第116話 異境


『緊急事態発生〜、緊急事態発生〜』


 どこか疲れた顔の神様が、エスクードの上空に映し出されていた。


「なんだ、またイベントかよ!」


 通行中だった少年達が面倒臭そうに空を見上げている。


『魔神の侵入が感知されました。非常に危険なので気をつけてね〜』


「魔神とか知らねぇし・・」


「トップレギオンの奴等がやれば良いだろ」


『なお、魔憑きしたら処分対象です。ばっさり真っ二つにします。ここで人生退場です』


 神様が過激な事を言っている。


「今度は魔神ですか。またレギオンでも敵わないような魔物なのかしら? イベント報酬が、レベルアップとお金だけでは物足りないのですが・・」


 ロシータがぼやいている。


「"ケットシー"に招集をかけますか?」


 似たような修道女姿の少女が訊いた。


「"ロンギヌス"と"ネームド"の皆様にも連絡をして共闘を申し入れておきましょう」


かしこまりました」


 修道女姿の少女が連れていた少女に指示を出し、自らも小走りにどこかへ走って行った。


 それを見計みはからったように、


「うはぁ~、美人猫ちゃん発見っ! すっごい胸してるねぇ~」


「それで16歳とか嘘だろぉ?」


「いやぁ、もう凶器っしょ!」


 賑やかに騒ぎ声をあげながら、大勢の少年達が近づいて来た。

 揃って黒い外套を羽織った集団で、なぜか全員が外套の裾をギザギザに破いている。


 パチンッ・・と、ロシータの指が鳴らされた。

 途端、取り囲んで来た少年達が、恍惚に顔を染めて崩れ落ちる。良い夢を見せて眠らせる。街中であっても、これは罪科にならないのだ。


「エスクードに、こんな奴等が居たかしら?」


 形良い眉をひそめ、ロシータは首を傾げた。


「ロシータさん、こいつらは?」


 今度は、よく見知っている少年が声をかけながら近づいて来た。同じ"竜の巣"のメンバーで、"ロンギヌス"のマイルズという少年だ。


「見かけない顔だと思うのだけれど」


「う~ん、確かに覚えのない顔ばかりだ。"黒の旅団"とは違うし、"自由騎士同盟"にも、こんなのは居なかったと思うな」


 少年が首を捻った。


「新入りかしら?」


「そうかもしれないけど・・ぇ!?」


 少年がギョッと眼を見開いた。


「どうしまし・・あら、これは?」


 ロシータも軽く眼を見開き、周囲へ視線を巡らせた。


 エスクードの大通りでは無くなっていた。

 いきなり、見知らぬ町になっている。


「これって、別の町?」


「転移にしては、魔力の高まりを感じませんでした。神様のイベントが始まったのでしょうか?」


 ロシータは、即座にリーダー間のメールを使って、アレクとアオイ、シュンに宛てて所在確認のメールを送った。

 ほぼ間を置かずに、それぞれから返信がある。


「・・アレク達は18階の街に居るそうよ。アオイさんはエスクードのまま・・シュン様は、始まりの町」


 メールに眼を通すなり、ロシータはマイルズと共に町の通りを見回した。


「ここ、始まりの町よね?」


「みたいです。久しぶりすぎて分からなかった」


 マイルズが唸るように言った。


「どうりで・・新人さんなのね」


 ロシータは、未だに恍惚となって座り込んでいる黒外套の少年達を一瞥した。かけた相手に、良い夢を見せる催眠魔法だ。術者には夢の内容までは分からない。ロシータが解除するまで、数日はこのままだ。


「少し一緒に行動しましょうか? 多少の虫除けにはなりますよ?」


 マイルズがロシータに申し出た。


「私は問題無いから、先に"ケットシー"の子を捜して下さいな。柄が悪いのに絡まれていると可哀相だわ」


 ロシータが笑みを浮かべる。


「了解です」


 マイルズが頷いて、通りの反対へ向かって早足に歩き出した。記憶の通りなら、さして大きな町では無い。


 ロシータは通りの左右にある店の軒先へ視線を配り、金物を売っている店の前に立って中を覗いた。


「ロシータ?」


「飛ばされた?」


 不意に名を呼ばれて、ロシータは慌てて振り返った。

 そこに、ユアとユナが立っていた。


「ユアさん、ユナさん・・他の"ネームド"の皆さんは?」


「いきなり飛ばされた」


「ケーキ屋から放り出された」


 双子が不満げに口を尖らせている。


「えっと・・シュン様は?」


「サヤリだけが絡まれた」


「ヤンチャボーイズを連行して町の外」


 双子が通りの向こうを指さす。絡まれなかった事が不満そうな2人である。


「ああ・・」


 ロシータは小さく頷いて、眠らせたままの少年達を見た。似たような事が起こったのだろう。あのリーダーの事だ。眠らせるような穏便な手段は取らない。


「・・これは、転移かしら? 予兆が感じられなかったのだけれど」


「ズレた場所だって」


「カーミュちゃんが言ってた」


 ユアとユナが金物屋の鍋を手に取って、持ち重りを図るように振っている。


「ズレた?・・よく分からないけど、この状況は神様が用意したイベントでは無いと?」


「少し違うっぽい」


「誘拐だって」


「・・誘拐?」


 ロシータが眉をしかめた。


「でも、ボスが一緒」


「誘拐上等」


 双子が不敵に笑う。


「そう・・ね。こういう状況では一番頼もしい人だわ」


 現在、間違いなくエスクード最強の人物だ。戦力として、これ以上は存在しない。問題は、ロシータの身を守るために動いてくれるかどうかだが・・。


「うむ、これは良い鍋です」


「ロシちゃん、どうですか?」


 双子が手に持った鍋を見せる。軒先に重ね置きされた、あまり作りの良くない鍋だった。


「え?・・ああ、少し小さいかな? それに、底の浅い鍋は使いにくいわよ?」


「むっ、ロシちゃん、料理やる子ね?」


「まさか胃袋を掴むタイプ?」


 ユアとユナが身を寄せ合ってささやき合う。


「えっ? 料理くらいするけれど、あまり上手くは無いわよ?」


 ロシータが苦笑気味に首を振る。


「くっ、デキる女め」


「ダイナマイツぜろ」


 いきなり、2人がくらい顔でしゃがみ込んだ。


「・・ユアさん、ユナさん?」


 ロシータが対応に困って声を掛けた時、


「何をやっている?」


 シュンとサヤリが近付いて来た。


 途端、2人が跳ね起きた。

 

「ボス、ロッシがいじめる」


「ロッシが危険過ぎる」


 双子が、シュンの元へ駆け寄った。


「ロッシ? ああ、ロシータか。ここへ飛ばされたんだな」


「え、ええ・・シュン様も」


 困り顔のまま何とか笑みを浮かべようとするロシータだったが、すぐにあきらめて嘆息した。双子によって、すっかりペースを乱されてしまっている。


 そこへ、マイルズが修道女姿の2人を連れて戻って来た。何かあったのか、少しけわしい表情だった。


「ロシータさん、"ケットシー"はこの2人だけらしい。"ロンギヌス"も俺1人だけだ」


「総長、町全体がおかしいです」


「風紀が酷く乱れています」


 "ケットシー"の2人が困惑気味に報告する。ロシータ同様、何人かの少年達に絡まれたらしい。


「俺の知っている町並とは違う。武器屋の店主は別人だった」


 シュンが呟いた。


『カーミュは前の町を知らないのです。でも、ここはおかしいのです』


 シュンの指示で姿を隠したまま、カーミュが呟いている。


「迷宮最初の町なのは間違いないが、別の町・・それが事実としてある。幻術の類だろうか?」


 シュンの問いかけに、サヤリが首を振った。


「私に幻術は効きません。少なくとも、76階層までの魔物にできる芸当ではございません」


「ケイナとはメールのやり取りが出来ている。エスクードに居るようだが、向こうも町に違和感を覚えているようだ」


 シュンは、マイルズやロシータ達を見た。


「何か気づいた事は?」


「俺は魔法の事は分からないけど、ここの連中は腑抜ふぬけた奴らばかりで気に入らない。迷宮に入ったばかりでレベルが低いのは当たり前だけど、まるで危機感というか、必死さが無いんだ」


 マイルズが言った。


「通りに姿を見せている探索者は男ばかりで、女の子がいませんでした」


「感じが悪い男ばかりですし・・この町、気持ち悪いです」


 "ケットシー"の2人が顔をしかめている。


「魔法は普通に使えましたし、武器も・・」


 ロシータの手元に大ぶりな機関銃が現れた。M240Gというかなり大型の機関銃だ。軽々と抱え持ったロシータが、レバーを操作して装填の具合を確かめてから再び収納する。


「問題無さそうですね」


「決闘の申請や承認なども、変わらずに行うことができた」


 シュンは通りの前後へ視線を配りながら言った。にやにやと口元を歪めた少年達が遠巻きに集まって来ている。


『灼くです?』


 姿を消したまま、カーミュが訊いてきた。


「そうだな・・規則が同じかどうか、試しておくのも悪くない」


 シュンが呟いた時、


『おい、ちょっと待てよ』


 少年の声がして、周囲が真っ白な空間に包まれた。

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