているです』


「・・そうか」


 シュンは、すでに遠く離れた後方の空を振り返った。

 まだ光砲弾による砲撃を継続していた。

 アルマドラ・ナイトを撃破する千載一遇の好機だと判断しているのだろう。


『ぴかぴかです~』


 襟元で、マリンが楽しそうに白い尻尾を振りたてる。


(マリンが追尾して来たことを察知し、俺を連れて戻るだろう場所を包囲して待ち構える・・良い罠だ)


 だが、その動きをマリンが気付かないと思ったのだろうか? あれほどの数の"壺"だ。どれほど遠方から移動して来ても、マリンに見つかってしまう。


(それに・・なぜ俺の位置を察知できない?)


 もちろん、シュンはアルマドラ・ナイトの分体を出して、そう見せかけようとした。

 しかし、シュンを見張る探知器や人形があれば、すぐに偽物だと判った筈だが・・。


 シュンは、習慣的に気配を断って行動しているが、仮にも"神"だと呼ばれる存在なら問題無く見つけられるはずだ。


『ごしゅじん~』


 マリンがシュンの頬に頭をぶつけて擦り寄ってくる。


「どうした?」


 シュンは思考を中断して、真白い精霊獣の体を撫でた。


『あっちに、へんなのいる~』


「へんなの?」


 シュンは、ちらとカーミュを見た。


『・・見えたです。霊体なのです』


 カーミュが、シュン達が飛翔している場所よりも、さらに高い場所を指差した。


「霊・・死人の?」


 シュンにはよく見えない。言われてみれば、それらしいものがあるようだが・・。


『捕まえてみるです?』


『たいほ~?』


「やってくれ」


 シュンは頷いた。

 瞬間、するすると真白い精霊獣が襟元から滑り出て、上空へ駆け上がって行った。


『逃げた・・でも、マリンが逮捕したです』


 カーミュがくすりと笑った。


 瞬く間の捕縛劇だった。シュンには雷光のように駆け抜けたマリンの姿しか見えていなかったが、意気揚々と長い尾を振って降りて来るマリンの後ろには、霊糸で簀巻すまきにされた何かがあった。


『ごしゅじん、つかまえたぁ~』


 自慢げに鼻を高くして、長い白尾を振りながら、マリンが戻って来た。


「よくやった」


 シュンは、精霊獣の鼻の上から頭部にかけて指で優しく撫で付けた。嬉しそうに顔を持ち上げて指に頭を擦りつけながら、マリンがシュンの襟元へ身を巻き付かせる。


 "簀巻すまき"が、シュンの眼の前に連行されて来た。


「マリン、そのまま逮捕。カーミュ、話を訊いてくれ」


『はいです~』


『はいです』


 マリンとカーミュが仲良く返事をした。


『おまえは、なにものです?』


 カーミュが両手を腰に当てて"簀巻すまき"を覗き込むようにして問いかけた。


 黙秘をするだろうと思ったが、


『・・グラーレと呼ばれていた』


 "簀巻すまき"が穏やかな声音で答えた。

 カーミュがシュンの方を見る。シュンは続けて訊くよう頷いて見せた。


 マーブル主神と異界の主神の間で交わした会話に、"グラーレの壺"が登場している。何らかの大切な物で、それをマーブル主神が壊した・・といった会話内容だった。

 備忘録を閉じて、シュンは"簀巻すまき"へ視線を戻した。


『グラーレは神なのです?』


 カーミュが訊いた。


『叡智と創造を司る神だ』


『この世界の神です?』


『この世界を創造した神である』


『今は違う神が居るです?』


『この世界は、司神ゾウノードに奪われた。私は、戦神ミザリデルンに討たれた』


『どちらも、ここじゃない世界の神なのです。ミザリデルンは機械の神なのです』


 カーミュが指摘した。


『機人を生み出したのは我である。機人に命を与えたのは我である』


『どうして殺されたです?』


『主神が、司神ゾウノードと戦神ミザリデルンに命じたのだ』


『なぜなのです? 主神と喧嘩したです?』


『主神より"叡智の壺"を求められ、私は喜んで献上した。しかし、どういうわけか"壺"は主神に届けられなかった。それどころか、私が"壺"を渡さないと言って拒否した事になっていた。主神が私の叛意を疑い、私は囚われることになった。もちろん、私に叛意など無かった。私は、女神に"壺"を手渡したのだからな』


 "簀巻すまき"が、口惜しげに声を震わせながら語り始めた。


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